2023年に公開された『ゴジラ-1.0』は、日本国内でのヒットにとどまらず、北米でも大きな成功を収め、第96回アカデミー賞ではアジア映画として初めて視覚効果賞を受賞するという快挙を成し遂げた。
そして現在、その続編となる『ゴジラ-0.0』公開に向けた準備が進められている。
『ゴジラ-1.0』はなぜ世界に届いたのか。そこで得られた経験は、直接的な続編となる『-0.0』にどのように生かされているのか。
そして、日本で作られるゴジラ映画は、これから世界の映画市場にどんな可能性を切り拓いていくのか。
『ゴジラ-1.0』から『ゴジラ-0.0』まで、作品をプロデューサーとして支えてきた岸田氏に、その舞台裏と現在の思いを聞いた。
取材・文 タカハシヒョウリ
『ゴジラ-0.0』撮影の舞台裏を捉えたメイキング映像

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『シン・ゴジラ』とは真逆のアプローチを
――『ゴジラ-1.0』は、従来のゴジラファンだけでなく、これまでゴジラ映画にあまり馴染みのなかった人たちにも広く届いた作品だったと思います。企画段階から、そうした層へのアプローチは意識されていたのでしょうか。
正直に言うと、最初からそこを明確に狙っていたわけではありません。
ただ、ゴジラ映画というのは、どうしても直前に公開された作品の影響を受けるものだと思うんです。
僕たちの前にあったのは、『シン・ゴジラ』でした。
『シン・ゴジラ』は、ゴジラが出現した際に社会がどう動くのかを描くリアルシミュレーション的な群像劇で、本当に素晴らしい作品でした。
だからこそ、僕たちが同じことをやっても絶対に太刀打ちできない。そこで、「真逆をやろう」という思いがありました。
群像劇ではなく、一人の主人公の視点を最後まで貫く。「国家対ゴジラ」ではなく、「民間対ゴジラ」という構図にする。
そして、ある種の政治劇みたいなところから、思い切って人間ドラマへ振り切る。そうやって、いろいろな部分で「逆」を突き詰めていったんです。
結果として、ゴジラ映画としての王道でありながら、それまでとは違う新しいエンターテインメントとして受け取っていただけた。
もちろん従来のゴジラファンにも楽しんでいただける作品でありながら、今回初めてゴジラを見る人にとっても入り込みやすい映画になったのではないかと思います。

『ゴジラ・ザ・ライド』で得た「近さ」と「怖さ」
――山崎監督が手がけた西武園ゆうえんちの「ゴジラ・ザ・ライド」は、ゴジラの巨大さや恐ろしさをダイレクトに体感できるコンテンツでした。個人的に、近年のゴジラ関連の中でも特に「ゴジラを知らない層」への突破力を持ったコンテンツだと思っています。「ライド」から『ゴジラ-1.0』へのフィードバックはありましたか。
これは、間違いなくあります。
『ゴジラ-1.0』は、従来の着ぐるみで作るゴジラ映画ではなく、山崎貴監督がVFXでゴジラ映画を作るという企画コンセプトから始まっています。
企画が立ち上がって、「どういうゴジラを作るべきなのか」ということを考えていたときに、コロナ禍が始まったんです。
その時期、劇場からお客さんが遠のいていった。
もちろん映画館に人を戻すためにはいろいろな要素がありますが、僕たちのチームとしては「映画館に人を戻すような作品を作りたい」ということを、ある種の志として持っていました。
そこで、VFXだからこそできる、近くて、怖くて、体感できるゴジラ映画を作ろうと考えたんです。
VFXならゴジラをより近くに置ける。足元まで描ける。ゴジラが存在する世界の中に自分たちが放り込まれるような体験を作れる。
そうやって僕たちが考える「最高にカッコよくて、王道のゴジラ」を追求していく中で、「ゴジラ・ザ・ライド」は大きな経験になりましたし、その究極形の一つにもなりました。
「ゴジラ・ザ・ライド」のVFXも白組が担当していますから、そこでアクションの近さや、エフェクト、ゴジラの見せ方などについて経験を積むことができた。そのノウハウは確実に『ゴジラ-1.0』につながっています。

