Re:STYLING MONO #39 英国トレンチコートの名品として不動の地位を築いた「バーバリー」

#39 バーバリー


コートの歴史を語る上で必ずといっていいほど欠かせないのが、『バーバリー』社のトレンチコートである。服飾史に残るほどの名品であるこのコートは、戦場における兵士のコートとして誕生した。つまり軍装品だったのである。19世紀末から20世紀初頭にかけての戦争(第一次世界大戦くらいまで)は、歩兵による戦闘が陸戦の中心であった。そして陸戦の中で最も効果的な戦闘方法は、深く掘った穴の中に身を潜めて、向かってくる相手の足を狙い撃つ方法だった。この細長く掘られた穴のことをトレンチ(塹壕)と呼び、その中で風、雨、雪をしのぐ機能とデザインを兼ね備えていたのが、トレンチコートなのである。トレンチコートを作るブランドは当時からいくつか存在していたが、圧倒的な品質の良さと信頼性を勝ち取ったのが『バーバリー』なのである。当時流行していたゴムやオイルによる熱加工ではなく、“織り”(ギャバジン)だけで防御性能と耐久性、そして通気性と軽量化を実現したことがバーバリーの売りであった。

バーバリーの創業者であるトーマス・バーバリーが19世紀末に発明した“ギャバジン”は密に織られた羊飼いの上着にヒントを得て研究開発された生地である。緻密な織りで作られ、雨やトゲ、釣り針などを防御し、耐久性に優れていた。

創業者のトーマス・バーバリー

現在、インポートのトレンチコートに使用されるコットンギャバジンは英国国内で生産されている。バーバリーのトレンチコートは100人以上の職人によって300もの工程をかけて作り上げられている、まさに職人技の逸品。こうした厳格なモノ作りは英国伝統のスタイルで、トレンチコートにおいても最低26回の検査を経て商品化されているほど。伝統的なスタイルを守りながらも、ファッション性の高い、新しい試みを怠らずに行っているのはさすが英国ブランド。トレンチコートのエレガントなスタイルは銀幕のスターたちによってその着こなしと佇まいの美しさが伝えられてきた。男が選ぶコートとして、これ以上のダンディズムは存在し得ないであろう。バーバリーはその頂点に立つブランドだ。

毎シーズンさまざまな形が展開されて話題となっている、シーズン限定モデル。よりファッション性に富んだデザインのトレンチコートが揃い、今季はツイードを中地に使用したモデルが展開している。英国らしいカラーパレットや素材を採用。カジュアル&シックなスタイリングで。
【カラー=マスタードグリーン】(他、スタイリスト私物)

ギャバジンはオールシーズンに対応できるように、最高級のエジプト綿(長繊維)をきめ細かく織り上げている。しかもこのコットンの糸は織られる前に撥水加工が施されており、防水性能と同時に通気性と軽量化も実現した、当時としてはかなりハイテクな生地だったのである。

遮光ではなく光を採り入れる名品の由縁なのだ。


島国である英国は資源に恵まれていないため、早くから植民地政策によって資源を海の向こうから調達してきた歴史がある。ヨーロッパ諸国との競争が激化すると産業革命で生産力の向上を目指し、いち早く近代化を進めてきた。こうした産業革命時代に作られた機械の中で、劇的に生産効率を高めたのが綿産業に関わるものだった。インドやアメリカから原綿を輸入し、効率的な生産システムで製品を作り上げ、国内外に製品を輸出していったのである。トーマス・バーバリーが創業(1856年)した19世紀半ばあたりはまさに綿製品の時代で、高速の織機や糸繰り機などの登場によって、世界規模で綿産業が発展していた時代でもあったのだ。

バーバリーによる“ギャバジン”の開発は画期的だった。オイルやゴムを塗ったり蒸着したりした木綿のコートは、保温性や防水性はあっても重くて着用に苦労することが多かったので、同社のコートは大変な人気となった。この当時、ギャバジン生地のコートはスリップオンと呼ばれ、お店で「スリップオンが欲しい」と言えば、店員はバーバリー製のレインコートのことだと普通に伝わっていたそうである。ただ、スリップオンが商標登録できなかったために、レインコートをバーバリーと名づけたのだという。エドワード8世はギャバジンのコートが必要なときに「私のバーバリーを持ってきなさい」と伝えた、そんな逸話も残っている。

19世紀末頃には英国の将校たちのために「タイロッケン」コートを開発。それがやがてトレンチコートへと発展していくわけである。トレンチコートは戦場だけではなく、平時の着衣としても大変な人気となっていった。20世紀になるとアムンゼンが南極点到達をバーバリー製品の力を借りて果たす。20世紀半ばを過ぎると、映画の中でスターたちがトレンチコートを着こなす様子が見られるようになり、英国の名品としてバーバリーは不動の地位を築いていったのである。

トレンチコートの前身であるタイロッケンコートはひもと止め具を使って、前で結んで(tie)、しっかりと錠前(lock)のように留めるというスタイルから付けられた名前。つまり「タイ・ロッケン」コートというわけである。

1901年、バーバリーは正式に英国軍隊御用達の紳士服店兼デザイナーとなった。冊子はその1901年に発行されたもの。
バーバリーコートの分解図。
作りの素晴らしさが良く判る。


ロング・コットンギャバジン・トレンチコート
ロング丈の人気モデル。ラグランスリーブで、ウエストとカフスのベルトに伝統的なレザーバックルを採用したエレガントな一着。カラー=ジェット・ブラック。

ミッドレングス・コットンギャバジン・ウール・ライニング・トレンチコート
ファッション性を意識したシーズン限定モデルのトレンチコート。

ミッドレングス・コットンギャバジン・トレンチコート
さりげないデザインのトレンチコート。セットインスリーブで軽快な着こなしが楽しめる一着。襟裏は伝統的なチェック。カラー=ジェット・ブラック。

ミッドレングス・コットンギャバジン・ラグラン・トレンチコート
定番中の定番、クラシックなモデル。ラグランスリーブで、オリジナルのバーバリー・トレンチコートにインスパイアされた伝統的なディテール。チェックの襟裏はもちろんお約束。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2012年11月16日号


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  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

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