
世界的にウイスキーブームと言われ始めたのが2010年くらいでした。それから約15年の間に、ジャパニーズウイスキーは世界的な評価が上がり、オークションでは高額で取引されたことが話題となりました。
今回はこのウイスキーブームの行方と、ジャパニーズウイスキーの将来について考えてみました。
■4回目のウイスキーブームはどうなる?
世界市場において、ウイスキーブームと呼ばれるタイミングは歴史上3回あり、現在は4回目のブームといわれています。
1回目は、1823年前後。英国の法改正によってウイスキーの密造時代は終わり英国政府公認蒸溜所が誕生しました。政府公認第1号のザ・グレンリベット蒸溜所をはじめ、ザ・マッカラン、カーデュなど多くの蒸溜所が誕生しました。
2回目は、1870年代から1890年代。1860年に英国でブレンデッドウイスキーが合法化されたことによって色々なブレンデッドウイスキーが誕生して人気が高まった時代です。ジョニーウォーカー、バランタイン、シーバスリーガルといった現在まで人気の高いブランドが登場したのもこの時期です。
3回目は、2度の世界大戦後に世界的な経済成長を遂げた1960年代から1970年代、そして現在4回目のブームは2010年位から始まったといわれています。
現在のウイスキーブームの特徴は、世界中に広がっていることです。
今までは、世界五大ウイスキー産地と呼ばれる、スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本が中心でしたが、今回のブームによってウイスキー市場は世界中に広がりました。ヨーロッパ各地、アジアやオセアニアなど世界中でウイスキー造りが始まり、クラフト蒸溜所と呼ばれる蒸溜所が一気に増えました。インドや中国などの新興市場でウイスキーの消費が増加したことも大きく影響していると考えられます。

そんなウイスキーブームが、最近では落ち着き始めています。
世界の中心であるスコッチウイスキーでは、2024年の輸出額が約1兆円/約1.4億本で、前年比3.7%減少となりました。日本のウイスキー輸出額は、2011年/19億8400万円から増え続け、2022年には過去最大の560億5000万円へと急拡大しましたが、2023年、2024年は減少しています。
世界中に増え続けてきた蒸溜所は、製造休止や破産してしまった所も出てきています。世界的にもウイスキーブームのピークは過ぎたという見解が広がっています。
■ジャパニーズウイスキーブームはどうなる?
今回のブームで世界中にウイスキー蒸溜所が増え、日本でも蒸溜所が120ヵ所以上に増えました。2000年頃には本格的にウイスキーを造っていた蒸溜所は数カ所だったことを考えると、驚くべき数です。
海外からの注目も高まったこともあり、供給が需要に追いつかなかったためにジャパニーズウイスキーの価格は高騰していきました。オークション市場はもちろん、メーカーや正規代理店から発売される商品の価格も、どんどん高くなりました。
まさにジャパニーズウイスキーブームといえる状況になりました。
例えば、ジャパニーズウイスキーの中で人気が高い「山崎12年」の場合、メーカー希望小売価格が750ml 10,000円だった所、2024年4月に一気に15,000円に値上げされました。市場では品薄の影響もあり、かなりの高値で取引されているとはいえ、同等のシングルモルトと見比べてみてもかなりの高価格です。(シングルモルトスコッチ「グレンフィディック12年」の希望小売価格は5,930円)他にも、日本のクラフト蒸溜所のウイスキーがかなりの高値で発売されていることも多く見られます。※全て税別

ウイスキーに限らず、ブームが起きると供給元が一気に増え、ブームが落ち着くと商品が余り供給元は減っていきます。ウイスキーでいうと、ブームになると蒸溜所の数が増え、ブームが落ち着くと蒸溜所が休業や閉鎖、買収されるという事が繰り返されてきました。
世界的なウイスキーブームが落ち着いてきたと見られている昨今、日本でもブームが落ち着きこれまで同様な状況になる事は容易に想像ができます。それを想定して今後のジャパニーズウイスキーについて考えることが大切な時期になってきたと感じています。
そこで、この後はジャパニーズウイスキーのこれからについて、期待することも含めてお話させていただこうと思います。
■日本のクラフト蒸溜所の特徴
日本で120以上あるウイスキー蒸溜所。その中の多くはクラフト蒸溜所と呼ばれる、小規模な蒸溜所です。
北は北海道から、南は沖縄県まで、日本全国でウイスキーが造られるようになりました。ウイスキー業界の盛り上がりに目をつけた異業種からの参入もありますが、日本酒や焼酎を作った経験を持つ酒造メーカーが関わっている場合が多く見られます。海外でもウイスキー蒸溜所で、別のスピリッツなどを作っていることはありますが、日本の伝統的な酒作りには、日本ならではの高度な技術や経験が多くあります。これが日本のクラフト蒸溜所の特徴です。
それらの経験や技術を背景に、小規模だからこそできる今までにないこだわりを持った造り方にチャレンジしています。海外の伝統的なウイスキー造りを学びながらも、原料、酵母、蒸溜器、水、樽などを工夫し独自のウイスキー造りを模索しています。
また、スコットランドでも最近注目されている「テロワール」=土地の資源を使ったウイスキー造りが日本でも行われています。地元原料を使ったり、日本の主要穀物である「米」を使ったり、日本産木材の樽での熟成などの挑戦も注目を集めています。
例えば、「千代むすび酒造」(鳥取県)では、日本酒作りの経験を生かして日本酒酵母を使ったウイスキーを造っています。
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「SAKURAO DISTILLERY」(広島県)では、広島県産原料のみでジンを作っており、ウイスキーでは原料となる大麦を地元広島県で作ることに挑戦しています。
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さらに、海外でも人気のある日本のアニメ、ゲームとコラボレーションウイスキーを造り、今までウイスキーに興味がなかった人々にアプローチすることで、市場拡大にも力を入れています。