「日本を突き詰めた」から、世界で新しく見えた
――『ゴジラ-1.0』は国内だけでなく海外、特に北米で大きな成功を収めました。これほどの海外での成功は予測していましたか?
これは、本当に全く狙っていませんでした。
もちろん、北米では初めてグループ会社が自社配給を担うなど、会社として海外市場に挑戦していこうという思いはありました。
ただ、作品そのものを制作している段階では、そこまで考えていなかったんです。
むしろ、どちらかというとゴジラ70周年のタイミングで、「これぞ日本映画だ、日本のゴジラだ」と言えるものを作ろうと思っていました。
だから、とにかくドメスティックなものを突き詰めた。日本のゴジラのスタイルで、舞台も日本。しかも戦後すぐという、より日本的な時代設定です。
戦争が終わったと思ったところにゴジラが現れ、何もかもを失った人々が、そこからどう立ち向かっていくのか。
作っているときは、ものすごく日本的な作品だと思っていました。だから、それが世界で受け入れられるとは、正直あまり思っていなかった。
でも、後から考えると、そこが良かったんだと思います。
僕たちがハリウッド映画を目指して作ったとしても、ハリウッドで作られている映画と横並びになるだけです。
そうではなく、「日本でしか作れない作品」を突き詰めていく。そこで突出したものを作れば、海外から見たときに異彩を放つ。
『ゴジラ-1.0』の興行を通して、それを強く感じました。日本を突き詰めたものが、逆に世界から見ると新しく見えるんです。
それに加えて、敷島浩一(演:神木隆之介)が帰還兵としてPTSDを抱えている。帰還兵としての苦悩が戦争が身近にある現代のアメリカ社会でも共感を呼んだことも、要因の一つだったと思います。
――海外展開について、特別にトライした施策などはあったのでしょうか?
北米では、英語字幕版だけを上映しました。英語吹き替えを作らなかったんです。
これは、コロナ禍に日本のアニメーション作品を英語字幕で見る人がかなり増えていた、というのが大きいんです。
「日本の声優の音声をそのままで見るのがクールだ」という下地が、世界中にどんどんできていたんです。
東宝グループにはTOHOグローバルという会社があって、そこからも「英語吹替版は作らないほうがいい」というアドバイスをもらいました。
山崎監督は最初すごく驚いていて、「吹き替えを作ってほしい」とも言っていました。でも、「いや、作りません」と(笑)。
結果的には、英語字幕で見てもらったことで作品のクオリティがより伝わったのではないかと思います。
――海外での反響が大きいと実感したのは、どのタイミングでしたか?
予兆はありました。2023年7月に、東宝公式のYouTubeで予告映像を解禁したときです。
もちろん北米向けの展開も考えて、英語版の予告も作っていたんですが、その予告の回り方が異常だったんです。
「なんでこんなに回ってるんだろう?」と思っていたら、その後に公開された本予告もものすごく回った。
そこから9月、10月、11月と、どんどん空気が変わっていったんです。
「これ、もしかしたらいけるかもしれないぞ」と。そこで、「ちょっとチャレンジしてみるか」というムードが生まれていきました。
日本映画がどこまでいけるのか、見てみよう、と。
山崎監督はハリウッド作品にも強い影響を受けてきた方なので、そういう意味でも「これはいけるかもしれない」と感じる部分はありました。
実際、海外キャンペーンに一緒に行ったことで、現地のファンの熱量を直接感じることができました。
ゴジラのフィギュアを持って移動している人がいたり、「『ゴジラ-1.0』を見た」と声をかけてもらったり。
ゴジラというキャラクターそのものが、作品を引っ張っていってくれている。その熱量がどんどん広がっていくのを、肌で感じていきました。
――山崎監督は、作品のプロモーションにも非常に積極的で、SNSなどでファンとの距離感が近いのにも驚きました。
もともと、そういう方なんです。
映画監督は皆さん、見てくれる人に対するリスペクトや感謝を持っていると思いますが、山崎監督は特に強いと思います。
映画館に来てくれる人たちが日本の映画興行を支えている。その人たちに届けるんだ、という意識が強い。
監督はよく、「賞を目指して映画を作ってはいけない」と言っています。
映画は、見てくれる人たちに向けて作らなければいけない。
『ゴジラ-1.0』は、ゴジラ70周年記念作品でもありました。
これまで70年間ゴジラを愛してくれた人たち。そして、この作品を入口に初めてゴジラを見てくれる人たち。
その両方と一緒に映画を盛り上げていきたいという思いが、監督にはありました。
だから、こちらから「こういうことをやってください」と、とんでもないお願いを投げても、「いいよ、行くよ」と(笑)。
本当にフランクに動いてくれるし、監督自身も楽しんでいる。
みんなでコミュニケーションを取りながら、一緒に作品を盛り上げていくという姿勢がありました。

