Re:STYLING MONO #32 世界の定番靴でありながら 革新的発想から誕生した「クラークス」

#32 クラークス


英国スタイル、という言葉からどうも伝統的、あるいは隙のないカッチリとしたイメージを抱く人がいるようだ。格式のある伝統やスーツを着た紳士の隙のない着こなしがそういう固定観念を植えつけているのかもしれない。実は英国スタイルのファッションには、意外にも肌触りや心地を大切にした感覚的なものが多い。たとえば海島綿の肌触りやニットソックスのルーズな履き心地などなど、正統派の英国流という解釈は必ずしもわれわれのイメージ通りというわけではないのである。『クラークス』のシューズも然り。その本当の良さは着用しなければ理解できない。何十年にも亘って定番であり続けられる理由について考えてみることにしよう。

創設者の4代目にあたるネーサン・クラークが1950年に開発した「デザートブーツ」はクラークスを代表するシューズ。開発のヒントは第二次世界大戦中に友人の英国軍人が見せてくれたブーツから着想したものだという。


クレープソールのデザートブーツではなくラバービブラムタイプのこのブーツをご存知だろうか?このシューズは『デザートトルーパー』と呼ばれるモデルで、湾岸戦争が勃発した1990年にアメリカで発売された。アッパーのデザインはデザートブーツと変わらないが、グリップ力の高いソールに変更したことで、これまでにはない新鮮な印象である。当時国内販売されなかったこのブーツに着目したのがセレクトショップなどの海外バイヤーたち。

90年代後半から少しずつ、このブーツはセレクトショップの店頭に置かれ一部のファンに愛用されるモデルとなった。ただ、インポートのみの少量販売なのでなかなか入手困難なモデルではあった。それを日本国内向けに2011年に復刻。感性豊かだがちょっと早すぎた一流バイヤーたちの視点に、ようやく時代が追いついた形である。クラークスのモデルはしばしば、こうしたファンの先走りから、ブームが生まれている。定番のちょっとした変化も見逃さない熱い視線に支えられたブランドなのである。

1950年当時、まだファッションは保守的なものが大勢を占めていた。「こんな風変わりな靴は売れない」と低評価だったデザートブーツだが先にアメリカでヒットし、本国イギリスへブームが逆輸入され、カジュアルシューズの原点となった。

『デザートトルーパー』カラーはサンド、ブラウン、ブラックの3色がある。

コンフォートシューズとしての
イメージを決定付けたデザートブーツ


ドレスシューズでもなければ運動靴でもない。クラークスのデザートブーツが世界のファッションに与えた影響は計り知れない。上のモノクロ写真は1970年代の広告写真。カジュアルなスタイルでも、品格のある着こなしをしたい人のチョイスとして、昔からクラークスのシューズは最適な存在である。定番になるのも納得だ。

1950年に登場したデザートブーツだが、日本での発売は1964年。IVYブームに乗って、一気にその知名度が高まった。60年代はクラークスがグローバル化。名品ワラビーも1966年に販売開始。

世界の定番靴でありながら革新的発想から誕生


イギリスの産業革命まっただ中の1825年、イングランド南西部のストリートという、文字どおり一本の通りしかないような小さな町の小さな靴工場から『クラークス』の歴史は始まる。創業者はこの町に住むサイラスとジェームスのクラーク兄弟。当時としては奇抜な、毛付きのシープスキンを使ったスリッパを発案し、これが驚くほど履き心地がいいと大評判になり、本格的な事業がスタートする。イギリスというのは昔から、伝統と革新のせめぎ合いから文化が生まれてきた。家内制手工業に対する産業革命がそうだし、音楽で言えば、ロイヤル・アルバート・ホールで演奏を行ったビートルズもまさに革新的。英国製革靴の産地であるノーザンプトンが伝統だとしたら、クラークスは19世紀から新しいスタイルを提案し続けていた革新であった。

1856年には世界の靴メーカーに先駆けてアッパーとソールを結合するミシンを開発。19世紀後半にはすでに、当時流行の細く美しい女性靴に対抗した自然な足型のコンフォートシューズを提案している。20世紀前半は素材開発や技術革新に余念がなく、1913年には防水加工の夫人靴を商品化。そして、1950年にデザートブーツを発表。1960年代にはイギリス最大の靴メーカーとなった。1966年にはデザートブーツと並ぶ傑作品「ワラビー」を発表。1972年には「デザートトレック」が発表された。1982年には「ナタリー」、1989年には「ネイチャー」を発表。特に「ネイチャー」は、同社のアクティヴエア第一号モデルであり、英国シューズコンテストで金賞を獲得した。1995年にはデザートブーツが世界販売累計1000万足を突破。定番を作り上げるブランドというのは保守ではなく常に挑戦し続けているもの。その定義を体現するかのようなブランドである。定番なのに出自は革新。そのカッコ良さを知って履き続けたいものだ。

やっぱり一足は持っておきたい定番シューズの“ワラビー”


袋縫い形状特有の足を包み込む履き心地。ワラビーは一度履いたら、その魅力から逃れられない。独特なスタイリングは多くの模倣も生んだが、ワラビーはクラークスだけの専売特許。ネーミングは有袋類のワラビーから。

この広告は創業当時に大ヒットした、シープスキンのスリッパ。寒冷な土地柄と同時に室内履きを愛用する文化に合致していた。そのデザイン傾向は、いまのシューズに通じるものがある。


サイラス・クラークとジェームス・クラーク。

現在の本社は瀟洒な建物である。右の広告は1833年頃の女性用靴の広告。他社との比較広告の中で、新しい概念であるコンフォートシューズの有用性が説かれている。

モンタキュートロード

英国の伝統「ハリスツィード」とのコラボ。羊毛の感触と伝統的色彩がモダンなヴィンテージ・スタイルを演出。

デザートトルーパー

90年代に口コミでその存在が知られた幻のシューズ。ヘヴィデューティなソールが特徴。

デザートブーツ

定番中の定番。60~70年代のお洒落なIVYたちは必ずといっていいほど持っていた。スーツでもデニムでもOKの名靴。

トロジャントレック

元英国領ジャマイカのレゲエレーベル「トロジャンレコーズ」とのコラボはイギリスらしい企画。ロゴ入りの限定版。

ワラビーブーツ

その独特なフォルムが足もとにアクセントを与えてくれる、人気の定番アイテム。色違いで2足は持っていたいもの。

タウヤーミッド

ストリート系ファッションをターゲットに伝統のワラビーを融合させた「ハイブリッド」商品。革新の一足。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2012年07月16日号


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土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。