Re:STYLING MONO #38 家具のデザイン史を体現し、いまなお飛躍し続けている名ブランド「カッシーナ」

#カッシーナLC2


ヨーロッパの家具職人たちが貴族のために家具作りを行っていた時代、木材や革、重厚なファブリックといった素材がマテリアルの中心だった。もちろん、その小さな工房で培われてきた職人たちの技術や経験、そして芸術的表現は尊敬すべき一面であったが、一方ではこうした出来のいい家具が一般の人々のために作られることは殆どなかった。産業革命の技術が家具作りに本格的に活かされるのは、もう少し時間が必要だった。1928年、翌年に開催されるサロン・ドートンヌのハウスインテリア部門に出品するために、ル・コルビュジエとシャルロット・ペリアン、ピエール・ジャンヌレが協同でデザインした4モデルの家具シリーズは、従来とはまったく異なる発想で製造される家具だった。発表と同時に大きな注目を集め、たちまちの内に名作家具としての地位を築き上げたこれらの家具は、1965年からカッシーナ社が正式に製造を手がけることになった。いま以ってそのデザインに古さを感じないソファ『LC2』の名品ストーリーを探ってみることにしよう。

近代的な家具製造を行っていたカッシーナ社はル・コルビュジエ存命中の1964年、一連のル・コルビュジエ・デザインの家具製造を正式に許可された。“名作家具の復刻”という責任も一緒に家具作りに込めてきたのである。

時代の建築家とともに、多数のモダンファニチャーを生み出しているカッシーナには「イ・マエストリコレクション」というシリーズがある。文字通り巨匠=マエストリの名作家具を復刻制作するコレクションだ。美術館の展示品として所蔵されているアイテムを含め、デザイン史に燦然と輝く名作家具のシリーズを揃えられるのは、カッシーナだけであろう。1920年代にル・コルビュジエによってデザインされた4つの椅子(LC1~LC4)の制作が、同社におけるこのシリーズの始まりとなったのだという。

金属パイプのフレームにクッションをはめ込むスタイルのソファ「LC2」。単純な構成で最大の快適さを狙ってデザインされた傑作品である。スマートなパイプと肉厚のクッションを組み合わせることで生まれる快適性は「Grand Comfort」とも呼ばれる。

近代建築家たちと家具


 ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトと共に、近代建築の三大巨匠と呼ばれるル・コルビュジエの活躍は20世紀前半からスタートした。他の二人と同様に、歴史的な建造物を数多く残し、同時に世界の有名美術館に収蔵される家具をデザインしている。ファン・デル・ローエの「バルセロナチェア」、ライトの照明器具「タリアセン」、そしてル・コルビュジエは「LCシリーズ」。この当時の建築家たちは他にも多くの名作家具を生み出しているが、20世紀前半の世界的な破壊と創造の歴史、そして従来の石積みや木造ではない新しい建築マテリアルの登場が、20世紀になって活躍し出した建築家たちのモチベーションを高めたのである。ニューヨーク近代美術館にも収蔵されているル・コルビュジエの「LC2」は、デザイン家具の歴史上、最も大きな功績を残したデザインとして知られている。時代遅れの様式を拒絶し、実用的な機能主義を打ち出したル・コルビュジエは、後世のクリエイターにいまも強い刺激を与え続けている存在である。

作業中のル・コルビュジエ

ル・コルビュジエの代表作として知られる『LC2』実用性に特化してデザインされたのにこの佇まいの美しさ。これこそが名品たる所以だ。

名作家具の宝庫カッシーナ


 1927年、イタリアのメダに設立された「アメデーオ・カッシーナ」という名の工房は、この地では初めてインテリアデザイナーがいる工房だった。チェザーレ・カッシーナというのがそのデザイナーで、木工のエキスパートであり経営手腕もあった兄のウンベルト・カッシーナと共に、主に木製のテーブルを作る工房としてスタートした。やがて、家具の世界では20世紀のスタンダードともいうべきフォルムが主流となり、カッシーナのビジネスも、マーケットのテイストを敏感に捉えながら、柔軟なモノ作りを行うようになる。創業時から「デザイン」の重要性を知る工房だったことで、早い段階でデザインを外部に依頼し、製造パートで職人たちが勝手なデザインを行わないようにした。そして1946年以降に依頼したフランコ・アルビニの時代に、現在のカッシーナの礎ともなるべきデザインが生まれる。入念に計算されたパーツを使ったシンプルなフォルムと構造を持つ家具は工業化しやすく、同時に、マーケットが求めるデザイン性も兼ね備えていた。1946年はイタリアが君主制から共和国へと変化した時代でもあった。

そんな中で同社は客船用ファニチャーの製造で名を成していく。1964年、カッシーナはひとつの重要な契約を結ぶ。それは存命中の高名な建築家ル・コルビュジエがデザインした一連の家具の製造販売権に関するもの。この契約が結べたことは、ル・コルビュジエがカッシーナのモノ作りを認めたことと同義であり、同社のもうひとつの出発点だったともいえるだろう。ル・コルビュジエをはじめ、チャールズ・レニー・マッキントッシュ、フランク・ロイド・ライト、シャルロット・ペリアンなど7人の巨匠による「イ・マエストリコレクション」と、ジオ・ポンティ、ジャンフランコ・フラッティーニ、アキッレ・カスティリオーニ、フィリップ・スタルク、ピエロ・リッソーニなど、建築家やデザイナーと名作を生み続けている「コンテンポラリーコレクション」。これらのコレクションに名を連ねる有名デザイナーたちは、枚挙にいとまが無い。家具のデザイン史を体現し、いまなお飛躍し続けている名ブランドといえるだろう。

LC2といえば黒革+クロームメッキのフレームの印象が強いが、こちらはル・コルビュジエ財団の公式な承認を得た7色のカラーフレームを採用したコレクション。(1人掛ソファ)

LC2に採用されるメタルのフレームは溶接の後が判らないように、クロームメッキで仕上げられ、丁寧に磨き上げられている

レザーにクロームメタルのパイプ。これがLC2のスタンダード。商品ラインナップとしては、LC2(1人掛ソファ)、LC2(2人掛ソファ)、LC2(3人掛ソファ)、LC2オットマン。

Le Corbusier
1887年にスイスで生まれ、活躍は主にフランスのフランス人建築家。
シャルル=エドゥアール・ジャンヌレが本名。20世紀を代表する近代建築理論の巨匠。特に1920年代以降のル・コルビュジエのデザインは、国際様式(インターナショナル・スタイル)の基礎となっている。家具デザインは主にキャリアの初期に行われ、従兄弟のピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンとの共同作業で生まれたアイテムも数多い。1965年没。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2012年11月2日号


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  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

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