「誰も考えていなかった」アカデミー賞
――そして、第96回アカデミー賞での視覚効果賞受賞という快挙ですが、こちらの経緯もお聞かせください。
これは本当に、誰も考えていませんでした。候補に残っているという連絡を受けてからも、受賞するなんて思ってもみませんでした。
VFXの世界ではILMがずっとトップを走っていて、いわばハリウッドの聖域のようなカテゴリーです。
だから、最初に「候補に残っています」という知らせが来たときも、「何を言っているんだ」という感じでした(笑)。
そこで初めて、ルールブックを開きました。「アカデミー賞に行くなら、こういうフェーズを経なければいけません」ということが決まっているんです。いつまでに動画資料を用意して、もし候補の10本に残ったらロサンゼルスに行ってプレゼンをする。
しかも、最終的にプレゼンをするのはプロデューサーではなく、実際にVFXを担当したアーティストたちでないといけない。
年末年始も休み返上で、「何を話せばいいんだ」「何が刺さるんだ」と、みんなで考えながら資料を作りました。
英語でプレゼンしなければいけないので、英文も作ってもらって。何もかもが手探りで、青春感がありましたね(笑)。
――そのプレゼンで、最も強くアピールしたポイントは何だったのでしょうか。
当時、『ゴジラ-1.0』のVFXを担当していたスタッフは35人でした。
一方、ハリウッドでは1000人規模のスタッフが関わる作品もあります。
では、なぜ僕たちは35人で作れたのか。そこを考えていくと、ハリウッドのVFX制作が極めてパイプライン化されていることが見えてきました。
一つのシーンでも、エフェクトを担当する人、コンポジットを担当する人など、非常に細かく分業されているんです。
もちろん、それはものすごく合理的なシステムですが、僕たちは全く違いました。
白組は、シーンごとに担当するアーティストが責任を持つという、ジェネラリスト的なシステムなんです。
もちろん怪獣のアニメーションなど専門的な作業は別の担当がいますが、基本的には一人のアーティストが一つのシーンに対して幅広く関わる。
さらにハリウッドの場合、アーティストと監督の間に複数のチェックや管理の段階がありますが、調布の白組スタジオではアーティストと監督が同じフロアにいて、パッと後ろを向けば、近くに仲間がいたり、すぐに監督に質問や確認ができるんです。
「ちょっと見てください」「ここ、こう直して」
それで、数分後にはまた作業に戻れる。だから、トライアンドエラーの回数が圧倒的に多くなる。
この距離感がものすごく大きかったんです。
そもそもVFXアーティストを志した人たちは、最初はみんなジェネラリストだったはずです。
自分で作品を作っていたときは、エフェクトもやる、コンポジットもやる、アニメーションもやる、一人で全部やっていた。
それがプロになっていくと、細分化されて、一つのことだけを担当するようになる。
でも僕たちは、その作り方をそのまま続けている。その「ものづくりの原点」のような部分をアピールしました。
ーー今のお話には、漫画やリミテッドアニメーションなどに通じる、日本ならではのスタイルが垣間見えますね。
そうですね。ただ、僕たちは「人数が少ないからすごい」とだけアピールしたわけではありません。
「35人でも作れる」という話だけではなく、「こういうチームだから、この映画を作れた」ということをプレゼンしたんです。
一人ひとりのアーティストが、自分の担当するシーンに責任を持って、みんなが同じ目標に向かっている。
しかも上下関係もほとんどない。「こうしたほうがいいんじゃないか」という意見を、誰でも言える。
「こうやればどうだ」と手を挙げたら、「いいじゃん!じゃあやってみろよ」と任せてもらえる。
白組では、こういうスタイルを「自律性」と呼んで、とても大事にしています。
それに、このチームは本当に楽しそうなんです。
移動中もずっとVFXの話をしている。本当に部活みたいですよ(笑)。
ものすごい技術力を持った人たちが集まって、手作業、手作りのような感覚で映画を作っている。
その環境そのものが、『ゴジラ-1.0』のVFXを支えたんだと思いますし、そういう日本的なクラフトマンシップみたいなものが評価していただけたのかなと思っています。
ーーアカデミー賞に向けての活動は、『-1.0』の可能性をあらためて見つめ直すきっかけにもなったのではないでしょうか?
なりましたね。
選考の過程で、現地で上映会を開いて、監督やVFXスタッフがプレゼンして、観客から質問を受ける。
そうしたコミュニケーションを、何度も何度も重ねていくうちに、「あ、ここにみんなが驚くんだ」と分かる。
「じゃあ次はここをもう少し話そう」と、プレゼン自体もブラッシュアップされていく。
その経験は、僕たち自身が、自分たちの個性を見つめ直す機会にもなりました。
同時に、「日本映画が世界の市場でどう戦っていくか」という可能性も感じました。
日本映画が、北米の興行の中で普通に見てもらえる。日本映画が、北米で上映される作品のメインラインナップの一つになる。
その環境を、『ゴジラ-1.0』をきっかけに切り拓けないだろうか。
大げさな話かもしれませんが、そんなことも考えるようになりました。
後に続く日本映画がたくさんある。その市場を切り拓くきっかけを、『ゴジラ-1.0』が作れたらいい。
そういう思いは強くなっていきましたね。
『ゴジラ-0.0』は、『-1.0』完成試写から始まった

