Re:STYLING MONO #11 「ボルサリーノ」は単なる帽子ブランドではなく、イタリアの文化と認識せよ。

#11 ボルサリーノ


19世紀最大の運河がスエズ運河ならば、20世紀最大の運河はパナマ運河である。この人類史に残る重要な運河建造を政治的に推し進めたのはアメリカであったが、現地での実労働は、現地のパナマ人だった。いわゆる“パナマ帽”と呼ばれる帽子はこの現地の労働者たちが被っていた帽子を米軍人たちが本国へ持ち帰ってから歴史が始まったとされている説がある。

また、パナマ運河建造よりも前の1889年には、イギリスのハーバード・ジョンソン社がすでにパナマを輸入して生産していたという説もあり、この帽子の由来は定かなものがない。ただ、いずれにしても現代に繋がるパナマ帽のスタイルは第26代米大統領セオドア・ルーズベルトがパナマ運河建造の視察に行った1904年以降のこと。現地におけるパナマ帽姿の大統領の写真が新聞紙上を賑わせてから一気に流行した。

イタリアの名品『ボルサリーノ』も同時期にパナマ帽の製造を開始し、20世紀初頭のファッション誌ではすでにカタログ化された同社のパナマ帽が掲載されていたという。ボルサリーノといえばフエルトの帽子を思い浮かべる人が多いが、パナマ帽にもまた、このブランドは並々ならぬこだわりと歴史があるのである。

パナマはトキヤ草というヤシ科の植物。世界の97~98%を生産するのはエクアドルとその近隣諸国であり、最高級のパナマ帽は例外なく原産国表示に「エクアドル産」の文字がある。南米以外では台湾、フィリピン、中国産などのオリエンタル・パナマがある。

ボルサリーノは単なる帽子ブランドではなく、イタリアの文化と認識せよ。


『ボルサリーノ』の創業者であるジュゼッペ・ボルサリーノが1857年にイタリア北部の地方都市であるアレッサンドリアで工場を設立した当時、帽子製造はまだまだ職人たちの手による家内制手工業の製品だった。転機は1871年、イギリスの産業革命の影響で帽子製造に一部機械化を取り入れてからで、品質の安定と生産量の向上を実現させたのである。1900年にはパリ・グランプリを獲得し、年間の生産量も75万個を達成した。アレッサンドリアにあった他の帽子工場や工房は次々と同社に吸収され始め、1913年には200万個の帽子を製造していた。ボルサリーノというブランドを語るのにいつも1970年の映画「ボルサリーノ」の話から始まることが多いが、確かに映画のおかげでこのブランドが世界的に認知されたのは事実である。

しかし、当時すでに同社の帽子生産量は世界有数でありイタリアを代表する名門ブランドだったのである。いつの間にかアレッサンドリアの町において、ボルサリーノが産業の中心になっていた。すべての工場や工房の職人たちが皆、同社で働くことを願ったからである。アレッサンドリアの町はボルサリーノと共に発展し、多くの公共施設が同社によって建てられた。確かにボルサリーノはひとつのスタイルを確立したブランドではあるが、その存在は、単なる帽子メーカーを超えた文化と認識すべきである。1992年には創業者一族からガッロ・モンティコーネ一族に経営が引き継がれたが、その“粋”な存在感は21世紀のいまも変わらない。

映画「Borsalino」は、ジャック・ドレー監督のフランス映画。1970年の公開当時、主役の二人、アラン・ドロンもジャン・ポール・ベルモントも大スターであったため、話題の映画となった。ボルサリーノ本社のあるアレ ッサンドリアがフランスに近かったために、その影響を受けて制作されたというのは、有名な話である。

パナマ帽に品格を与えるリボンもさすがにボルサリーノのものはお洒落なデザイン。刺繍されたロゴとリボンの結び方に時代を超えた“粋”を感じてしまう。最高級のパナマを使ったその素材感など他ブランドとは別次元の完成度である。

涼しげなボーダーのリボンとネイビーのリボンを上品に重ね使いしたスタイリング。今期から採用されたパナマの新品質ファインとエクストラファインの中間くらいに位置する「パナマ・バイヤ」を素材に使用。

パナマ帽とは?


