【腕時計を読む!#19】ロレックス・パネライ 伝説のダイバーズウオッチ 第1回:イタリア海軍秘密工作員エジプト海底決死作戦 前編

1991年、バリのノミの市に見慣れない時計とともに現われたエジプト人。その男が手にした時計にはラディオミール・パネライと記されていた。ムーブメントはロレックス。エジプトのアレキサンドリアで10数年前に発見されたというその時計は、想像を絶する稀有な運命をたどっていた。製造したパネライ社のエンジニアは時計を見て、思わず絶句した。「まさか――。しかし間違いない」。彼の脳裡1941年12月、アレキサンドリア湾を騒然とさせたイタリア海軍の秘密工作がよぎった。彼が言葉を失ったダイバーズウオッチが明かす秘密とは――。

Produced by Editorial Staff of the World Wristwatch Mugazine
Text/Tomoko Kayama
Report/Stephan Ciejka
Thierry Serna
Photographs/Courtesy of Officine Panerai
Courtesy of Antiquorum Auctioneer
Stephan Ciejka
Yoshihisa Kumagai
Yasuji Yushina
Illustration/Mototaro Hasegawa
Special Thanks to Officine Panerai

1992年5月15日発行『世界の腕時計』No.10より転載

1949年12月15日午前4時10分、エジプト・アレキサンドリア沖。イギリス艦船クイーン・エリザベス号の船内で海軍大将のカニンガムは、不安に胸をしめつけられながら、苦いコーヒーをすすっていた。それは自らが属するイギリス海軍に対する憤りでもあった。1月にはシチリアの運河で航空母艦イタストリアス号がドイツ空軍の爆撃を受け、5月22日には航空母艦フォーミダブル号と装甲艦ウォースパイト号が爆撃されていた。それから3日の後には大西洋で装甲艦フッド号がビスマルクの大砲の標的となり、11月13日には航空母艦アーク・ロワイヤル号が地中海でドイツのUボートの魚雷を受けていた。そして12月に入ってからも、シンガポール沖でブリンス・オブ・ウェールズ号とレピュルス号が日本空軍の爆撃で撃沈するという始末だった。イギリス海軍の威厳など、もはや昔話にすぎない。そしてカニンガム大将の頭のなかでは「爆破」という言葉がぐるぐると回っていた。じわじわと迫り来る自らの運命、他の艦船がたどったと同じ悲惨な運命に対する不安は、屈強な海の男の彼でもさすがに拭いされないでいた。

クイーン・エリザベス号からわずかに離れたところにもう一艘、装甲船ヴァリアント号が停泊していた。この艦上では、不安というより恐怖が全体を包みこみ、混乱を極めていた。それは船体の爆発が、予想ではなく間近な現実として迫っていたためだ。

30分程前、一生懸命にあくびをこらえていた船首側の見張りが、とんでもないものを発見したのだ。一瞬、眠気のために幻を見たのかとも思った。しかし、幻ではない。装甲艦から数十メートル離れたところを、一人の男が船首に向かって泳いでいるではないか。「止まれ!」と叫んだ。異常を聞き付けて飛び出してきた水兵たちのひとりが自動小銃を撃ち、さらに次々と機関銃の音が鳴り響いた。プロジェクターを照らし、警鐘を鳴らし、武装兵士を乗せた巡視艇が海上に出た。そして間もなく、重油にまみれた真っ黒のコンビネゾンを着た2人の男を捕らえたのだった。

ヴァリアント号のモルガン艦長は2人の男を引き上げ、尋問を浴びせた。

「いったい何者だ。どこから来たのか。何のためだ」。

しばらくしてひとりが口を開いた。

「ルイジ・デュラン・デ・ラ・ペンネ海軍中尉だ。他に言うことはない」

もうひとりは言った。

「イタリア海軍のビアンキ潜水兵長。他に言うことはない」

モルガンはこの2人が危険以外の何物でもないことを悟っていた。そしてカニンガム大将をはじめ、アレキサンドリア港に停泊する全船舶に危険を知らせたのだった。2人の捕虜を一旦、地上に連れて行き、再びヴァリアント号に連れ戻した。そして「どこに爆弾をしかけたのか」と執拗に尋ねた。2人は口を割りはしなかった。すでに4時だった。2人を主力砲塔にはさまれた船倉に連れて行った。ここは爆発が起きれば絶対に逃れられないところだ。2人を鎖でつないだ。そして、時折、「爆弾はどこだ」という質問を繰り返した。しばらくするとデュラン・デ・ラ・ペンネがこう言った。

「艦長に話がある」。

【第2回に続く】

関連記事一覧