Re:STYLING MONO #7 ギブソンのギターが“伝説”と称される、書ききれないほどの理由について

#7 ギブソン・ギター


アメリカがまだ開拓時代の匂いを残していた1894年、ミシガン州のロウアー半島にあるカラマズー市で、ギブソン・ギターの製作が始まった。創始者のオーヴィル・ギブソンはここで、ギターやマンドリン、バイオリンなどを1本ずつ手作りしていたのだそうだ。その時代ごとの音楽家たちの演奏を支えながら脈々と受け継がれた同社の職人的気質はやがてロック・ミュージックという新しい音楽を得て誰もが憧れるブランドへと昇華していった。

ギブソンのギターには「ES」から始まる型番のモデルが多いが、このESは“エレクトリック・スパニッシュ”の略。大恐慌を経て徐々に景気が回復してきた1930年代、ジャズ・エイジと呼ばれたこの時代のギターはバンドで使われたためピックアップ付きのエレキが誕生した。

ギブソンのギターが“伝説”と称される、書ききれないほどの理由について


たとえばクリーム時代のクラプトンが使っていたES-335やSG、ジミー・ペイジのレス・ポール・スタンダード、ジェフ・ベックのレス・ポール“オックスブラッド”など、ギブソンのソリッドボディやセミアコの名機は、ロック・ファンなら誰もが知っているアイコンであり、数々の名演をサポートしたギターとしてもよく知られた存在だ。

ギターという通常6本の弦を張った楽器が、これほどポピュラーな存在になったのは、ビートルズ以降のバンド・スタイルの音楽が流行したのと無縁ではない。それまでの音楽シーンをリードしていたのは、プレスリーなどに代表される個人のアーティストであり多くの場合、彼らの楽曲提供者は別の作詞家や作曲家たちだった。

ところがビートルズは4人のバンド・スタイルで登場し、しかもデビュー当時のアルバムで録音された数曲を除いてすべて楽曲は自分たちの手によるオリジナルだった。彼らの新しいスタイルは音楽シーンを席巻し後に続くロック・バンドのアーティストたちの規範となった。ソロ・アーティストとバンドの決定的な違いは、それぞれのメンバーが演奏する楽器のインストゥルメンタル、つまりソロ・パートが注視されるようになったことであり、中でもギター・サウンドのテクニックや音色は、バンドのカラーを決定付けるほどの存在となっていった。

「ギターを弾きたい!」という若者たちの欲求はやがて、「ギタリストたちと同じギターが欲しい」という欲求へと変化しその追求の中で『Gibson』というブランドが、最上の輝きを放つようになってくるのである。ギタリストがギブソンのどのモデルを使っているのかを知るのはロック・ファンの基礎教養となり、さまざまなバンドや伝説的ギタリストの音楽や人生そのものと共にギブソンのモデル名は伝説化していった。音楽史という観点からも、興味深い歴史である。

1936年にピックアップ・マイクを装着したES-150というモデルが登場した。フルアコースティック・ボディにピックアップを装着したタイプで、厳密にはフルアコのエレクトリック・ギターとはその成立条件の違いから、同社では別にカテゴライズされている。


 ギブソンの『J-160E』という1950年代に生産が開始されたフルアコースティック・ボディにピックアップを装着したモデルに、いま注目が集まっている。あのジョン・レノンが愛したモデルである。1894年創業のギブソン社のスタートは、言うまでもなくアコースティック・ボディのギターであり、現在に至るまで数多くの名品を世に送り出している。その中に「J-45」というこれまた名品の誉れ高いモデルがあり、それと同形のラウンドショルダーと呼ばれるボディに、シングルコイルのピックアップを装着したのが『J-160E』である。ピックアップ・マイクは丸いサウンドホールのネックの付け根に取り付けられている。トップにはボリュームとトーン・コントロールのツマミがあり、アコースティックよりもエレクトリック・サウンドを重視した設計なので、生音は独特な響き。初期ビートルズの楽曲の中で、ジョン・レノンが弾くこのギターの独特な音を耳にすることも多い。そしてジョン・レノンの生誕から70年、死後30年の節目を迎えた2010年、ギブソン・アコースティックは3種類の『70th Anniversary John Len
non J-160E』という限定モデルを発売することになった。

 限定の3本は、ジョンが最初に手に入れたJ-160Eと同じヴィンテージ・サンバースト・フィニッシュのモデル(世界限定500本)、オノ・ヨーコ氏の個人的なリクエストにより製作されたホワイト・フィニッシュのモデル(イマジン・モデル/世界限定70本)、米クリーブランド州ロックンロールホールオブフェイムに展示されているギターと同じナチュラル・フィニッシュのモデル(ミュージアム・モデル/世界限定70本)。特にイマジン・モデルとミュージアム・モデルにはオノ・ヨーコ氏のサイン入り認定書が付いている。コレクター垂涎のギターになることは間違いない。

ギブソン・アコースティックから発売される3種類のジョン・レノン・モデルは、いずれもギブソンのモンタナ工場において、腕利きの職人の手によって生み出されたもの。細かな部分での再現も完璧で、3バージョンはそれぞれがジョン・レノンの人生と音楽キャリアの3つの時代を表しているのだという。そもそもジョンがアメリカ製のエレアコに目をつけたのは1962年のこと。それがこのJ-160Eだった。ただ、当時の彼はまだまだバンドの稼ぎで生活するのがやっとという状況で、そのギターは憧れの存在だった。しかし、ビートルズのマネージャーであったブライアン・エプスタインが金銭的な援助をして、ジョンは念願のJ-160Eを手にした、という逸話が残っている。そんなロックの歴史に残るような逸品が今回の限定モデルなのである。細部の仕上がりも、もちろん音色も含めてすべてのギャランティは、アバロンでインレイされた『Gibson』の文字が表しているのだ。