いろいろ揃うパナマの素材パナマ帽は入り組んだ繊細な植物の糸の綾と自然な風合いが特徴。出来のいい製品は糸の均等性に優れたものとなる。パナマ帽の素材として、いわゆる“本物”とされるのは、南米エクアドル産の厳選されたトキヤ草を細かく裂いたもので、草の細さや部位によって仕分けされ、クラス分けされたものを指す。ボルサリーノ社のパナマのランキングをスタンダードなものから順に示してみよう。

●パナマ・キート
●パナマ・ファイン
●パナマ・バイヤ(今期から)
●パナマ・エクストラファイン
●モンテクリスティ
●モンテクリスティ・ファイン
●モンテクリスティ・エクストラファイン
●モンテクリスティ・スペリオール
●モンテクリスティ・コレッツィオ

製品の価格帯でいうと、2万円台後半~4万円台のキートに始まり、モンテクリスティで10万円台前後になる。「リアルパナマ」と呼ばれるモンテクリスティ以降の上質の製品は大体15万円~19万円台。モンテクリスティ・エクストラファインになると22万円~25万円前後。モンテクリスティ・コレッツィオで56万円の製品がある。最上級はモンテクリスティ・コレッツィオを使った150周年特別限定品で、こちらは価格100万円。こうしてクラス分けされたパナマは、現地エクアドルの職人による高度な技術で編み上げられ「帽体」と呼ばれる帽子の原型が作られる。

そしてボルサリーノ社の熟練した職人が“ツバ処理”を行い、打ち付けて均す作業や、同社の伝統的加工方法である「Brisa」など、いくつもの工程を経て製品化される。名品の価格にはきちんとした理由が存在するのである。このように徹底した職人作業で仕上げられたパナマ帽は、軽快かつソフトで通気性がよく夏に欠かせない存在となる。ちなみに、エクアドル産ではないオリエンタル・パナマを使用した製品は、価格2万円台後半~3万円台後半。また、パナマ帽に似た形状で素材が異なる(シゾール、光沢の美しいブンタール、バクーなど)、求めやすい価格帯の夏の帽子もボルサリーノには揃っている。いずれも通気性に優れた麻植物性を採用し、パナマでは出せないカラーが楽しめる。最良質のワインが畑の斜面まで指定されているように、パナマの最高級素材は「モンテクリスティ」というエリアでのみ収穫される。

こうした世界に向けて輸出されるエクアドル産パナマの中でも、最上級の素材として厳選されたものが「モンテクリスティ」の名を冠することが出来る。驚くのはその作業時間で、「帽体」から帽子が完成するまでに平均で約30日、モンテクリスティ・クラスだと90日かけて仕上げられるものもある。

しかもモンテクリスティ地域で収穫されるような最上級のパナマは栽培できるものではなく、すべて自生したものの中から選びぬかれた素材が帽体となるのである。この素材の選別・加工作業も職人の経験値がすべて。数少ない、経験豊富な腕のいい職人しか編むことが許されず、その生産数は極少数。出会ったときに手に入れないと、もう二度と手に入らないクオリティのものが少なくないのだ。

パナマ帽では、最高級帽子とモンテクリスティは同義語である。エクアドルでは年々、良質のパナマの生産量が少なくなっている。これは自然環境の問題だけではなく、職人の減少も大きな要因。貴重な天然素材として、いつまでも大切に守り続けたいものである。ちなみに、編み目は細かいほど高級で、パナマの素材を目利きする基準となる。

また、パナマ帽の裏側には焼き印が押されているが、選ばれた職人の帽体には編み手のサインが入っているので、チェックしてみるといい。これも、職人ごとの価値を生むことになるだろう。

パナマを編み上げる職人の爪は、編棒のように先が尖っており、爪が道具となっている。Illustration/Toku(WPP)

ブリムダウンでスタイルを付ける

ベースボールキャップのツバを丸めて形を作るように、パナマ帽にも、そのスタイルを付けるための方法論がある。それは『ブリムダウン』と呼ばれるものでハンフリー・ボガードがそのスタイルをよく実践していた。下の写真のように、前を落として(ブリムダウン)&後ろを上げる(ハイバック)形にする。ツバを持って、自分の手で曲げるようにする。ただしパナマは繊細な素材なので力を入れすぎるのは禁物。帽子を着脱するときに軽く形作るようにするクセをつけておけば、それもスタイルになる。両サイドを上げるウエスタンスタイルとは異なるので間違えないように。また、一番下の写真のように、パナマを持つときに前部のくぼみに指をかけて持つ人がいるが、これはパナマではご法度。この部分は工場でしっかりと成形されており頻繁に握るとパナマが割れてしまう。普通の帽子のようにツバを持って着脱するのがパナマとの正しい付き合い方。他人の帽子を被らせてもらったときなどこの点に配慮できるようになるとちょっとしたパナマ通といえるだろう。夏場汗をかいたら、内縁をこまめにふき取ることも忘れないように。持ちが違ってくる。


