Re:STYLING MONO #29 70年代以降のビーチカルチャーをリードした「クイックシルバー」

#29 クイックシルバー


古代ポリネシアの人々が漁の帰りに波に乗り始めたのが始まりと言われるサーフィン。長い歴史はあるもののそれが表舞台に登場したのは1960年代になって初めてマリンスポーツのひとつとして認知されるようになってから。そんな黎明の時代である60年代の末に、競泳パンツとは姿形が異なる独特のショーツがオーストラリアの二人の若者によって生み出された。

アラン・グリーンとジョン・ローという豪トーキー出身の、二人のサーファーが作ったショーツは、競泳パンツ姿の波乗りとはまったく違う新しいサーフィンのスタイルを生み出したのである。70年代以降のビーチカルチャーは間違いなく、彼らのブランド『クイックシルバー』がリードしてきた。今日もなお、その精神は受け継がれ進化を続けている。

クイックシルバーは直訳すれば「水銀」であるが、急激な動きそのものを指す意味もある。このブランド名は創業者のアラン・グリーンの性格を「水銀のように変幻自在」とガールフレンドがいったことがきっかけとなって命名された。


サーフィンの世界では“レジェンド”と呼ばれる伝説的なサーファーが数多く存在する。サーフィンの腕だけではなく、その人柄も含めた人間性が、後の人々に憧憬にも似た感情を抱かせていることが多い。“伝説的な出来事”というのは現在進行形で推移している場合において、しばしばその大きさや偉大さを過小評価しがちであるが、ケリー・スレーターに関してだけは誰もがその伝説の目撃者であることに幸せを感じているのではないだろうか。1992年に20歳という史上最年少の若さで世界チャンピオンとなり、以来20年間にわたってトップサーファーとしての地位に君臨し続け39歳となった昨年、2011年シーズンでなんと、自身が持つ最年長でのタイトル獲得を再び更新するという離れ業を成し遂げている。彼の偉業の前では、常識的な定説など何の説得力も持たないのである。

クイックシルバーが今年展開する『ケリー・スレーター・モデル』はアーティスティックなグラフィックとパフォーマンスを重視した画期的機能。ケリーの記録と共に進化を遂げているボードショーツである。

コンペティターとフリーライド。サーフィンというスポーツに対して競技を主軸に置くのか、それとも競技とはまったく無縁の世界で楽しむのか。どちらが良い、悪いという話ではなく個人の哲学が大きく影響するのがこのスポーツの独特な世界観だ。

個性的でスタイリッシュなボードショーツ『ケリー・スレーター シグネチャーモデル』。ウエストはサイジングを2段階で調節可能。水着と肌面の摩擦を軽減してくれるダイヤモンドドビーデラックスの履き心地は、水着の進化を実感できる快適さである。(カラーは7色)

ビーチファッションの方向性はクイックシルバーが指し示した


 サーフィンというカルチャーが世界的に広まったのは、60年代のハリウッドで撮られた楽園ハワイのイメージが大きく影響している。世界各地の海岸線に登場したサーファーたちはやがて独特のスタイルを構築していった。ハワイやカリフォルニア、そしてオーストラリアはその情報発信の中心となり、サーフィン先進地域としていまもその地位は不動のものがあるが、60年代~70年代の文化的価値観であったカウンターカルチャーの香りは、当初から人々の興味を大きく引き寄せる魅力があった。クイックシルバーがオーストラリアから登場したとき、サーフィンという海のカルチャーとアパレルという陸のカルチャーを融合させたスタイルが、若者たちを夢中にさせた。特に機能性の高いショーツなどの製品に斬新なアートワークがデザインされたスタイルは、競技以外のシーンでは野暮ったさがどうしても目立った他のスポーツウエアとは一線を画す存在だった。ある意味、その後のスポーツウエア・デザインの方向性に影響を与えたともいえるだろう。考えてみれば“アートとテクノロジーの融合”は、21世紀の価値観である。早い時期から環境意識の高いサーファーたちが活動を続けてきたことも含めて、クイックシルバーというブランドのフィロソフィーは未来を見越したカウンターカルチャーの正道だったといえるだろう。

1969年に作られた同社の最初のボードショーツは、スクエアレッグカットという細いウエストバンドで、マジックテープRのフロント部にスナップボタンがひとつ付いたデザインだった。シンプルな無地のカラーコットン・トランクス風だが、競泳パンツ姿のビーチボーイにはないスタイルの主張と魅力があった。70年代の半ばになると、着心地の良さと動きを妨げないデザインであるスクエアレッグやスキャロップレッグ、アーチレッグといったシルエットが登場。素材開発なども積極的に行われた。80年代はクイックシルバーというブランドが世界に広まった時代。飽くなき技術革新へのスタンスと、時代の流れを先取りするアートワークを見事に融合させている。90年代以降はサーフルックアパレルの流行の波に踊らされることなく着実な歩みを続け、21世紀に入っても創業当初からのチャレンジャーなスタイルは、硬直した時代の価値観に向けて発信され続けている。高機能とアートワークの融合はこのブランドの魂であり続けている。

ハワイの伝説的サーファーであるエディ・アイカウを記念したコンテスト「クイックシルバー・イン・メモリー・オブ・エディ・アイカウ」は、80年代以降のサーフィン大会のあり方を決定付けた同社主催の記念すべきサーフィンイベントであった。

