Re:STYLING MONO #51 世界初のスティールフレームを考案した紳士の傘”フォックス”

#51 フォックス


ほぼ北緯60度から50度……イギリスの大部分を占めるブリテン島の位置である。首都ロンドンでも北海道より北。冬場はかなり寒いイメージだが、実はそれほどでもない。典型的な海洋性気候の島であり、メキシコ湾からの暖流のおかげで、冬でも気温が高いのだ。その代わり、雨が多い。多雨はこの地に多くの文化をもたらした。たとえば水が漏らない製法の靴がそうだし、ゴム引きのコートもそうだ。そして傘である。英国紳士はステッキ代わりの傘を持ち歩く。いまの時代、そんな人はなかなか見かけなくなったが、相変わらず傘を差して歩く男性は少ないようだ。

何しろ、1750年に初めてジョナス・ハンウェイという人物が傘を差してロンドンの街を闊歩したとき、人々の嘲笑の的になったような文化を持つ国である。傘は女性が使う道具であり、男性が使う道具ではない、という紳士の国の常識。しかし、ハンウェイの勇気はこの国に傘の文化をもたらした。それから約100年後に誕生した『フォックス』のような名品は、雨と共にある文化だからこそ生まれたのである。

フォックスといえば頑丈な作り、そして細く絞り込んだスマートなボディ。その代名詞ともいえるシルエットを支えるスティールパイプは、鯨骨製が主流だった当時のフレームにメタル素材のU字型断面の傘骨を採用したことから始まった。現代のほとんどの傘がこの骨を採用している。

フォックスが1800年代末に考案した世界初のスティールフレーム


角断面のパイプを用いた世界初のスティールフレーム、その後改良されたU字断面のスティール骨は、傘という道具における革命的な技術革新だった。この骨の採用によって、傘は量産品としての製造が可能になった。

また、1947年には英国空軍のパラシュート素材であったナイロンをカバー(傘地)に採用。これは世界初のナイロン生地の傘で当時、最新素材であったこの傘は従来品よりもはるかに細く巻け、紳士必携のステッキに近い形をスマートに実現したのである。

世界で最も有名なアンブレラと称されるFOXの傘。18世紀末頃の傘は、鯨の骨を利用した骨と絹やコットンを使った傘地のものがほとんどだった。スティールの骨とナイロン生地の傘の出現は衝撃的だったに違いない。

優美なラウンドで形のいい8骨。伝統的なブラックやネイビーが紳士用のフォックスらしいが、レディースはカラーバリエーションも豊富だ。

ハンドルに採用される素材にはマラッカ(マラッカ半島産の籐)、ワンギー(竹の地下茎)、チェスナット、メイプルなどの自然素材、レザーやスターリングシルバー(純銀)、狐やラビットを象った「アニマルヘッド」などがある。

キツネの姿がトレードマーク、「フォックス」のアンブレラ。英国生まれの定番として、世界中の紳士が愛用する傘の代名詞にもなっている。細身のスマートなフォルムと使用される素材の質の良さで、雨の日は最高のお洒落になるだろう。

スーツ姿にビニール傘は悲しい。“紳士”はフォックスを手に完成する。


 日本は多雨な国である。実は多雨だからこそ独特の文化が育っていて、和紙に柿渋を塗った番傘や、雨の日の水はねを避けるための下駄など、雨がもたらした道具は少なくない。これが英国になると雨の日に傘を差しかける馬車の御者が持つ傘や、防水性能に長けたコートなどといった道具が文化として定着しているのである。世界で最も有名なアンブレラ・ブランドである『FOX/フォックス』は、1868年にロンドンの金融街シティに設立された。

 時はまさにヴィクトリア朝時代。フランスからの流行を受けて、ロンドンの社交界や王侯貴族を始めとする当時の上流社会の女性たちには、傘を持つスタイルが流行していた。そんな時代に、フォックスは職人によるハンドメイドの高級傘を作っていたのである。創業者はトーマス・フォックス。おそらく、創業当時は女性用の傘の製造が多かったはずだ。しかし、次第に男性用傘の需要も高まり、フォックス・アンブレラ社は19世紀末から20世紀にかけていくつかの画期的な発明を行う。特にU字断面のスティール製の骨は、傘の強度と取り扱いを飛躍的に高めるアイデアだった。21世紀の現代でもブランドを問わず、ほとんどの傘に採用されているほど、馴染みの深いテクノロジーである。

 そして第二次世界大戦が終結してほどない1947年に、英空軍のパラシュート用の残材であったナイロンをカバー(傘地)に採用するようになる。ナイロンは当時、最新の素材であり、現代では当たり前になっているナイロン生地を採用した世界初の傘が、同社によって生み出されたのである。ナイロン生地の採用によって、従来の絹やコットンよりもさらに細く巻かれるようになったことで、紳士必携のステッキに形が近づいた。フォックスが生み出したこのスマートなフォルムこそが、英国アンブレラの代名詞になったわけである。

U字型断面のスティール製フレームが傘の世界に与えた影響で最も大きいのは強度と量産性を高めたことで、傘という道具が実用品として広まったこと。U字型にすることで、重さが軽減されたことも、手に持ち続ける道具の機能として見逃がすことが出来ないエポックだった。

 フォックス・アンブレラは現在も、ロンドン郊外にあるクロイドンの本社工場において、創業以来の伝統的な手作りによる傘の製造を行っている。オーナーや代が替わっても、創業当時からの丁寧な傘作りに変化はない。熟練の職人による手作業と、時代をリードしたテクノロジーの融合は、まさに英国ブランドのあり方そのもの。優美な細身のシルエットが美しい「チューブ」シリーズや、クラシックな木製シャフトの「ステッキ」、「ソリッド」シリーズという3つのラインナップは、魅力たっぷりだ。


ロンドン郊外クロイドンの本社工場では、熟練の職人による伝統的な手作りがいまも守られている。

商品ラインナップ



メンズ・アニマルヘッド(犬)価格3万3600円
メンズ・ワンギー(竹の地下茎)価格3万3600円

メンズ・レザー(ブラウン)価格2万9400円

名品「フォックス」のアイテムは、メンズ傘で16種類も揃っている。さらに直営店ヴァルカナイズ・ロンドン青山では、パターンオーダーも常時開催。好みのハンドルと傘生地の組み合わせでオーダーすることが可能。価格はオーダー方法によって、定番価格+1050円〜で楽しむことができる。

初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2013年6月2日号


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  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

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