Re:STYLING MONO #37 ハーモニカの揺ぎ無きトップブランド「ホーナー」

#37 ホーナー


人類がいつの頃から音楽を手にしたのかは定かではないが、少なくともその発祥がアフリカ大陸を中心とした、プリミティブな原始音楽であったことは間違いない想像だろう。もちろん、その発祥時は娯楽というよりは、社会的かつ宗教的な意味合いが強かったはずで、そこで使われるようになった楽器も叩いたり、鳴らしたりというリズム楽器的なものがほとんどだった。そういう意味からすると、音楽に厳格な音階を持たせ、音楽を教会やサロンで聴くための文化として完成させた、ヨーロッパの王侯貴族たちの創造性には驚くばかりである。

同時に、それを演奏するための楽器の進化も特筆すべきだろう。特に職人が作り上げた工芸的な楽器作りから、産業革命を経て機械化された技術で楽器が生み出されるようになり、音楽はより大衆のものになる。ハーモニカという、複雑かつ精密な構造を持つ楽器の誕生もまた、産業革命以降の技術があったからこそ考案されたものだ。幕末の日本にも伝わったというハーモニカの、揺ぎ無きトップブランド『ホーナー』の歴史を探ってみることにしよう。

ハーモニカはその構造から吹奏する楽器であるが、管楽器のような管体を持っていないために、小型のリードオルガンとして分類されるのが一般的なようだ。中国や第二次世界大戦以前の日本では「口琴」という名で呼ばれていた。

19世紀前半に考案され、小型で機動性に優れた楽器であったために広く普及したハーモニカであるが、誕生当初は半音を出せない構造で、プロの演奏家が選ぶような楽器ではなかった。その足りない部分を解決したのが、マシアス・ホーナーが研究・開発を進めたクロマチック・ハーモニカである。その1912年に登場したクロマチック・ハーモニカ生誕100周年を機に新発売のモデルが『Discovery48』。人間工学的にデザインされ、快適な手触りのカバープレート、マウスピースからカバープレートまでスムーズな感触を実現し、非常に完成度の高い生誕100周年に相応しいモデルとなっている。また、メンテナンスを容易にした構造やABS樹脂によるボディ、そしてスライドの組み換えで左利き用への仕様変更も簡単に。使いやすさが追求された逸品といえるだろう。100年の時を経た名品の味を実感できるモデルである。

20世紀初頭に研究・開発が進められた半音階(クロマチック)ハーモニカ。マシアス・ホーナーは、画期的なスライドレバー式による半音階上がり配列のハーモニカを考案した。現在も基本的な考え方はまったく変わらずこのシステムは存続している。

半音階の切り替えを行うレバーはホーナー社の創業者であるマシアス・ホーナーが完成させた機構である。吹き口の穴あき板を操作することで多彩な音が。

ホーナーの歴史を感じさせるホーロー製の看板。

高い工作精度がひと目でわかる逸品。クロマチック・ハーモニカ生誕100周年を機に発売された『Discovery48』。マシアス・ホーナーの肖像画は信頼すべきハーモニカ・ブランドの品質の証でもある。

金属リードの発音体が産業革命で鳴り響く


 1820年頃、楽器製作・修理の職人であり調律師でもあったオーストリアのクリスチャン・F・ブッシュマンという人物が、オルガン用のピッチパイプを作り、そのアイデアを活かしてハーモニカの原型を考案し特許を取得した。ただ、このハーモニカの原型は吹く音のみの楽器だった。ドイツやオーストリアというのは言うまでもなく、豊かな音楽の発祥と発展の地であり、数多くの作曲家や音楽家、そして楽器が生まれた土地でもある。幸運なことにこうした土地柄は、まだその楽器の存在すら知らなかった人たちにも比較的容易に受け入れられ、優秀な時計職人を多く抱えていたスイスとの国境近くで、産業として発展するほど生産されるようになったのである。1826年になるとボヘミアのリヒターが10穴のハーモニカを製作。その生産が一気に広まった翌1827年が、ハーモニカ発祥の年とされている。イギリスで始まった産業革命の波がヨーロッパ各地に広まったこの時代、リヒターのハーモニカは1829年にはウィーンで大量生産されるようになった。ドイツ・トロシンゲンの時計職人であったマシアス・ホーナーが、ハーモニカの量産を始めたのは1857年。蒸気機関を動力とする自動リード打ち抜き機を導入して、大量生産を開始した。