――では、いよいよ続編となる『ゴジラ-0.0』のお話をお聞きしたいのですが、『ゴジラ-0.0』の企画は、いつ頃から動き始めたのでしょうか。
実は、『ゴジラ-1.0』を作っているときは、続編があるなんて考えてもいませんでした。
続編の企画が始まったのは、2023年5月末頃の『ゴジラ-1.0』の完成初号試写でした。
社内の限られた人たちに向けて、初めての試写会が催されたのですが、そのときの反応がすごく良かった。
「この後、この世界はどうなっていくんですか」「続きが見たい」
そういう声が非常に多かったんです。
そこで、山崎監督と「これは、やらないとダメだろ」という話になったんです。
そして、完成試写から1ヵ月ほど経った頃、山崎監督から『ゴジラ-0.0』の最初のプロットが届きました。
最初に届いたのは、A4で5枚くらいだったと思います。
もちろん最終的な内容とは違う部分もありますが、大きな骨子はすでに出来上がっていました。
それから、『ゴジラ-1.0』のプロモーションをしている最中も、それこそアカデミー賞のロビー活動をしている最中も、ずっと同時進行で『-0.0』のことを監督と話し合っていましたね。
ーー主要キャストの続投が発表され、正統派の続編として期待が高まりますね。
『-1.0』では、敷島という一人の主人公の視点からドラマを描き切りました。その続編を作っていく中で、やはりあのキャラクターたちがどう生きてきたか、どう生きていくのかを描きたかったので、キャストの皆さんに続投をお願いしました。ちなみに、続編のオファーをしたときに一番返答が早かったのは田中美央さん(堀田艦長役)でした。5分以内に返答が来たと思います(笑)。今回、新たに出演していただくキャストに関して言うと、物語の中で重要なキャラクターを田中泯さんに演じていただきます。山崎監督の作品には何度も出演なさっていますし、このキャラクターを演じられるのは田中さんしかいないんじゃないかと思います。



