【腕時計を読む!#23】ロレックス・パネライ 伝説のダイバーズウオッチ 最終回:ダイナミックな運命をたどったパネライ・ダイバーウオッチ。再び伊海軍史を飾る日が来るか。

Produced by Editorial Staff of the World Wristwatch Mugazine
Text/Tomoko Kayama
Report/Stephan Ciejka
Thierry Serna
Photographs/Courtesy of Officine Panerai
Courtesy of Antiquorum Auctioneer
Stephan Ciejka
Yoshihisa Kumagai
Yasuji Yushina
Illustration/Mototaro Hasegawa
Special Thanks to Officine Panerai

1992年5月15日発行『世界の腕時計』No.10より転載

タイプ86の風防にはサファイアガラスが採用されている。これは厚さ5ミリもあるものでサファイア・インゴットから削り出しされており側面はすべて鏡面ラッピングされている。ケースの構成パーツは上部からベゼル、ベゼルベース、ベゼルスプリングワッシャー、サファイア風防、ケース本体、防水ゴムパッキン、バックからなり、すべてが6本のネジによって一体化されている。耐圧性能はラボテストによると2000mを実現している。ダイアルに使用されているトレーサーは時針および分針にも採用されており、従来のトリチウムパウダー塗布の10倍の明るさを実現して、深海でも容易に認視できるものとなっている。ベルトは特殊ストッパーがついたラバーベルトがねじ込み式ピンによって固定されている。この最新型タイプ86は軍にテストされスペックに合格はしたが、近年の世界情勢の安定や軍事費削減政策を理由に残念ながら正式発注にはいたらず、市販ダイバーウオッチが採用されることに決定した。

ところで昨年、パリのノミの市にひとりのエジプト人が大きな腕時計を持ち込んだ。その男の父親が10数年以上も前に、アレキサンドリアの露店で見つけたものだという。この時計こそ、1941年のアレキサンドリア作戦でコンバットダイバーたちを支えた、パネライのダイバーウオッチであった。彼らは作戦を履行すると、すばやく装備を脱ぎ捨て、民間人となって逃亡した。そのとき、浜辺に捨てられた時計が、パリに現れたのだった。

さて、ここでもう一度、パネライのダイバーウオッチに話を戻そう。まず、ミリタリーウオッチの特徴であるマーキングの変遷を見てみよう。1935年から1943年にかけて、イタリア海軍は王立海軍を意味するMarina Realeと呼ばれ、またムッソリーニ時代の1943年から1945年には、Marina Republicanaと呼ばれたが、ダイバーウオッチに関していえば、何も記されないか、あるいは番号だけが刻印された。戦後、納入が続けられた1950年代後半には海軍はMarine Militareと名称が変更され、時計にはMMと、ダイバーを意味するSMZ、シリアル・ナンバーが記されるようになった。中にはMMだけのものもある。

ケースの形状にも変化がみられる。1930年代のタイプはリュウズがねじ込み式であった。その後、ベルト取り付け用のラグがケースと一体となり、リュウズにはパネライが特許をもつレバーストッパーが採用された。ムーブメントは15石あるいは17石のロレックス、またスモールセコンド・タイプのものはアンジェラスが使われた。次いで、ロレックスのねじ込み式リュウズがつけられたものが登場し、ムーブメントにはロレックスあるいはアンジェラスが採用された。このタイプにはメタルバックとシースルー・バックがある。その後、ムーブメントの小型化に伴い、 ケースが小ぶりになり、メタルバックと軍へのプレゼンテーション用にシースルー・バックのものも作られている。そして、1956年にエジプト海軍に納入された最後のモデルは、ベゼルにドットインデックスが刻まれている。ドットインデックスはパネライ社に残るのはホワイトだが、エジプトに納入されたモデルはゴールドであったという。インデックスはドットのみのものと、60、15、30、45の数字が入ったものの2種類がある。この時計のムーブメントは、8日巻きのアンジェラスだ。後にムーブメントが小型化したために、従来のケースにプラスチックのスペーサーを入れて、ムーブメントを固定する方法が採られたり、あるいはムーブメント設置部分の径を小さくしたものも作られた。

ところでパネライでは1981年になって、 新たにダイバーウオッチの開発に着手している。そして1986年に6個目のブロトタイプ、タイプ86が完成した。チタンケースにサファイアグラス、オートマチック・ムーブメント、回転ベゼル、特許リュウズストッパーを使用した、1800mの防水性能をもつものだった。この時計の特徴のひとつが、トレーサーと呼ばれる、トリチウムを小型チューブに入れた蛍光素子である。そしてわずか1ミリ厚さの文字盤は3重構造になっている。アルミ・ベースの文字盤にトレーサーを置き、そのうえに透明のブレキシガラスを重ねるという方式を採用した。この文字盤の上にサファイアインゴットを削り出した、厚さ5ミリのサファイアグラスを風防として取り付けた。

1956年にエジプトに納入されたモデルの場合、文字盤は2重構造だ。この場合、アルミ・ベースにトリチウムを全面に塗布し、黒の金属盤が上面に重なっている。この黒盤にはインデックスを象った穴が空けられている。 この2枚の間に透明プレキシガラスがはめ込まれ、蛍光塗料はこのブレキシガラスを通して、上面の黒の金属盤のインデックスの穴から見えるという仕組みだ。インデックスだけに蛍光塗料を塗布するよりも、ベースダイアルに全面塗布し、明るさを増し、視認性を高めた。

こうして30年を経て、蛍光塗料の方式は大きく変化した。トレーサーはスイスのMBマイクロテック社が開発した、最新システムだ。 明るさも塗布するよりは10倍は明るい。アメリカ軍でも1989年5月に発効されたミリタリーウオッチに関する最新スペックに基づく時計で、このトレーサーを採用している。しかし、80年代初期にパネライがトレーサーを採用したというのは、注目に値する。

ただし、このタイプ85は実際にはイタリア海軍に採用されるには至らなかった。それは時計そのものの問題でない。国際情勢の安定、 そしてなによりも軍事費の削減という政策の下、新たな時計を採用するよりも、市販の高性能ダイバーウオッチを使用した方が合理的だという結論が出されたためだ。

第2次世界大戦前後のイタリアの先端技術の優秀さを物語るパネライのダイバーウオッチ、これほどダナミックな運命をたどる時計はおそらく今後、出ることはないだろう。

パネライ社内でも幻となっているクロノグラフ。45分積算計およびスモールセコンドつき。インデックスの数字、45分積算計つきムーブメントおよびブッシュボタンの形状から1940年代のものと思われる。ケースはステンレス製となっている。このクロノグラフに関しての資料は一切発見されずサンプルもない。パネライ社内でさえ、誰も知らない謎の時計だ。
この図面は1938年10月30日に書かれたものでレバー式防水機構のダイバーウオッチが開発される前に書かれたプロトタイプのものと思われる。通常の時計を腕時計型防水ケースに入れるという2重構造のものであった。
PSP861の前のモデルで16m深度タイプ。基本的な測圧システムは同様であるが、インデックスはトリチウムコンパウンドが使われている。0ポイント調整は最新型同様で樹脂製外周リングを回転する方式となっている。ベルトは同じくミリタリーベルトに特許のバックル、クリップ付のものを採用している。 製造年は不明だがベルトの編み方から1950年前半のものと思われる。

【了】

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