図像の時代から大地の時代へと移り変わる持続可能な万博建築 建築家 隈研吾氏インタビュー【万博ズームアップ】

今万博で4つのパビリオンの設計を手掛けている、世界的に有名な建築家の隈研吾氏。小山薫堂氏のシグネチャーパビリオン「EARTH MART」を始め、ポルトガルパビリオン、カタールパビリオン、マレーシアパビリオンと、特色の異なる個性豊かなパビリオンを手掛けた。隈研吾氏だからこそ実現できた、持続可能な万博建築について話を聞いた。

写真/熊谷義久 文/モノ・マガジン編集部

「高度成長期の真っ只中、1970年に、とても暑い日に万博会場を訪れ、散々待たされたあとに、僕が見たその建物は、なんだか鉄のお化けのようにうつりました。多くの人がそのように感じたのではないでしょうか。その時に、『もっと優しくて柔らかいモノを作りたい』と思うようになりました」と、1970年の万博を振り返る隈研吾氏。

 今万博で手掛けたパビリオンは、いずれも自然素材をふんだんに取り入れ、皆に優しく親しみやすい建物に仕上がっている。カタールパビリオンのテーマは、「ダウ船」だ。伝統的な帆船と日本の伝統的な指物の技術にインスピレーションを受けたデザインで、資源と貿易の拠点である「海」を表現。マレーシアパビリオンには、印象的な竹のファサードが使われ、「調和の未来を紡ぐ」というテーマを体現している。またポルトガルパビリオンは、歴史的に重要な船をテーマに、来場者が生命を育む資源としての「海」を探求することができるインタラクティブな仕掛けがある。さらに、テーマ事業プロデューサーのひとりである小山薫堂氏が手掛けるシグネチャーパビリオン「EARTH MART」においては、「いのちをつむぐ」をテーマに、日本の伝統的な茅ぶき屋根を再現!

「それぞれに重なり合わないように対話をしながら作りあげました。例えばカタールは、木造船で海を渡って越えてきた歴史があります。そのため、そのルーツを表現すべく船のセールは布にしました。パビリオンの布と布の間のスペースは、ウェイティングスペースになっているので、夏場には休憩することができます」と話す隈研吾氏。

カタールパビリオン カタールのダウ船と呼ばれる伝統的な帆船と日本の伝統的な指物の技術にインスピレーションを受けたデザインが特徴。カタールの沿岸地域の歴史的・現代的な文化に触れることができる。

カタールパビリオンを視察する隈研吾氏。建物は地上2階建てで、本体は木造船をイメージさせる板張り。外側の白い膜材で帆を表現している。周囲の水盤が船を浮かび上がらせるイメージ。ⒸKengo Kuma & Associates

「マレーシアは、伝統的なモノや自然な素材に着目した時、竹を編んだり、繊維にしたり、建築にも竹を使う文化があるということを知りました。そこでパビリオンの素材には、竹を使いました。編んだ竹と建築の間を抜けて屋上まで行くことができます。マレーシアの植栽の力を実感することができるではないでしょうか」とも語る。

マレーシアパビリオン マレーシアの多様な文化遺産を強調し、革新的で包容的かつ持続可能な未来を創造するパビリオン。竹のファサードは、夜になると金色の糸がきらめくような豪華さを映し出し、幻想的な輝きを放つ。

素材をチェックする隈研吾氏。竹を素材に使用し、マレーシアらしさを実感できる。マレーシアの伝統的な織物であるソンケットの「リボン」が絡み合う様を表現している。ⒸKengo Kuma & Associates

「ポルトガルは、“海洋文化” の歴史を象徴する国といえます。そこで、大海原の船をイメージしたパビリオンを設計しました。このパビリオンを通して、ポルトガルの自然を感じてほしいです」と語る隈研吾氏。

ポルトガルパビリオン「海洋:青の対話」をテーマにしたパビリオン。ポルトガルと日本を繋いだ海を通じて、環境と共生する未来を考える。風と光に反応し、やわらかく自然を映す建築が、希望に満ちたユートピアへの旅へと誘う。ⒸKengo Kuma & Associates

企画の段階から、実際に船で使われるローブや網などを素材に取り入れた。リサイクルという観点からも、環境負荷を考慮した新たな取り組みだ。ⒸRimond

「さらに、『EARTH MART』の茅葺屋根も、固有の文化に注目したパビリオンです。転用可能な素材を使う『循環型建築』で、茅を屋根に使うことで、堅牢性に優れるのはもちろんリサイクルも可能です。アイヌの住居であるチセのディテールにも通じています。こうした建築技術こそを、後世に伝えたいと思っています」とも語る。

EARTH MART 茅ぶき屋根が連なる里山の集落をイメージして作られたパビリオン。「食を通じて、いのちを考える」をテーマに、パビリオン内では様々な食の課題と向き合い、食の進化を共有し、「新しい食べ方」を考えることができる。食と命の循環から着想を得た、転用可能な素材を使う「循環型建築」だ。ⒸKengo Kuma & Associates
幾つも連なる屋根は、日本の農家などに見られる茅ぶき屋根。その金属板または木質板の下地に茅束を取り付ける仕組みだ。事前にモックアップも製作。
なんと鋼材に、日本の伝統的な茅ぶき屋根を載せる前例のない建物だ。
茅葺き屋根はもっとも原始的な屋根と言われている。隈研吾氏自ら屋根に登り、茅ぶきの仕上がりを確かめる。

職人が丁寧に茅束を屋根に取り付けていく様子。茅ぶき屋根は、今では貴重な技術である。

 こうした暮らしは、かつて里山にあった営みの循環の象徴だ。今後は、その国固有の物質そのものが大切になるのではないか、と隈研吾氏は話す。それは、大地そのものに愛情が注がれている証でもある。

「今建築は、図像の時代から、その根底に広がる “大地の時代” へと移り変わっていると思います。時代の大きな変化を通して、大地からの贈り物に人は生かされ、その大地との繋がりを感じることの大切さを伝えていきたいと思っています」と語る。自然と調和した美しい建築を眺め、扉をくぐるとそこには、実際に暮らす人々の営みが息づき、まだ見ぬ世界が待ち構えている。建築鑑賞を楽しみながら、発見の旅に出かけてほしい。

建築家 隈研吾氏
1954年生まれ。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授、日本芸術院会員。50を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。

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