【腕時計を読む!#21】ロレックス・パネライ 伝説のダイバーズウオッチ 第3回:これなくして作戦は成功しなかった。ムッソリーニ政権が誇ったパネライ製イタリア海軍装備品。

Produced by Editorial Staff of the World Wristwatch Mugazine
Text/Tomoko Kayama
Report/Stephan Ciejka
Thierry Serna
Photographs/Courtesy of Officine Panerai
Courtesy of Antiquorum Auctioneer
Stephan Ciejka
Yoshihisa Kumagai
Yasuji Yushina
Illustration/Mototaro Hasegawa
Special Thanks to Officine Panerai

1992年5月15日発行『世界の腕時計』No.10より転載

1941年のイタリア海軍による海の奇襲攻撃、アレキサンドリア作戦の成功を支えたのは、秘密裡に進められた綿密な作戦と特殊訓練に加えて、その装備の完璧さがあった。

黒のコンビネゾンに身を包んだ特殊工作員たちは海中を進みながら、2つの腕につけた計器を頼りとしていた。それは時計(ダイバーウオッチ)とコンパスだ。機雷を定められた時間内に定められた位置に設置することが、すべてであった。もし万が一、潜水時間が予定外に延びるようなことがあれば、酸素ボンベの酸素が足りなくなる恐れもある。浮上する場合にもその時間を計算しなければならない。また、標的とする船体を目指す手立てがなければ、あらかじめ計算された方向に向かってコンパスを頼りに進まなければならない。いずれもわずかな狂いがあっても作戦の成功に影響する。

このコンパスと腕時計の製造を任されていたのが、パネライ社である。この会社については後に述べることにして、まず、ダイバーウオッチをみてみよう。

パネライのダイバーウオッチの開発のきっかけとなったのは、1915年のイタリア海軍機動対潜水艦部隊(MAS)創設である。この部隊が世界史にその名を残したのは、第1次世界大戦中の1918年に行ったオーストリアでの攻撃作戦であった。オーストリア領の港ポーラに停泊するオーストリア戦艦を沈没させたのだ。この時はまだ、時計は使用されてはいなかったが、パネライのコンパスは使われていた。

第1次世界大戦が終わると、MASは解散するが、その後、1930年にムッソリーニが政権を握ると、再び編成されている。ムッソリーニ政権のプロパガンダも兼ねて、この部隊には多額の軍事費が投入されたという。そして登場したのが、水雷艇(SLC)とパネライのダイバーウオッチだった。1932年頃には正式にダイバーウオッチが供給されるようになっている。MASのなかでもダイバーウオッチが支給されたのは、SLCとコンバット・ダイバーの部隊であった。

パネライのダイバーウオッチは、直径が約5㎝の大型時計だ。蛍光塗料を施したインデックスは大きく見やすい。これは水中での視認性を考慮したのはいうまでもない。1935年に支給されたパネライのダイバーウオッチは、文字盤にラディオミール・パネライとあるが、これは蛍光塗料にラジウムを使用していることを示している。この時計の製造はエジプトへの納入を最後に1956年で中止されるが、修理の際に蛍光塗料をトリチウムに変更した文字盤が交換されるようになった。これは1958年から60年頃になると、ラジウムの人体への危険性が問われるようになり、変更が行われためで、このトリチウムの文字盤にはルミナールと表記されるようになった。

ところで、パネライは時計のムーブメントメーカーではない。そこで時計のムーブメントは他から購入せざるを得ないが、ダイバーウオッチに使われているひとつが、ロレックスだ。時計をみると、ロレックスがパテントをもつオイスターケースのリュウズやムーブメントが使われている。パネライはケースを開発し、そこに信頼性の高いロレックスの15石あるいは17石のムーブメントをいれ、また防水ケースの先駆者である彼らからリュウズなどの供給を受けていた、ということになる。しかし、ロレックスの歴史のなかで部品を供給したのは、唯一、パネライだけであった。

パネライ家はロレックスと非常に親密な関係にあったということが、この真相のようだ。1930年にパネライ家はフィレンツェにロレックスのオフィシャル・ショップを開業した。1930年というから、オイスターが発売されて4年足らずの頃であり、時計メーカーとしてはまだまだ駆け出しであった。そのロレックスの将来性にいちはやく目をつけたパネライは、早速、代理店になったのだ。この関係があったからこそ、パネライはムーブメントを手に入れられたのだろう。

パネライ社に長いエンジニアの話では、ロレックスのムーブメントは250個の限定で納入されたという。従って1932年から1956年にかけて作られたイタリア海軍コンバット・ダイバー用のダイバーウオッチでロレックスが使われたのは最大でも250個ということになる。その他は、アンジェラスのムーブメントが使われている。

現在のダイバーウオッチのように回転ベゼルなどはついていない。しかし、ダイバーウオッチには高精度さと、またその高精度さを保護するための頑強なケースが欠かせない。酸素ボンベの残り時間が正確に把握できなければ、ダイバーの生死に関わる。また、水が侵入し、途中で止まるようなことがあるとしたら、それは問題外だ。ましてや時間が重要な要素である作戦においてはなおのことである。こうしてパネライは1930年には腕時計としては希な、各地の天文台の精度賞を得たロレックスのムーブメントを使い、また独自にレバー圧着式リュウズ・ロックなども開発し、頑強な防水ケースを作り、200m以上の防水性を確保した、当時の最先端ダイバーウォッチを生み出したのだった。

【第4回に続く】

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