 ハーモニカに限った話ではないが、当時のヨーロッパでは、重労働が伴う農場経営よりも利益の大きい製造産業に転身する人が多かった。いわゆる“近代化”の始まりである。しかし多くのブランドや工場が生み出される一方で、それぞれの経営手腕による差で統廃合が繰り返されている。ホーナー社は豊富な人材に恵まれ、ハーモニカ製造産業の中で着実にその足場を固めていった。近隣の老舗ハーモニカ工房を積極的に統合し、優秀な職人たちを束ねていったのである。マシアス・ホーナーは絶対的な高品質の維持に努め、話題の製品を次々と世に送り出し、類まれなる商才でいち早く政府の品質保証・登録商標を取得した。そして1868年にはアメリカ大陸への輸出を開始。トップブランドへの階段を駆け上り、20世紀初頭には1000人もの従業員を抱える大企業へと発展する。
 20世紀初頭の世界は戦争の時代でもあった。手軽でシンプルなハーモニカは戦意高揚政策に乗って戦場へ持ち出されることが多くなり、ハーモニカ・メーカーはいわゆる軍事特需の恩恵を受けた。同時に、ラリー・アドラーに代表されるような名手が出現し、アーティストと楽器(ブランド)の関係性が売り上げに影響するようになる。同社はそうしたアーティスト戦略も次々と成功させた。その要因として、妥協のない高品質なモノ作りを続けた創業者の意思を守り続けたことが、芸術家たちの耳に適ったホーナーの製品を選ばせたであろうということは言うまでもない。

 ホーナー社には数多くの名品が存在する。まず1896年に発表された10ホールズ・ハーモニカ「マリンバンド1896」は、音楽史においても特筆されるべき名品。この名機はブルースやカントリーミュージックの繁栄にはかり知れない影響を与え、幾多のアーティストが愛用し、そして数え切れないほどの名曲、名演奏を残す原動力にもなった。20世紀に入ると、同社の歴史的モデルとして知られる「270 Super Chromini-
ca」が登場。半音階機能を持つこのクロマチック・ハーモニカは、現在に至るまでロングセラーを続けている。その後も枚挙にいとまが無いほどの名品を世に送り出している同社であるが、現在では100種類近くの製品がラインナップされている。

1925年に「The Chromonica-40」の商標で販売戦略を築いたホーナー社。このモデルは10穴タイプで、現行の260モデルにあたる。そして1928年に現在の12穴、270モデルにあたる「Super Chromonica-48」を発売。3オクターブ配列の音域を有していた。


参考資料:「ハーモニカレヴュー No.65」世界ハーモニカ連盟日本支部刊

ホーナーの歴史と共に語られるロングセラーモデルの「Super Chromonica 270」。クロマチック・ハーモニカの代名詞的存在であり、世界中のミュージシャンに愛用される名品でもある。

1920年代、南部プランテーションの農場の片隅に建つ粗末な小屋で毎週末のように繰り広げられていた黒人労働者たちの音楽と賭博の集い「ジュークジョイント」。現在もそのカルチャーは南部に残っている。Photo / Toshiaki Honda

同じ金属リードを発音体とする楽器、アコーディオンは、ハーモニカの誕生から20~30年後にその原型が出現している。ホーナー社のアコーディオンも、長く生産されている。

ポケットの中にジョンの魂を


 ビートルズ時代も、ソロ活動を始めてからも、ジョン・レノンはハーモニカで印象的な曲を残している。デビュー時の「ラブ・ミー・ドゥ」がそうだし、オノ・ヨーコのことを唄った「オー・ヨーコ」でもハーモニカのパートが耳に残っている。今年6月から日本国内でも発売された『ジョン・レノン・シグネチャーモデル』には、イマジンのロゴとイラストが入る。パッケージも含めて最高の仕上がりである。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2012年10月16日号


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土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。