Decipher the watch #01

腕は時計を巻きつけておくには最適な場所。すぐに時刻を確認できるし、落としてなくす恐れも少ない。ところが腕時計が一般に広まったのは20世紀に入ってからで、意外や意外、その歴史はまだ浅い。とはいえ指輪サイズの小型時計は15世紀には存在していたから、そのころに腕時計が誕生していても不思議はない。時刻を知るには便利な腕時計をなぜ20世紀まで待たなくてはいけなかったんだろうか。
文/香山知子(WPP)写真/WPPアーカイブ
あらわになった腕を飾るのはきらめき、 輝く腕時計だった。
最初に腕に時計を着けたのは誰だろう。歴史をひも解いてみよう。
16世紀、イギリス国王エリザベス1世の寵愛を受けていたライチェスター卿(1532〜1588)は女王にアームレット(二の腕に着ける腕輪)に取り付けるダイヤをセットした時計を献上した、という。
それから1世紀ほど後、腕時計というとブレイズ・バスカル(1623〜1662)の名前があがる。「人間は考える葦である」という言葉で知られるフランスの哲学者であり、数学者、物理学者、思想家、神学者だ。彼は懐中時計にひもをつけて腕に巻いていたと言われる。
さらに18世紀後半になるとパリやジュネーブの時計師が時計付きの指輪やブレスレットを製作したという記録が残る。ナポレオン1世の末妹、ナポリ王妃カロリーヌ・ミュラは1810年、当時、最高かつ大人気の時計師アブラアン・ルイ・ブレゲにブレスレット・ウオッチを注文し、2年がかりで製作された。今日も保存されるブレゲの台帳がその証拠だ。
また1811年にはナポレオン王妃ジョセフィーヌが義理の妹のバイエルン王国王女アウグステに贈るためにバリの宝飾師マリー エティエンヌ・ニトに腕時計を依頼。1868年にはジュネーブの名門、パテックフィリップが初めて女性用の腕時計を製作し、8年後にハンガリーのコスコヴィッチ伯爵夫人に販売している。

手で携帯できる大きさの時計が誕生したのは1500年前後のフランスやドイツだった。そして急速に小型化が進み、16世紀後半には時計付きの指輪も登場している。しかし当時、正確さはまったくあてにならなかった。とはいえ時計をもつことができるのは富裕な特権階級に限られていたから、精度を気にする人たちではない。むしろ時を刻む道具を身に着けることが自慢だった。ちなみに1日の誤差が数分にまで縮まったのは17世紀後期のこと。1675年にヒゲゼンマイという時計の精度を司る部品が発明されて以降だ。
前述のバスカルは例外だが、腕時計といえば女性と決まっていた。これはドレスに理由がありそうだ。ドレスは17世紀半ばごろから次第に露出度が高まり、あらわになった胸元をネックレスで飾るように、短い袖から出た腕は凝った装飾細工を施した時計付きブレスレットの居場所となった。フランスを中心に金細工や宝飾、エナメルなどの工芸技法も発達した時代だ。ひとつひとつがオーダーメイドで、誰かが同じものを着けていてブライドを傷つけられる心配はなかった。



一方、男性のシャツや上着の袖が短くなることはなく、手首はいつの時代もしっかりと隠されてきた。そう、どれほど素晴らしい時計も誰かの目に留まり、自慢しなくては意味がない。それに時計を見るために袖をめくるのは不様でカッコ悪い。そこで男性たちは思い思いのデザインのゴールドのチェーンをつけた懐中時計をポケットからおもむろに取り出す仕草にダンディズムを見出したのだった。
王侯貴族の女性たちが夢中になった美術工芸品のような腕時計だが、19世紀後半のイギリスやアメリカでは中産階級に向けた量産品へと姿を変えている。

上はイギリスの週刊誌に掲載されたジュエリーの製造・販売会社の広告で、商品カタログも用意されていることから、同じ商品をある程度の数量で製造していたのだろう。
このなかに手持ちの懐中時計をセットし、 腕時計に変えることができるブレスレットがある。またアメリカでも前述のような、さまざまなブレスレットやストラップが考案された。このころイギリスやアメリカでは鉄道が敷設され、タイムテーブルを基準に運行される汽車に乗るには時計は必需品。そこで実用的で、しかも女性らしさを感じさせる腕時計を着けることが女性たちのトレンドとなったのだろう。



