ギターを弾くための素養として最も重要なものは何か、と問われたらあなたは何と答えるだろうか。指使い? 音感? 集中力?それとも上達のための練習を続けられる才能? おそらくそのいずれも正しいはずだが、いずれも正鵠は射ていない。正解は、音を聞き分ける耳があるかどうか、である。だが、これはギターに限ったことではない。他の楽器でも、この“耳を育てる”ために幼い頃からよい楽器を持たせ将来のための英才教育を行う親も少なくない。本物のギターとそうでないギターは、所有する満足感以前に、耳で聴く喜びを全身で感じられるかどうかの差があるのである。

ビートルズ初期の曲「I Feel Fine」でJ-160Eならではのフィードバック奏法を聴くことができる。イントロの部分だがフィードバック音をレコーディングしたのはロック史上初。ジミ・ヘンドリックスやザ・フーよりも早い。ハウリングが起きやすいこのギターならではの聴きどころといえる。

ヘッドストックにマザー・オブ・パールでインレイされた“John Lennon”のサイン(写真はミュージアム・モデルのもの)。限定モデルならではの仕様だが、もう、このサインだけで欲しくなってしまうほど魅力的なデザインといえるだろう。ルシアーと呼ばれるギブソン・アコースティック社の職人たちによる繊細な仕事は、工芸品と呼ぶのがふさわしい。

Gibson 70th AnniversaryJohn Lennon J-160EMuseum Model限定世界70本。オノ・ヨーコ氏のサインが入ったラベル、ボディには1969年の平和活動で話題になったパフォーマンス「Bed-In」のスケッチが描かれている。ヘッドストックにはマザー・オブ・パールのJohn Lennonのサイン、12フレット目にはジョンの誕生日が刻印されている。ギター本体のスペックは、60年代ラミネーテッド・シトカ・スプルース・トップ、マホガニーバック&サイド、薄いラッカーフィニッシュ、60年代ジャンボ・フレット、アジャスタブル・ブリッジ、P-90ピックアップ、ハードケース付き、となっている。


ギブソン・ギターの創始者、オーヴィル・ギブソンの肖像。

Gibson 70th Anniversary
John Lennon J-160E VS
ジョンが最初に手に入れたサンバーストのモデルと同じデザイン。限定世界500本。

Gibson 70th AnniversaryJohn Lennon J-160EImagine Model/オノ・ヨーコ氏のサイン入り認定書付き。白いギブソンは新鮮! 限定70本。

Gibson 70th AnniversaryJohn Lennon J-160EMuseum Model/限定世界70本の超稀少品。2010年10月発売


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2011年4月16日号


すべてのRe:STYLING MONOの記事一覧はこちらから


過去の記事のバックナンバー
#21〜#30まで

●#30 照明器具の存在感を愛でたいならば「アングルポイズ」を選ぶべき

●#29 70年代以降のビーチカルチャーをリードした「クイックシルバー」

●#28 世界の誰もが認めるピアノの最高峰「スタインウェイ」

●#27 スタンダードなデザインながら当時のディテールと現代のトレンドを持つ「ファイブブラザー」

●#26 足首を保護する斬新なデザインで歴史に残る傑作シューズとなった「コンバース」のキャンバス オールスター

●#25 イタリア家具の歴史を変えた 「アルフレックス」

●#24 最高級英国綿製品の文化は 「ジョン スメドレー」の歴史

●#23 「オールデン」が生み出した、美しく艶やかな名靴たち

●#22 250年を過ぎた今でも進化し続けるビール「ギネス」

●#21 圧倒的なクリエイティビティで憧れのスタイルを表現し続けている「トイズマッコイ」

#11〜#20まで

●#20 最も理想的なハイキング・ブーツと評され一躍注目を集めた名品「ダナー・ブーツ」

●#19 戦後の日本で「天童木工」が生み出した、美しく洗練された名作椅子

●#18 筆記具の世界的な名門ブランド「カランダッシュ」

●#17 アメカジ不朽の定番ウェア「チャンピオン」

●#16 “鉄馬”と呼ばれたバイク、ハーレーダビッドソン

●#15 ビクトリノックスが生み出した世界一コンパクトな道具箱

●#14 世界最高品質と評されるワークブーツ「ウェスコ」

●#13 歴史的な衣料品としての道を歩み始めたアロハシャツ

●#12 都会的で洗練された味覚のバーボンウィスキーI.W.ハーパー

●#11 ボルサリーノは単なる帽子ブランドではなく、イタリアの文化と認識せよ。

#0〜#10まで

● #10 オーディオのダイナミズムと洗練された次世代のデザインを融合させたオーラデザイン

●#9 サングラスの歴史そのものと言える稀有なブランド「レイバン」

●#8 世界最高の双眼鏡、スワロフスキー・オプティック

●#7 ギブソンのギターが“伝説”と称される、書ききれないほどの理由について

●#6 60年以上経ったいまでも、人々はなぜイームズ・チェアに美しさを感じるのか

●#5 大工道具の最高峰「千代鶴是秀」

●#4 米海軍の艦船内で使う実用的な椅子として開発された「エメコNAVY 1006」

●#3 チマヨベストの源流はオルテガ。ここからすべてが始まった。

●#2 100年を超えて途切れ目もなく続いてきたフィルソンの森の仕事着と男たち。

●#1 シューズボックスから始まる一日。名品POSTMANのスタイリングに迫る。

●#0 Re:STYLING MONO始動!


土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。