現代とは異なり、織りネームになっているブランド創業当初のロゴマーク。黒い背景に白鳥をかたどったスワンロゴは現在、大変なコレクターズアイテムとして高値で取引されている。

クイックシルバーはサーフだけではなく早くからスケートやスノーの横乗り系スポーツへの参入を果たしていた。そんなブランドの方向性を象徴するようなデザインのロゴマークは’70年代初期に登場した。クイックシルバーの永久的なシンボルともいえる山と波がデザインされたこのマークに、多くの若者たちが憧れを抱いたのである。このボードショーツは70年代の製品。QUIKSILVERの文字がプリントされたオリジナル生地が使われている。

オールドスクールの魅力


いわゆる伝統的なスタイルを指す「オールドスクール」は、時代の先端を行く「ニュースクール」との対比で使われる言葉だが、サーフィンの世界ではボード・デザインや競技の際のトリックなどでも、この言葉が使われる。過去のデザインやスタイルに新しさを見出すのはサーフィンの世界だけではなく、ファッションや音楽の世界では当たり前のこと。それをいかにカッコよく、そして上手く流行に乗せるのかがブランドの力量なのである。それはさておき、クイックシルバーの昔のボードショーツは、オールドスクールの魅力が満ち溢れている。スタイルやデザインの提案と同時に、サーフィンカルチャーのこれからを考えるヒントになりそうだ。

カラフルなファブリックデザイン。70年代のビーチでどれほど主張したのか想像に難くない。

サイドに柄パターンの生地をアレンジした斬新なデザイン。ボードショーツ黎明期の傑作である。

クイックシルバー創業当初のモデルのスナップボタン。よく見ると何の刻印もない。これは創業当初、生産数が少なかったため、なのだそうだ。

ほぼ同じ時代だが、少し年代が新しくなるとスナップボタンにもきちんとクイックシルバーのロゴマークが刻印されたものが使用されている。


創業者であるアラン・グリーン、そしてジョン・ロー。

1969年に創業されたクイックシルバー社。若者が立ち上げたブランドであることを象徴するような写真。

進化を続けるクイックシルバーのボードショーツ。ダイヤモンドドビーデラックスを使用し、摩擦を軽減した生地の速乾性と、サラサラとした快適感は画期的。

街履きもできる新しいスタイルの
水陸両用モデル


HA HA HEY AMPHIBIAN 21水陸両用モデル。前のポケットやベルトホルダーが付き、ジオシンメトリックなプリントがクールさを演出。

世界のトップサーファーをサポートするために考え抜かれたディテールを凝縮したサーフモデル

CYPHER REYNOLDS REVOLT 21ディーン・レイノルズのシグネチャーモデル。新しいプリント技法によりデニムのような風合いの変化を楽しめる。


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』2012年5月2日号


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過去の記事のバックナンバー
#21〜#30まで

●#30 照明器具の存在感を愛でたいならば「アングルポイズ」を選ぶべき

●#29 70年代以降のビーチカルチャーをリードした「クイックシルバー」

●#28 世界の誰もが認めるピアノの最高峰「スタインウェイ」

●#27 スタンダードなデザインながら当時のディテールと現代のトレンドを持つ「ファイブブラザー」

●#26 足首を保護する斬新なデザインで歴史に残る傑作シューズとなった「コンバース」のキャンバス オールスター

●#25 イタリア家具の歴史を変えた 「アルフレックス」

●#24 最高級英国綿製品の文化は 「ジョン スメドレー」の歴史

●#23 「オールデン」が生み出した、美しく艶やかな名靴たち

●#22 250年を過ぎた今でも進化し続けるビール「ギネス」

●#21 圧倒的なクリエイティビティで憧れのスタイルを表現し続けている「トイズマッコイ」

#11〜#20まで

●#20 最も理想的なハイキング・ブーツと評され一躍注目を集めた名品「ダナー・ブーツ」

●#19 戦後の日本で「天童木工」が生み出した、美しく洗練された名作椅子

●#18 筆記具の世界的な名門ブランド「カランダッシュ」

●#17 アメカジ不朽の定番ウェア「チャンピオン」

●#16 “鉄馬”と呼ばれたバイク、ハーレーダビッドソン

●#15 ビクトリノックスが生み出した世界一コンパクトな道具箱

●#14 世界最高品質と評されるワークブーツ「ウェスコ」

●#13 歴史的な衣料品としての道を歩み始めたアロハシャツ

●#12 都会的で洗練された味覚のバーボンウィスキーI.W.ハーパー

●#11 ボルサリーノは単なる帽子ブランドではなく、イタリアの文化と認識せよ。

#0〜#10まで

● #10 オーディオのダイナミズムと洗練された次世代のデザインを融合させたオーラデザイン

●#9 サングラスの歴史そのものと言える稀有なブランド「レイバン」

●#8 世界最高の双眼鏡、スワロフスキー・オプティック

●#7 ギブソンのギターが“伝説”と称される、書ききれないほどの理由について

●#6 60年以上経ったいまでも、人々はなぜイームズ・チェアに美しさを感じるのか

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●#4 米海軍の艦船内で使う実用的な椅子として開発された「エメコNAVY 1006」

●#3 チマヨベストの源流はオルテガ。ここからすべてが始まった。

●#2 100年を超えて途切れ目もなく続いてきたフィルソンの森の仕事着と男たち。

●#1 シューズボックスから始まる一日。名品POSTMANのスタイリングに迫る。

●#0 Re:STYLING MONO始動!


土居輝彦(teruhiko doi)
  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。