■ジャパニーズウイスキーの課題
「ジャパニーズウイスキー」にとって今後の発展のために解決するべき課題は何でしょうか?
それは「ジャパニーズウイスキーというブランドを確立すること」だと考えます。
その課題を象徴するような問題が起きています。
世界のコンテストで多くの賞を取り、オークションでは1本数千万円の高値が付くなど、ジャパニーズウイスキーのブランドイメージは上がってきました。しかし、偽装表示とも言える事態が起きているのです。日本のウイスキーの一部の製品で、輸入原酒を使用しながら「ジャパニーズウイスキー」と表示しているケースが見つかりました。
日本では「ジャパニーズウイスキー」の表示について定めた法律がないので違法ではありませんが、ジャパニーズウイスキーのイメージや信頼性を下げてしまうような問題です。
この問題を解決するべく、2024年に日本洋酒酒造組合によって「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」(以下、自主基準)が施行されました。
「ジャパニーズウイスキー」というブランドの信頼性を損なわないようにするため、業界団体が動いた結果で、ジャパニーズウイスキーのブランディングに繋がる1歩だと期待されました。しかし罰則がない自主基準であるため、施行前から実効性への疑問の声もありました。
自主基準の施行後、大手メーカーを中心に自主基準に準じている事を明記するメーカーは増えました。自主基準に基づいて表記されている商品に対する安心感は高まったものの、当初の課題であった偽装表示については解決されていない現実があります。

そんな中、2024年7月に新たな動きがありました。日本ウイスキー文化振興協会(代表理事・土屋守氏)が設立され、ジャパニーズウイスキーのレギュレーションについて、自主基準ではなく法令等により定義(法制化)することを目指すと発表しました。
協会の目的として、下記のような内容を発表しています。
・ジャパニーズウイスキーの品質を確保すること(品質確保)
・ジャパニーズウイスキーと他のウイスキーを差別化すること(差別化)
・ジャパニーズウイスキーを正当に提供すること(消費者利益の保護)
・ジャパニーズウイスキーの文化的基盤の確立(文化の確立)
このような動きの影響もあってか、2025年3月には日本洋酒酒造組合が、新たに国産ウイスキー「ジャパニーズウイスキー」の基準に関し、国に法整備を要請すると発表しました。国が保護する地域ブランド「地理的表示(GI)」の対象にして産地を明確にするほか、日本酒などのように製法品質表示基準を制定することを求めました。ジャパニーズウイスキーのロゴマークを制定既に日本では特許庁へ商標登録出願をしており、今後、海外での手続きも進めるとのことです。
このように課題を解決していくことは必ず進化につながります。ジャパニーズウイスキーにおいても、課題に真摯に向き合う姿勢と、継続的な努力こそがブランド力アップにつながっていくことでしょう。
■ジャパニーズウイスキーのこれから
「ジャパニーズウイスキー人気は終わった」という人がいますが、私はこれからこそが勝負だと思っています。
ブームの時期は、その熱気で本質が見えなくなりがちです。ブームによって新たな課題も生まれてきます。ウイスキーブームが落ち着いてくる、これからこそがジャパニーズウイスキーにとって勝負の時だと思います。冷静に状況を見極め、ジャパニーズウイスキーとは何か?を本気で考える時期がやってきています。
今後のジャパニーズウイスキーに期待する『日本の強みは2つある』と私は考えています。
1つ目は、様々な分野の日本人の努力によって確立した『日本(ジャパン)ブランド』です。
日本の文化(お茶、アニメ、ゲームなど)、日本の安全性、自動車産業の技術力などが認められ、今では「日本」自体がブランドになっています。日本で作られるものや日本人が開発するものへの信頼感は非常に高くなっています。これはウイスキーについても良いイメージに繋がっていて、現在のジャパニーズウイスキーブームの要因の1つになっていると思います。
今後は「ジャパニーズ」と名乗ることへの信頼感を裏切らないこと、その期待に応えるウイスキー造りが必要になります。
2つ目は、日本の「伝統的な酒造り」の技術と経験です。
2024年に日本の「伝統的な酒造り」は、ユネスコ無形文化遺産に登録され世界的にその価値が認められました。そして日本酒は今や「Sake」として海外でも広く楽しまれるようになりました。
歴史ある日本の酒造りの技術と経験は、他の国には真似できない財産です。それをウイスキー造りに活かすこと、それこそが日本でしかできないウイスキー造りだと思います。
既に多く蒸溜所で日本ならではのウイスキー造りが行われています。日本の「米」を原料にしたり、日本酒酵母を使ったり、焼酎造りの技術(減圧蒸溜など)を取り入れたり、日本産ミズナラの発酵槽や樽を使ったり、日本の自然環境を生かした熟成をしたり…。
日本のウイスキー業界最大手であるサントリーでも、限定品ではありますが「ライスウイスキー」「櫻樽後熟ブレンドウイスキー」を発売しています。(2021年4月発売のエッセンス・オブ・サントリーウイスキー)
この2つの強みを活かして、日本ならではの特徴を持った「ジャパニーズウイスキー」が誕生することを心から願い、期待しています。
約100年前に始まった日本のウイスキー造り。初めはスコットランドに学ぶことから始まりましたが、次の100年には日本独自の方法でさらにステップアップしていくことでしょう。
将来は「アメリカのウイスキーといえばバーボン」「アイリッシュウイスキーといえば3回蒸溜」というように、「ジャパニーズウイスキーといえば○○」というブランドになって欲しいと願っています。