Re:STYLING MONO #2 100年を超えて途切れ目もなく続いてきたフィルソンの森の仕事着と男たち。

#2 FILSON


巨木を切り倒すためにくさび形に入れるアンダーカットの切り口に何人もの男たちが座ることができる。アメリカはそれほどに太い幹回りの大木を抱えた森が全土に広がる「森の王国」だった歴史がある。そこで働く男たちが迷わずに選び取る服がある。シアトルのフィルソンがつくる一着だ。なかでもフィルソンを代表するクルーザーはほぼ100年あまりもかたちを変えていない。しかも同じ服を親子3代で着ることさえ可能というのだから、これは驚きを超えている。

フィルソンの顔ともいえるクルーザーは1914年に「シャツ」として特許(US.Pat.No.1088891)を取得。上下左右非対称に複数のポケットが並び後身頃には背中を横断する大型ポケットがある。
その分、生地が重なり防寒にも働く。

長く生きつづけるウエアとは着る人と着る場所に、もっとも適応できる服である。


まず、下写真(ヘルメットを被っている人物写真)の姿をよく見ることから始めよう。彼はフィルソンと同じシアトルにある、木材会社ウェアハウザーで働く現役ロガーだ。撮影した時期は9月末だった。Tシャツの上から長袖のハーフジップシャツを着てさらにその上に着ているのがフィルソンのダブルマッキーノクルーザーである。ボトムはダブルニーになったジーンズだ。ジャケットの前は開けたままだったし、ジーンズの丈が長すぎるのではというのが気になるところだ。しかし、この着方が正しかった。この日、働いていた現場はかなりの急斜面だったが、足元を気にするでもなくロガーは動きつづける。身体を動かすうちに熱くなってくるので、襟元を開けられるシャツを選び、重ね着していたのだ。
また足を大きく動かすために、ボトムは自然とこの長さになるのだという。初秋にもならない時期にマッキーノを着ている理由は、「一日のうちに四季がある」のが山の天候だからだった。つまり年間を通して、着ていることになる。

フィルソンは「森のタキシード」という別名をもつ。ロガーにとってのフィルソンはそれほどに別格なのかという問いには「仕事しやすいかじゃなくて、仕事中、かっこよく見えるか、なんだよ」と、返ってきた。
爆笑するしかない。が、その心意気はすごく響いた。同時に「安物は長持ちしないから、耐久性を考えて服を選ぶと、必然的にいいものにたどり着く」が真顔での言葉だった。シアトルの山に入ってみると思った以上に、地面から這い上ってくる湿度がきつい。動かずにいる身体には、湿気が寒さに置き換わる。ウールという動物の脂を含んだ生地を使った、ウエアの良さが生きる場所がまさにここにあった。

100年を超えて途切れ目もなく続いてきたフィルソンの森の仕事着と男たち。


シアトルがあるワシントン州だけでなく、中西部のミネソタやウィスコンシン州から東海岸のメインやコネティカット州など、ほぼアメリカ全土で圧倒的な巨木を人力で伐採してきた記録が残されている。「森の王国」の頂点を極めた時代は去って、機械化の進む現在まで、フィルソンだけが全部を見てきた。

シアトルからやや北西部寄りにキルシンという町がある。1850年代半ばから木の伐採が始まり、町に暮らすほぼすべての人が何らかのかたちで材木に関わる仕事をして生きてきた。町のボランティアの人たちで運営するキルシン・ミュージアムが、そっくりそのままロガー・ミュージアムになるのも当然のことだ。ゲイリー・フィリップ氏は、かつては200人のスタッフを抱えて、キルシンでもっとも優れたロガーのひとりといわれた人物だ。
彼にロガーの仕事をする時の装備でと頼んだところ、かつて使っていた自分の道具を持ち、ウエアを着て現れた。ひと目で年季が入っていると分かるものばかりである。ロガーに欠かせない巻き尺は、自動で巻き上がるタイプ。長年使いこまれて、金属のケースの角が丸味を帯びているほどだ。
もうひとつの缶は噛みたばこだ。ほほの片方を膨らませているロガーがいたら、それは噛みたばこだ。山に入ったら紙巻きたばこを吸えるほど手が空くことはないし、それに山で一番、怖いのは火事だ。噛みたばこなら火の不始末の心配がない。
着ていたワークウエアはすごいことになっていた。まず枚数が半端じゃない。脱いでもらって、たたんで重ねたら、服の小山ができた。なんともスーパーレイヤードなフィリップ氏の持ち物のなかで圧巻は、フィルソンのティンクロスのジャケットだ。ティンとはブリキのことだが、まさにその通り。このジャケットはひとりで床に立っていられるほどだった。これらを身につけてジャケットを着ると、自然と力がみなぎってくるという。

