Re:STYLING MONO #25 イタリア家具の歴史を変えた 「アルフレックス」

#25 アルフレックス


1950年代のイタリア。ここから60年代にかけてのイタリアは元気だった。後の世において“奇跡の復興”と称された経済復興を果たした時代であり、国内外のさまざまな産業は活況を呈した。とりわけ芸術やデザインへの関心が高い国民にとって工芸美術展“トリエンナーレ”の復活は大きく注目された。この1951年のトリエンナーレで話題をさらったのは金賞を獲得したマルコ・ザヌーゾという無名のデザイナーと、同じく無名だった『アルフレックス』というブランド。彼らが発表した安楽椅子『レディ』は成形ゴムとエラスティック・ゴムベルトという斬新な手法で作られ、それまでの家具作りとは異なる、新しいインテリア・デザインを誕生させたのである。

マルコ・ザヌーゾとアルフレックス社の『レディ』は1951年にデザインされた。職人による家具作りが連綿と続いていたイタリアの家具史において、工業生産を容易にする人工素材を大胆に採用した新しい家具の価値観は衝撃的であったはず。

アルフレックスというブランドを語る上で欠かすことの出来ない製品がある。それはシンプルな形のソファ『マレンコ』。デザイナーであるマリオ・マレンコが一瞬のうちに描いたスケッチから生まれた、といわれるこの1971年発表のソファは40年経ったいまも多くのファンが愛用している名品である。おそらく、単品のソファとしての売り上げは世界でも指折りであろう。

当初は裏側をタッカーで留める“張り込み”で作っていたが、アルフレックスジャパンの製造になってからは、カバーリングやジョイント・システム、モールディングといった斬新かつ合理的な手法で、生産技術や品質を飛躍的に向上させることに成功した。特にカバーリングのシステムは、日本生産の丈夫なモールディングがあってこそのシステム。マレンコを始め、アルフレックスジャパンの製品は、ひとつのソファのカバーを交換することでいつまでも新しく使い続けられるという画期的な方法論を実践している。当然、環境にもやさしい。

この2月には名作マレンコを小さくリサイズした『マレンコ ピッコロ』が発表された。これは誕生から40年を経過したマレンコを記念し限定で40台だけ発売されるスペシャルモデル。子供用と限定するにはもったいないほどの作りで普通の大人でも、足を伸ばして充分に座れる。狭い室内でマレンコの導入を諦めていた、というような人には朗報だろう。

マレンコはジョイントシステムの導入で1人掛けにも3人掛けにもなる多彩なバリエーションが魅力。同時に1日15回の立ち座りを35年間繰り返してもビクともしない、という反復加重実験の結果が信頼を得た。まさにソファの傑作品。

Mario Marenco
マリオ・マレンコ
イタリア国内では俳優やコメディアンとして知名度が高いが、デザイナーとしても知られる存在。

1951年にマルコ・ザヌーゾによってデザインされたアルフレックスの『Lady』。その斬新で画期的な製法は、後の家具製造の歴史を大きく変えた存在としていまも評価される。

Marco Zanuso
マルコ・ザヌーゾ
1945年以降の建築、都市計画および工業製品における黄金時代を築き上げた、イタリアを代表するデザイナー。

Marenco Piccolo/マレンコピッコロサイズ以外は通常のマレンコとすべて同じ素材、デザインで約6割にリサイズ。40台限定。ロゴスタンプの麻、グリーン、レッド、ホワイトの4色。2月16日より東京・名古屋・大阪の直営店で展示。詳細はwww.arflex.co.jp

アルフレックスとアルフレックスジャパン


日本における一般的インテリアの概念が婚礼家具の域を出なかった1960年代、英文のお洒落なタイポグラフィーと“IVY”というファッションコンセプトで一世を風靡した「VAN」の宣伝部に籍を置く一人の青年がイタリアに渡った。青年の名を保科正という。現アルフレックスジャパンの代表である。まだイタリアを訪問する日本人などほとんどいない時代に、単身でアルフレックス社の門を叩き、モダンな家具作りの方法論と精神を学んだ。帰国後1969年に「アルフレックスジャパン」を設立し、家具の製造販売と同時に、インテリアという概念を当時の日本で広めた。評価すべきは旧来の婚礼家具というイメージを一新した、国際基準のソファを始めとするインテリアを日本に紹介した人物であるということ。そして本国イタリアをも凌ぐ信頼性の高いモノ作りを日本で行い、イタリアのアルフレックス本社が現地製造を認めた唯一の現地法人であるという点だ。

アルフレックスが採用するモールドウレタン(モールディング)はヨーロッパ製の家具に多く使われる製造方法。同社の実験によると、体重90㎏の人の20万回の立ち座りでも劣化しなかった。

VELATO/ヴェラート(2011年)
200アームソファ
カバーリングシステム採用。デザイナー=C.O.D.