日本映画として、世界のメインラインナップへ
ーー『ゴジラ-0.0』では、前作以上に世界への展開も意識しているように感じます。
そうですね。もちろん、一番大切にしたいのは日本のゴジラファンです。これは間違いありません。
そのうえで、「日本で作ったゴジラ映画がどこまで行けるのか」を試してみたい。
日本映画ではなかなかできなかったこと、『-0.0』だからこそできることに挑戦していきたいと思っています。
たとえば、ラスベガスで開催された「CinemaCon 2026」でティザーを初公開しました。
CinemaConは、アメリカの興行主たちが集まり、各スタジオがその年のメインラインナップをプレゼンする場所です。
そこで、日本映画として初めて、作品単体でプレゼンテーションする機会を得ました。
「今年のハリウッドのラインナップの大きな目玉の一つにゴジラがある」
そう打ち出せる場所に、『ゴジラ-0.0』が立てた。これは『ゴジラ-1.0』があったからこそできたことだと思います。
そして、光栄なことに歴史ある「ニューヨーク映画祭」でワールドプレミアを行うことも決まりました。
これも、『ゴジラ-1.0』の続編として注目してもらえたからこそ、生まれた機会だと思っています。
日本映画初の「Filmed for IMAX」
ーー日本映画としては初の「Filmed for IMAX」認定作品となりますが、こちらはどのような取り組みでしょうか?
IMAX社が認定しているカメラを使用し、最高のIMAX体験を引き出すためにプリプロダクションの段階からIMAX社の方々と協議を重ねています。
『-1.0』では、日本に存在するすべてのラージフォーマットを網羅したので、次はまだ日本では作られていない「Filmed for IMAX」に挑戦しようと。一番の特徴は、通常のIMAXの「1.90:1」よりも上下に広い「1.43:1」という最大画角に対応していることです。
もちろん、これは簡単なことではありません。
画角が広がれば、その分だけ映像として作り込まなければならない範囲も増える。当然、VFXの作業も大変になります。
現在、音の作業をしているのですが、通常のシネスコの外側まで画が存在するので、そこに映っているもの、飛んでいく破片などにも音を付けなければならない。そういった音のケアも必要です。
ただし、僕たちが大切にしているのは、「マスターはあくまでシネスコである」ということです。
いつものシネスコの中に、すべてを注ぎ込む。そのうえで、IMAXではその世界をさらに拡張するという考え方です。
この認識は、IMAX社側の方針とも一致しています。あくまで「世界の拡張」であって、基本となる映画体験を別のものにするわけではないんです。

映画館で見るべき体感型ゴジラ映画
――内容について具体的にはまだ明かせないと思いますが、観客にどんな体験を届けるような作品を目指していますか。
前作から継続して、「映画館で見るべき、体感型のゴジラ映画」ということは非常に大切にしています。
やっぱりゴジラ映画は映画館で見るものだと思うんです。その体験を、作品の中にしっかり作り込んでいきたい。
そこは全スタッフで意思統一しています。
そして、監督もよく言っていますが、ゴジラ映画は「時代の映し鏡」でもあります。
なぜなのかは分からないのですが、その時代を引き寄せてしまう。ゴジラというキャラクターが持っている力なのかもしれません。
今、制作を進めていて、2026年に公開する意義のある、2026年に公開しなければいけない映画になっていると強く感じています。
この映画が、少しでも何かを変えることができるんじゃないか。そして、日本で作ったゴジラ映画だからこそ、世界に向けて新しい扉を開けることができるんじゃないかと信じています。ぜひ映画館で体感してほしいですね。


