Re:STYLING MONO #24 最高級英国綿製品の文化は 「ジョン スメドレー」の歴史

#24 ジョン スメドレー


カシミアの肌触りと絹の光沢……超長繊維の“海島綿”はシーアイランドコットンと呼ばれ、英王室を始め欧州の上流階級で愛用され続けてきた歴史を持つ、特別な存在である。西インド諸島で生産され、カリブ海の気候で育ったその高品質な綿は、クイーンオブコットンと呼ばれるほど。そのシーアイランドコットンで作られたニット製品を古くから生産していたのが『ジョン スメドレー』である。1784年イングランド・ダービーシャーで創業し、2009年には225周年を迎えた英国の名門ブランドとして名高い。一度着たら、他のニツトはもう二度と着たくなくなるほど極上の着心地の良さで、多くのファンがいる。世界最高のニット製品はまさに7つの海を支配した英国の歴史を体現するものであり、その成立も含めてまぎれもなく特別な存在である。


ファインゲージに頑ななまでにこだわるジョン スメドレーは、現在でも24ゲージ、30ゲージという2つのファインゲージニットを生産し続けている。毛足の長い繊維だけを特別に選んで紡がれた同社のファインゲージニットウエアは、確かな技術を持つ紡績の熟練工によって伝統的かつ最先端の科学技術が駆使され現代に至るまで生産され続けている。特に他社では真似の出来ない工程から生み出される30ゲージのニットは網目の細かな超軽量のニットウエアとして多くのファンに愛されている。その着心地の良さをひと言で言い表せば「触感の芸術」である。

一度着たら、二度と他のニットに目移りすることはないだろう。そう断言するのが決して大げさではないほどの着心地なのである。極端なデザインやマーケティングではなく肌でその質の良さを知るブランド。素晴らしいのは、長期間着続けたときの経年の風合いがまた魅力的なこと。高級ニットの証ともいえる、完璧できれいなつなぎ目を、職人による手作業でひと針ごとに編み上げた仕上がりで実現し、洗濯を繰り返しても型崩れを起こさない。最高の素材と最高の縫製技術のみが到達できる極上のニットウエアの価値観、それがジョン スメドレーの定義なのだ。

ひとつのブランドのように評されるジョン スメドレーのシーアイランド・コットン。同社にはその評価と同等のウール製品もある。それが1995年から採用された「メリノウール」である。ニュージーランド産の良質な羊毛、超極細のメリノウールもまた大きな魅力。

イングランドでなければ作れなかったこの品質。ニットウエアのテイストを左右する糸の染めから手仕事による最後の仕上げまで、徹底した品質管理と細部へのこだわりが、長持ちする製品を生み出している。最高級のニット製品に冠される「MADE IN ENGLAND」の文字は、それがまぎれもなく本物であることの証である。

流行に左右されることのないオーソドックスな定番スタイル。しかし決して野暮ったいデザインではなく、いつの時代もその時々のファッションにさりげなく溶け込む普遍性。それは、優れたデザインは控えめである、ということを体現するかのようだ。見た目のインパクトよりも、肌に触れたときの感動に価値を見出したい。

最高級英国綿製品の文化はジョン スメドレーの歴史。


 1492年にコロンブスがバハマ諸島を発見しなければシーアイランドコットンの誕生はなかったかもしれない。高品質の綿花栽培に適した気候と土壌、英国人の知恵と現地労働力という奇跡のような組み合わせが、海島綿を生んだ。

 いうまでもなくコロンブスがバハマ諸島を発見してからの100年はスペインの世紀であった。新大陸の発見は、ヨーロッパの国々にとって新たな植民地の利権を奪い合う戦いの始まりでもあった。しかし、綿花栽培の歴史という視点で見るならば、皮肉なことに一番乗りを果たしたスペインが無視した西インド諸島の小さな島々で、無敵艦隊を破ってこの地を手に入れたイギリスによって綿花栽培が本格化したのである。ジョン スメドレーの代名詞ともなっている『海島綿/シーアイランドコットン』は、この小アンティル諸島という小さな島々でその産声を上げた。

 この地の気候や土質で育った綿花は、種子に密生した産毛を持たずに越冬することが出来た。陸地で栽培される綿花との最大の違いであるが、その西インド諸島特有の綿花が、最高級のニットを生む原料となったのである。同時に、高度な綿花栽培の技術を持っていたのが英国人であったことも、シーアイランドコットンにとっては僥倖であった。なぜならば、英国人特有の良質なものを育て上げる気質が、他のコットン製品との大きな差を生み出すことになったからだ。実際、世界的にはアメリカ大陸で始まった大規模な綿花産業が大きな利益を生み出すことになるが、英国人はカリブ海の小さな島で少量しか生産できないけれども品質のいい綿を、地道に改良を続けながら育てていったのである。

