【腕時計を読む!#17】ベトナム戦争が生んだ混沌の軍用時計

いわゆる軍用時計のコピー。元になっているのはアメリカ軍の時計が多かった。プラスチック製だろうと、メタルの時計ケースであろうと、刻印までそっくりにつくられた。ある一定期間は、これらの時計でも用が足りた。けれど決定的な欠陥は信頼性に欠けていた点だ。信頼できない時計に払う代価は高くつく。命を賭けるのに等しい行為だからだ。

Photo/Kesaharu Imai, WPP Archives 構成/ワールドムック編集部

ジャングル戦が混沌だったのと同様
軍用時計はベトナムで
官製、民生、コピーが入り乱れる。

ベトナム戦争では、アメリカ軍が使う物品に多くのローカルメイドが生まれた。兵士個人が使う装備品はその筆頭である。ジャングルファティーグやパッチといった街角の何でも屋でつくれるものから、時計など工場生産品まで出回るようになっていた。

プラスチック製時計が軍用時計に採用されたことは、一般の時計に対する価値観にさえ影響した。クォーツ化が進む1970年代以降、この動きはさらに加速する。プラスチック製だから安価、安価だから捨てても可といいう誤った図式が生まれる。

時計の現地部隊への送達に関しては、防水、防湿のために第2次大戦時代から行なわれていたやり方がある。まず、湿度を寄せ付けないターポリン紙の袋に入れてから、その包みを軟膏用の紙筒に収めて送り出したのである。その紙筒が「糜爛(びらん)性毒ガスの防御軟膏 M4(ジャングル部隊用)」だったのは、第二次大戦時代からつづく慣習だった。

確かにベトナム戦争から、時計を使い捨てる時代が始まった。だからといって、時計をぞんざいに扱っていいとなったわけではない。とくにジャングルにいる部隊に向けて、時計を送ったり、補給品としての時計ストラップを送り出す時には、とくに防水、防湿には注意を払った。水はもちろんのこと、湿気は時計精度に直接影響するばかりでなく、ストラップがカビたり、品質の劣化や強度不足につながる原因になったからだ。

数が多い時、モノは説得力をもってくる。
だからこそ、本物は何かを知りたい。

ホーチミン市と名前を変えたベトナムのサイゴンに、戦争モノが集まるウォーマーケットがある。地元ではチョー ヤンシンと呼ばれる。市場の外周は、バイクに修理用工具、ネジ、クギ、扇風機やら、耕耘機までの実用マシンの店が取り巻く。一歩、内部に足を踏み入れると、国防色をしたブースが並ぶ。別名ウォーマーケットと呼ばれる、これがゆえんだ。各店には、ミリタリー色した衣類やバッグに装備品が積み上がる。その集積度はみごと。一度、見る価値はある。肝心のミリタリーウオッチは、別格扱い。ガラスケースのなかに整然と並ぶ。時計はやはり貴重品なのだなと、内心納得しかけて腰が抜けた。目に飛び込んできたダイアルに、なんとピアジェと書いてある。あり得ない。奇想天外すぎる。軍用時計に「なんでピアジェなんだよー」。どうせだますなら、最後まできれいにだまされたかった。そんな気分にさえなる。結論、ヤンシン市場は、ミリタリー色したファッションアイテムを売る市場である。ここで本物のミリタリーグッズを探すのは、ほぼ100%無駄骨である。そういう場所じゃないと分かったら、別の楽しみ方が見つかるはずだ。

ベトナムのホーチミン市にあるヤンシン市場。ここはベトナムがアメリカと戦っていた時代から、軍モノの放出品、横流し品、模造品が区別なく並んでいた。アメリカ軍撤退後は、共産党主導の統制経済体制下で、全ミリタリーグッズの販売が禁止されて、すっかり寂れてしまったが、ドイモイ政策の導入後の1980年代以降に息を吹き返す。アメリカ軍のミリタリーウオッチもこの通り。ただし、これらは99%模造品である。

ヤンシン市場
Dan Sinh Market
342 Nguen Cong Tru,
Tru, Nguyen Thai Binh,
Ho Chi Minh
Vietnam

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