ゴジラは「ものすごく寛容なキャラクター」
――最後に、ゴジラというキャラクターそのものについて聞かせてください。なぜこれほど長く世界中の人々に求められ続けているのか、今どのように感じていますか?
ゴジラは70年以上の歴史を持ち、ハリウッド版やアニメーションなども含めると、非常に多くの作品に登場しています。
その中で僕が感じるのは、ゴジラというキャラクターが、ものすごく寛容だということです。
いろんなゴジラがいる。敵になったり、味方になったりする。デザインも変わる。
その時代によってゴジラが背負っているものも違う。
それぞれの時代のクリエイターが、ゴジラに何を背負わせるのか、何を表現するのかを変えてきた。
それなのに、どんな描き方をされても、みんな「ゴジラだ」と思う。
これは、本当にすごいことだと思います。
だからこそ、みんなの中に、それぞれの好きなゴジラが存在して、「自分にとってのベストゴジラ」が生まれる。
それを許容できる懐の広さが、ゴジラというキャラクターにはあるんだと思います。
すべてを背負える。すべてを吸収できる。いろんな形で描ける。
それでも、みんなが「ゴジラだ」と思う。
その寛容さ、懐の広さ、底知れなさが、キャラクターとしての大きな魅力なんじゃないでしょうか。
そして、ものすごくシンプルな話ですが、最初に生み出されたデザインそのものが完璧だったんだと思います。
いわゆる恐竜のような形をしているけど、背びれを見るだけでもゴジラだと分かる。
姿を見れば、世界中の人が「ゴジラだ」と認識できる。それだけ完璧なデザインコンセプトが、初代ゴジラにはあった。
それが70年以上続いている理由の一つだと思います。
ーー『ゴジラ-1.0』、そして今後公開される『ゴジラ-0.0』は、ゴジラ映画にとって新たな突破口になる作品だと思います。この2作品に関わった立場として、ゴジラが今後の日本の映画界、そして世界の映画界の中でどんな存在になっていってほしいか、そういった未来のビジョンはありますか?
ゴジラの長い歴史を考えると、僕自身も、その中のある期間を担当しているだけですから、すごく長い歴史の中で、バトンをつないでいるという感覚があります。
初代から、たくさんのクリエイターがいて、プロデューサーがいて、キャストがいて、スタッフがいて。
それぞれが次の人へバトンを渡してきた。そのバトンが、たまたま今、自分の手元にある。
だから、自分が次に何をするかというのは、今の『ゴジラ-0.0』をどう成功させるか、どう良いものにするかということしか考えていません。
正直、もういっぱいいっぱいです(笑)。
ただ、ゴジラが世界に広がっている今だからこそ、もっとゴジラのルーツを知ってもらいたいというのは思っています。
なぜ日本でゴジラが生まれたのか。日本のゴジラ映画が背負っているものは何なのか。
ゴジラが今この世界に存在していること自体は、もちろん素晴らしいことです。
でも同時に、ゴジラが「生まれてしまった理由」もある。
その本質のようなものまで、世界により広く伝わっていけばいいと思っています。
そのうえで、一人でも多くの人がゴジラというキャラクターの映画を楽しんでくれたら、それが一番嬉しいですね。
ゴジラは、その時代に起きていること、人間が起こしている問題を、ずっと見ている存在なのかもしれません。
『ゴジラ-1.0』から始まった新たな流れが、今『ゴジラ-0.0』へとつながっている。そして、その先にはさらに次の世代がいる。
僕たちが今やるべきなのは、この作品をとにかく良いものにして、次の人へバトンを渡すこと。
その先に、日本で作られたゴジラ映画が、世界の映画市場でさらに大きな扉を開いていく未来があるのかもしれません。



岸田一晃
1991年生まれ。東宝・映画企画部でプロデュースを手掛ける。これまでに、山崎貴監督作品は『アルキメデスの大戦』(2019)、『ゴーストブック おばけずかん』(2022)、『ゴジラ-1.0』などに参加。『ディア・ファミリー』、『君が最後に遺した歌』など作品多数。

取材・文
タカハシヒョウリ
ミュージシャン、作家。ロックバンド「オワリカラ」のVo&Gt、ソロアーティストとしても活動するほか、作詞・作曲、執筆、ラジオパーソナリティなど、ジャンルの境界を越えて活動中。特撮・映画・漫画・ゲームなどエンターテインメント全般への造詣と偏愛の深さから、コラム執筆や楽曲提供、イベントMCなどで様々な作品に携わっている。
X @TakahashiHyouri




















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