貴重なパナマ製造の様子が
収められた一冊。
【Panama-a legendary hat】
米 ASSOULINE社刊:洋書

スペシャルなボルサリーノのパナマ


column.01|職人の技が光る逸品

モンテクリスティはエクアドルにある丘陵地帯で、腕のいい職人が集まっている場所。職人は採ってきたトキヤ草の仕分けを行うのだが、これは職人たちが最初に覚える仕事だといわれている。経験豊富な目利きの職人は、そのトキヤ草の山の中から細くてしなやかなものを選別する。こうした細くてしなやかな素材は最も高級であり、実際、細いトキヤ草で編みこまれた帽子は手触りからして違う。同時に色や太さがバランスよく編み込まれているかどうかも品質を判断する基準。そして、そんな最上級パナマの中に幻の逸品ともいえる帽子がある。それがこの透かし編みされたパナマ。この編み込みが出来る職人はもうほとんどいない、と言ってもいいほどで、ほんの気まぐれのようにしか輸入されないという。もしかしたら現存する帽子で終わる可能性も否定できない、幻のパナマだ。問パナマ・セミカラード

column.02|植民地仕様の折りたたみパナマ

ボルサリーノのパナマの中でも特別なスタイルを持つのがこの「オプティモ」と呼ばれる帽子。この帽子は本来、植民地へ赴任する人が荷物の中に収納できるようにデザインされたもので、折りたたむことができる構造。といっても、最上級のしなやかさを持つトキヤ草を使って初めて出来るもので、モンテクリスティ級の高級素材でしか作れないといわれている。いわゆる“トラベル帽”であるが、センターに折り目が残った独特のスタイリングで抜群の個性派だ。コロニアル・ファッションに欠かせない帽子ということで「コロニアル」という別名もある。高級素材であるし、繊細なパナマ帽を折りたたむのにはちょっと勇気が必要だが、それもこれも、最上級のしなやかさを持つトキヤ草を使っているから可能になる機能なのである。この夏、パナマで差をつけたいと考えている人にはお勧めの逸品である。

column.03|品質のチェック

エクアドル産の本パナマ帽の裏側には通常、帽体の段階から職人が品質を保証した焼印が入れられている。編み込んだ帽体にサインを入れられるのはランクが上の職人だけで、その職人とて、最上級のパナマを編むのは年間で一人あたり3~4個といわれている。そのサインも実に遠慮がちに入っているので、よく目を凝らさないと発見できないこともある。このサインが入っているかどうかで、またどの職人のサインなのかどうかでも、好事家たちの価値観は変わってくるだろう。同じ職人のサインを集めるのもパナマ選びの楽しさになるかも。
パナマ職人の腕によって、焼印か自筆サインかのランクが分けられている。サインが入るのは、モンテクリスティ級の高級パナマだけ。気に入った帽子を買い換えるときに、同じ職人のサインを探してみるのも面白い。


パナマ・キート。
キートというのはベーシック
という意味。

ベーシックな白のパナマにブラックのリボン。
パナマ・ファイン

オリーブ色のリボンが白いパナマに映える。
パナマ・エキストラファイン

エレガントな7㎝のツバ幅と最上級の素材はまさにパナマ帽の最高級品。
パナマ モンテクリスティ

これもパナマ素材。
今夏のボルサリーノにはこんな都会的なデザインも用意されている。

本来、黒の染色は難しいと
されるが、こんなパナマも
用意されている。

若いボルサリーノファンに人気の、ブラックにツヤのある塗装をかけたスタイリッシュなパピエ。

素材はファブリック。今夏のボルサリーノに加えられたコレクション。同素材のリボンが可愛い。

軽快で若々しい短めのツバが魅力。素材はパピエ。

創業者のジュゼッペ・ボルサリーノ。右の写真は現在もアレッサンドリアにあるボルサリーノの本社。古くからの建物がそのまま残る。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2011年6月16日号


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土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。