OMNIO/オムニオ(2010年)
ミックスタイプワイド左右アームソファ。
ミニクッション別。
デザイナー=C.O.D & ARFLEX JAPAN R&D

GALE/ガーレ(2008年)
180左アームソファ+リラックスタイプ170右アームソファ。
ミニクッション別。
デザイナー=ARFLEX JAPAN R&D

MARENCO/マレンコ(1971年)
左アームソファ+右アームソファ(クッション別)
デザイナー=マリオ・マレンコ

SONA/ソーナ(2002年)
20 左アームソファ+リラックスタイプ20右アームソファ。
椅子、テーブル、ミニクッション別
デザイナー=C.O.D

REKTA/レクタ(2003年)
テーブル(ホワイトオーク W1900)
デザイナー=カルロ・コロンボ

FIORENZA/フィオレンツァ(1952年)
アームチェア
デザイナー=フランコ・アルビーニ

イタリア家具の歴史を変えたアルフレックス


家具の歴史はその誕生から長い期間、貴族が抱えていた工芸の職人たちの歴史でもあった。木工を主体とした旧来の家具はしかし新しい素材と革新的な技術、デザインから大きな洗礼を受ける。アルフレックスが発表した一脚の椅子がすべての始まりだった。

中央が若き日の現アルフレックスジャパン代表である保科正氏。左は技術開発担当の責任者だったロベルト・プリンチピ、右は製作部長だったマリオ・ブルッツィオ。1967年撮影

北海道旭川市にあるアルフレックスジャパンのファクトリー。

 ムッソリーニ政権の崩壊からイタリア共和国の誕生、戦後の混乱の中からようやく立ち上がろうとしていたイタリアで再開された1951年の工芸美術展トリエンナーレ。アルフレックスはそんな時代に華々しくデビューした。イタリアの伝統的な椅子を作り続けていた職人たちに大きな衝撃を与えたアルフレックスの『レディ』は、設計者のマルコ・ザヌーゾによって3年前の1948年には研究・開発がスタートしていた。家具に人工素材を用いるザヌーゾの研究をサポートしていたのは、タイヤメーカーの「ピレリー」である。ドイツとアメリカで研究されていた加硫製法、つまり合成ゴムをヒントに、成型ゴムとエラスティック・ゴムベルト(伸縮性のある帯ひも)の組み合わせで、椅子やソファの素材としての実用性を研究していたのだ。

 当時、家具のデザイナーとしては無名のマルコ・ザヌーゾを起用した、アルフレックス創始者のアルド・バイ、ピオ・レジャーニの判断は慧眼だったといわざるを得ない。なぜならば、自然素材を中心とした木工が主体だった家具の製造がこれ以降、工芸から工業製品へと変化したからである。つまり現代へと続く家具のルネサンスが、彼らによって始まったのである。しかもそれは、アルフレックスにとってもザヌーゾにとってもゼロからのスタートだったというのだから驚きだ。同じ時期にアメリカでは、イームズ夫妻がプライウッドを使った量産型の椅子を発表して注目を集めていたが、自然素材以外の人工素材で家具を作り上げたという点では、アルフレックスとザヌーゾの試みは衝撃的だったといえるだろう。

 進取の気性というべきか、実験的スタンスというべきか、こうした企業として過去のスタイルに囚われない製品作りは、その後のアルフレックスの製品開発において随所に見受けられる。たとえば巨匠フランコ・アルビーニを迎えてデザインされた不朽の肘掛け椅子「フィオレンツァ」、カバーリングのアイデアが活かされ1954年のトリエンナーレで金賞を獲得したマルコ・ザヌーゾ設計の「マルティンガーラ」と「スリーポマティック」など。60年代に入るとチニ・ボエリという優秀なデザイナーとの邂逅があり、内部のフレームを廃しポリウレタンフォームで成型されたモノブロックチェアをイタリアで初めて製品化した。現在のアルフレックス製ソファの原点である。女性デザイナーであるチニ・ボエリは70年代に入ってもアルフレックスと密接な関係を持ち、成型ゴムから始まってスラブウレタン、モールドなどの革新的な技術を使って家具ブランド・アルフレックスの成功はもちろん、イタリア家具の流れを大きく変えることにも貢献した。近代家具の先駆けとして、アルフレックスは歴史にその名を刻んだのである。

 アルフレックスジャパンはこうしたイタリアの革新的技術をさらに発展させ、遂には本国からそのクオリティの高さを認められる存在となる。1969年に青山にオープンした「ショップ アルフレックス」は衝撃的なモダンライフを提案。先鋭的な感性を持つ人たちから大いに注目を集めた。日本のモダン・インテリアはアルフレックスの手によって幕を開けたのである。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2012年2月16日号


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土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。