撚糸の工程。
糸は品質を安定するためにモイスチャーされる。

上品なカラーに染色された糸。
シーアイランドコットン。

ある程度まで機械で編み上げられたパーツを最終的に製品の形にしていくのは職人の手作業。

現在も一部製品のブランド名、
あるいは日本国内の代理店名
にもなっているCanteen Lea Millsの写真。1927年撮影。

 ジョン スメドレーの創業は産業革命の初期である。1784年のことであった。イギリス・ダービーシャー州のリーブリッジ村で、ピーター・ナイチンゲールとジョン・スメドレーによって起業された。ピーター・ナイチンゲールはあの“白衣の天使”の由来となったナイチンゲールのおじにあたる人物だったという。リーブリッジ村は小川が流れており、動力と工業用水の確保に理想的な土地だった。ここで綿花を紡ぐ工場が開かれ、18世紀の終わり頃には靴下の製造や毛織物などを手がけるようになった。やがてジョン・スメドレーひとりで経営が行われ、二代目ジョン・スメドレーである息子の代になって同社は飛躍的な発展を遂げる。紡ぎから編み、そして縫製まで全工程を自社内で行うという現在の同社の基盤はこの時代に築かれた。また、同社の代名詞でもあるファインゲージニットウエアの製造は、1888年に会長となった四代目のジョン・B・マースデン・スメドレーの時代からである。この頃、当時最先端の紡績機と編み機をいち早く導入したのだという。時代的にはアーツアンドクラフツ運動が盛んになった時期で、その影響があったのかどうかは定かではないが、同社は機械化と職人性を実に上手く融合させた企業ともいえるだろう。

 英王室では代々、綿製品はシーアイランドコットンを使用するというしきたりがあった。エリザベス1世がシーアイランドコットンをネグリジェに使い、それ以降、貴族階級のステイタスになったのだという。大西洋の向こう側にある小さな英国領の島々で生産された良質の海島綿が、ニットの一貫生産を行っていた同社の主力商品になったのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 シーアイランドコットンの繊維は3~4㎝。2~3㎝がアベレージの他のコットンよりは長い繊維である。これがシルクに次ぐ細さを生み出している。また、繊維の長さは糸に紡いだときの強度も高め、同時に糸そのものの繊維量が多く、より空気が含まれることになり、それが吸湿性や保温性が増す特徴となっている。シルクの光沢とカシミアの肌触りは、こうした特長的な繊維構造によって生み出されているのだ。ジョン スメドレーは、この高品質の糸を網目の細かい30ゲージまで編み上げることができる。三代目ジョンの時代から続くコットン・パテントと呼ばれるフルファッション編み機によるパーツの生産と経験値が、現代の製品にも息づいている。こうして生産されたパーツを縫い上げるのは、創業当時もいまも熟練した職人の作業。リンキング仕上げと呼ばれるこの作業では、たとえば襟のリブはひと編みずつ手作業で仕上げられる。その手作業ならではの贅沢な仕上がりこそが、ジョン スメドレーの価値である。

 創業から220年を過ぎても、ダービーシャーの美しい自然に囲まれた小さな村でジョン スメドレーの美しくて心地いいニットウエアは生み出され続けている。その静かで変わらぬスタンスには驚かされるが、9世紀、10世紀の石の城がまだ残っているこの国では、200年なんてまだまだゆったりとした進化の途中なのかもしれない。そんなストーリーもまた英国らしい。

1930年代の、おそらく広告かカタログに使用された写真。左右は1939年当時のニットウエア。ゴルフクラブを持つ女性のスタイルは、いまみても実にエレガントで上品。中央はエリザベス1世の時代から愛用されたナイトウエア。

そうとう古い時代から使用されている観のある型紙。ジョン スメドレー社の財産である。流行ではなく不変のスタイル、という同社の社風が見えてくる。

良質の原材料から生み出されるジョン スメドレーのニットウエア。MADE IN ENGLANDのネームは英国企業の矜持であり、高品質の証でもある。


長年にわたって会長職の座を務め、同社の事業拡大に大きな足跡を残した四代目ジョン・スメドレーのジョン・B・マーズデン・スメドレー。スイムウエアやナイトウエアへの取り組みと海外市場への進出を果たした。

ジョン スメドレーといえばこれ。シーアイランドコットンを使った抜群の肌触りが気持ちいいポロ「MILO」。

不変の定番でありワードローブの必須アイテムVネック。柔らかな着心地でカラーバリエーションも豊富な「ROE」。写真のカラーはPEA GREEN。

前たてとポケットにアクセントをおいてデザインされたポロ。通常のポロとは違い、前たて、ポケット部にシルクを使用している。シーズナブルなデザイン。

ドレスにもカジュアルにもOKの
前たてが細いカーディガン。
「3455」。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2012年2月2日号


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土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。