Special thanks
Quilcene Historical Museum
151 East Columbia St., Quilcene, WA 98376, USA
http://www.quilcenemuseum.org

フィルソンのクルーザーが長い商品生命を保ってきた理由は何だったのか。


 クリントン C. フィルソンが19世紀末に創業したばかりの店の看板には、「アラスカ・アウトフィッター」の文字があった。当時、北のクロンダイクで金が発見され、シアトルはそこへ殺到する人びとが道具や食糧、衣料を調達する最後の補給基地的役割を果たしていた。フィルソンの店へは、防寒用コートやブーツを求めて多くの人がやってきた。極寒の地でフィルソンの製品を着た人びとは、良い点も不都合な点も、率直な意見を伝えてきた。だからアラスカはフィルソンにとっては、極低温下の試験場だった。そこで試されたら、中途半端や格好だけでは生き残れない。
 フィルソンのクルーザーはジャケットだが、かたちはシャツだ。確かに最初に取得した特許にも「シャツ」とあった。使う生地は半端でなく分厚いマッキーノブランケット地だ。ケープフロント仕立ての肩部分は、生地が二重になっている。袖でもゲームポケットが付いた背中でも、複数の「ガチャポケ」が付いた前身頃でも生地を多重使いしている。それだけ暖かい。シャツでありながら、身体はジャケットを着ていると受け止めてしまう理由は、きっとここにある。しかもつくりは直線的ときているから、身体になじむまでには着込む必要がある。それはいくらフィルソンでもできないことだ。長く着てもらえる服づくりをするしかない理由になっている。

FSJ1083 ダブルマッキーノクルーザー

FSM0104M
マッキーノスモールフィールドバッグ

FSM0101M
マッキーノスモールダッフル

FSM0112
リュックサック

森で培われた高い機能性と耐久性を惜しみなく注ぎ込んだ名品の数々。


 現在でも森林などの過酷な条件下で働く者たちから、絶大な信頼を得ているフィルソンのジャケット。ゴールドラッシュに始まる森林開発やアウトドアブームなどに育まれた100年を超える長い歴史の中で、機能性、耐久性、デザインなど、フィルソンのジャケットは洗練されてきた。丈夫さと使いやすさにこだわるモノ作りの姿勢は、現ラインナップにも引き継がれている。
定番のクルーザーもそのひとつ。クオリティの高さに定評がある伝統的なオレゴン産の100%バージンウールを使用しながら、丈夫な縫製と使いやすく機能的なポケットの配置など、フィルソンが培ってきたノウハウがふんだんに盛り込まれている。
フィルソンを代表するマッキーノクルーザーにいたっては、アメリカ生産を貫くことで、昔と変わらない高品質で均一なフィルソンクオリティを確保。さらに現在では、カラーやシルエットなどデザインに特徴をもたせたイタリア生産のアイテムをラインナップするなど、気に入った一着を選べる幅広さも特徴になっている。
フィルソン伝統のマッキーノクロスやティンクロスを使用したバッグや帽子など、丈夫でスタイリッシュなアイテムも充実。トータルで楽しめる魅力も広がっている。

FSJ1110 マッキーノクルーザー1914年に米国の特許庁へ申請され「№1088891」を取得したベストセラー。26オンスマッキーノクロス(毛100%)。

FIJ9935W
ウールゴールドディガーコート
「金採掘夫のコート」がモデル名の
フィルソンのアーカイブモデル。
26オンスバージンウール
(毛100%)。

FIJ9910W
ブライトゴールドクルーザー
バージンウールを使用したタイトフィットなシルエットでファッション性が高いモデル。26オンスバージンウール(毛100%)。

FSJ1083
ダブルマッキーノクルーザー
襟口から胸、腕を包むように縫われた
ケープが高い保温効果を生み出す。
24オンスマッキーノクロス(毛100%)。

FSJ1110 マッキーノクルーザー
上段モデルのカラー違い。丈夫かつ機能的な¥こだわりが凝縮されたウールジャケット。
26オンスマッキーノクロス(毛100%)。

※モノ・マガジン2011年2-2号に掲載された情報となります。

Re:STYLING MONOのイントロダクションはこちらをご覧下さい!

土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。