Re:STYLING MONO #19 戦後の日本で「天童木工」が生み出した、美しく洗練された名作椅子

#19 天童木工バタフライスツール


戦国武将が座っていた床几や縁台などの文化が古くからの日本にあったとはいえ、現代のわれわれが使う洋風の椅子が、生活の中に見られるようになったのは明治維新以降。特に室内に板張りの洋間が作られるようになってそれは顕著になってきた。日本における椅子の歴史はまだまだ浅いのである。しかし、日本でデザインされた椅子はいまや世界中のインテリア関係者やデザイナーたちから常にその動向が注目され続けている存在だ。特に戦後の日本人が資質として持っていた真面目なモノ作りと職人性、そしてデザインへの冒険心を失わなかった人たちによって日本のデザイン力は切磋琢磨されてきたのである。

その代表的な存在が、柳宗理デザインの「バタフライスツール」である。1956年に天童木工が製作したこの椅子は当時としては最新技術であった木材の圧着成形で作られた、成形合板の椅子であった。ルーブル美術館やニューヨークの近代美術館にも収蔵されているこの、世界の名作椅子についていまその価値を再評価する人は少なくない。

山形県天童市に本社を置く天童木工は早くから社外のデザイナーを登用したモノ作りを行っていた。職人の経験値と美的感覚だけには頼らない外部デザインという厳しい視点をあえて自分たちのモノ作りに課すことでデザイン史に残る名品を数々生み出した。


ミッドセンチュリーの代表的なデザイナーであり、名作椅子の誉れ高いイームズチェアを生み出したチャールズ&レイのイームズ夫妻は、自由な曲線や曲面を低コストで量産できる成形合板を米海軍からの依頼で実用的な合板製品の開発へと進めた。そうして誕生したのがイームズチェアであり、柳宗理も彼らの元を訪ねてその技術を学んだという。軍需からスピンアウトした成形合板技術を日本でも独自に開発・研究していた天童木工に依頼して柳宗理が『バタフライスツール』を完成させたのは1956年のこと。

翌年、ミラノのトリエンナーレに出品されたこの椅子は見事金賞を獲得して、一躍、世界に知られる存在となった。自身の想像力による造形を形にするために、デザイナーが新しい素材へとチャレンジすることはいまほど素材が豊かではなかった時代では、ごく当たり前のように行われてきた。素材を活かすための技術が必要であることは無論だが、その素材の可能性に対する想像力こそが、デザイナーにとって最も必要な資質であったはずだ。そういう視点で見ていくと、このバタフライスツールの凄さが改めて見えてくる。後世に語り継がれるように世界の美術館がその椅子を展示するのには、造形の素晴らしさだけでは語りきれない理由がちゃんと存在するのである。

天童木工の製品に携わったデザイナーには柳宗理のほかにも柏戸椅子の剣持勇、モンローチェアの磯崎新、そして安楽椅子やローコストチェアをデザインした松村勝男などがいる。いずれも日本や世界で知られた名作椅子揃い。しかしその礎となった天童木工の技術を忘れてはならない。

名品はシンプルな構造から生まれ出るものである


まるで蝶が舞っているようなスタイリング。発売当初はその馴染みの無いスタイリングと家具の適正価格を知らなかった日本のマーケットにおいて、販売は苦戦したという。だが、徐々にインテリアへの目が肥えてきた人々によって、その価値が再評価されてきた。

バタフライスツールの肝ともいうべき2枚の板材の接合部分。たった2本のネジと1本のバーで留められているだけだが、左右のシンメトリー感は完璧なほどに美しく仕上がっている。荷重を分散するRの美しさと機能に脱帽。
圧着して成形された板材で作られたとは判っていても、その造形の美しさには感嘆する。細部にわたる微妙なカーブや仕上げの美しさはまさに息を呑むほどの完成度。これが50年以上も前から日本で作られていたのかと思うと、感慨深いものがある。

ほぼ真上から当てた光の分散具合を見たカメラマンが思わず唸ったほど完璧な造形で仕上げられている。木材の製品でこれほど表面の触感が伝わるような光の入り具合は珍しい。座り心地を想起させるデザインである。

同じ厚さであれば無垢材よりも強度が高いという成形合板。その強度は薄くなればなるほど際立ってくるものである。その製品的特長とローコストで大量生産ができる利点は良く知られており、スタジアムの椅子や、巨大なホールの椅子なども同社は古くから手がけてきた。一般家庭内だけではなく、公共施設でも“天童木工の仕事”は確認できるので成形合板の座席に出会ったら、確認してみるといい。

分解してみるとバタフライスツールの凄さがまた理解できる。形状は写真を見て判るように合板のシェル部分を2つ繋ぎ合わせただけ。2枚の加工された合板と4ヶ所を接合する金具、そして1本のバーがすべてのパーツである。このシンプルさでありながら、圧倒的な印象を与える造形を作り上げたからこその名作椅子なのだ。パーツの少なさに、逆にモノ作りの高い力量を感じてしまう。


静岡県体育館ホールに設置された座席は成形合板の座席。

天童木工の3次元プレス機。

名品バタフライスツール。
柳宗理デザイン。
MoMAおよびルーブル美術館収蔵。

ムライスツール。3つの同じ成形合板の部材を組み合わせたスツール。
MoMA収蔵品。1966年度Gマーク受賞。

藤森健次デザインの座椅子。
この形の座椅子の元祖ともいうべき名品。
フィラデルフィアミュージアム収蔵品。(ケヤキ板目)

分割されたクッションが身体をやさしく包み込む名作ロッキングチェア。
ベースはプライウッド。
天童木工の開発部長であった菅沢光政のデザイン。1966年度Gマーク受賞。

スタッキング可能なダイニングチェア。成形合板と無垢材の組み合わせが美しい。2000年度Gマーク受賞。
柳宗理デザイン。

1999年に発表されたシェル・チェア。高度な成形合板技術と流麗なフォルムに注目。脚部はステンレス製丸パイプを磨き仕上げ。
柳宗理デザイン。

成形合板技術の粋を尽くしたその名もオリヅル。折り紙のような複雑な造形を実現
できたのは天童木工の技術だからこそ。(カラー4色)


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2011年11月2日号


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土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。