Decipher the watch #02

腕は時計を巻きつけておくには最適な場所。すぐに時刻を確認できるし、落としてなくす恐れも少ない。ところが腕時計が一般に広まったのは20世紀に入ってからで、意外や意外、その歴史はまだ浅い。とはいえ指輪サイズの小型時計は15世紀には存在していたから、そのころに腕時計が誕生していても不思議はない。時刻を知るには便利な腕時計をなぜ20世紀まで待たなくてはいけなかったんだろうか。
文/香山知子(WPP)写真/WPPアーカイブ
戦争が男たちを変えた。そして戦場が腕時計を強くした。
前編で述べたように、10世紀が幕を閉じようとする頃まで腕時計は女性の腕を飾るものだった。
では17世紀に腕に時計を巻いていたというプレイズ・ バスカルはなぜ? ちょっと想像してみよう。17歳で歯車式計算機 “パスカリーヌ” を考案するなど、数学や物理に長けた天才だ。また亡くなる直前には世界初の公共交通機関となった乗り合い馬車をパリで創業し、貴族のものだった馬車を庶民の足にするきっかけを作った実業家でもあった。おそらく虚栄を嫌った彼の実利主義が腕に時計を巻きつけさせたのではないだろうか。どうやって懐中時計にストラップを付けたかは不明だが、彼にとってそんなことはたやすい作業だったはず。残念ながら、当時の時計は正確さを求められるようなものではなかったが、それでも必要なときに即座に時刻を見るには腕に着けることが手っ取り早い。スタイルよりも、時計を使うことのほうが彼には重要だったのだろう。それに歯車の動きが時を刻む “時計” という機械が大好きだったにちがいない。だからいつも見ていたかった。早熟の天才は時計に関しても早熟で、時代を大きく先取りしていたようだ。
多くの男たちがこのことに気づくのは実に遅かった。きっかけは戦争。1899年に南アフリカで起きた第2次ホーア戦争で、イギリス軍将校が懐中時計をポケットから出すよりも腕に巻いた方が即座に時刻が分かる、という理由から懐中時計をストラップ付きのレザーケースに入れて、手首に巻きつけた。これが軍用腕時計の始まりといわれている。ひとたび腕に時計を着けることの便利さに気づくと、懐中時計を腕時計に変えるための新奇なアイデアが次々と考案された。
ところでポケットから飛び出した時計には問題があった。なにせ戦場で使うのだから日常生活よりは条件が過酷だ。いままでポケットのなかで守られていた時計は、外に出た途端に水や埃にさらされ、ミネラルガラスの風防や陶製の文字盤は衝撃を受けると割れてしまう。そこで時計にメタル製のカバ ―を取り付ける方法が登場。この方法は1880年にスイスの時計メーカー、 ジラール・ペルゴがドイツ海軍将校のために作ったという、懐中時計を改造した腕時計にもみられる。

レザー・ケースもメタルのガードも同時期にドイツやイギリス、アメリカで開発されている。“軍用” というマニッシュなイメージは、昨日まで腕時計は女々しいと言っていた男性たちの意識を変えるには充分だった。


ところで兵士たちの間で腕時計が本格的に広まったのは第1次世界大戦中(1914〜1918)のこと。騎兵にかわり飛行機や戦車が戦場に登場し、歩兵たちの集団がライフル銃や機関銃で弾幕射撃を行い、それを逃れるために塹壕を掘る、という新しい形態の戦争だった。そしてて集団で攻撃を開始するには共通の時刻が必要で、腕時計は戦場の必需品となったのだった。



こうして戦争中にすっかり腕時計の便利さに慣れてしまった男たちは戦後には腕時計愛用派に転じた。ちょうど20世紀に入り自動車や飛行機が登場し、世の中がスピードとマシンの時代へと急速に移り変わっていたころでもある。もはや、悠長に懐中時計を取り出している時代ではなかった。こうして1930年代はじめにはヨーロッパでもアメリカでも腕時計の製造が懐中時計を上回っている。もちろんこのころには懐中時計の流用ではなく、腕に着けるにふさわしい大きさで、しかも信頼に足る腕時計が開発されていた。


ところで軍用を前提としない男性用腕時計を早い時期に作ったのがカルテイエだった。創業者から3代目にあたるルイ・カルティエは1904年に飛行家サントス・デュモンのために腕時計を作り、また1917年には第1次世界大戦で登場した戦車から発想したという “タンク” をデザインし、2年後に製品化した。いずれも当時としては珍しい角型で、今日までデザインの基本を変えずに作り続けられている。




































