
今、なぜまったく新しいフィルムカメラを発売するのか? という懐疑的な声はどこへやら! 昨年7月に発売されるやいなやその反響は凄まじく、販売店には予約・来客が殺到して瞬く間に入荷待ちとなった『PENTAX 17』。現代に生まれたまったく新しいフィルムコンパクトカメラはいったいどんなカメラなのか?
写真/熊谷義久 文/下川冬樹

カメラ事業本部 商品企画部(取材当時)
鈴木タケオ “TKO” さん
2003年入社。PENTAXブランドのデザインを担当した後、商品企画部へ。趣味はバイクで、愛車は1965年式のトライアンフ。「“気持ちいい”は理屈じゃない。そういう部分はカメラも同じだと思います」。学生時代にはバックパッカーとして世界中を放浪した経験も。体調面を考慮して、2025年3月末で同社を退社し、現在はリカバリー中。


ビギナーのハードルを下げる新品のカメラが絶対必要だ!
ペンタックス17(以下イチナナという)の商品企画を担当したのはリコーイメージングの “TKO” こと、鈴木タケオさん(取材当時)。イチナナの前段階にあるのが2019年にペンタックスKPをベースに始動させたカスタムブランドのJリミテッドだが、これにも同氏は携わっている。
「僕が子どものころ、カメラは父親からお古をもらってうれしい反面、緊張感もあり、使っていくうちに慣れてきて自分のものになっていく……というものでした。そんな当時のワクワク感を新しく表現したいと考えたんです」
クラウドファンディングからスタートして老舗猟銃メーカー・ミロクの木製グリップに、マウント部にはシチズンのデュラテクトコーティング、ストラップは真田紐と、日本のものづくりメーカーたちを巻き込み、カメラに新しい価値を生み出していく――そんな取り組みを行っていたTKOさんが、次に目を向けたのがフィルムカメラだった。
「もちろん、今までの後継機を出すのも大事ですし、知恵を絞って新しいプロダクトとして出すのも大事」と2020年ころからフィルムカメラプロジェクトを始動させたが……当時の社内プレゼンで思いの丈を発表したTKOさん。しかし、当然のことながら、「フィルムカメラ?」とその場は荒れに荒れた。
「パワーポイント200枚の資料を半分にして、1時間半ほど熱弁したら、一瞬シーンとなって(笑)。フィルムや現像はどうするんだ? 部品をどう加工するんだ? と責めたてられて終わったんです。でも、しばらくしてから社内で “これは面白い企画だ” と賛同してくれるメンバーも出てきて、正式にプロジェクトチームが発足したんです」
当時、若者の間でフィルムカメラが静かなブームになっていたが、TKOさんは中古カメラ店などに通って若いユーザーへのヒアリングを行い続け、その肉声を聞いた。
「インターネットで買ったフィルムカメラが作動せず、カメラ店に持っていったら “これはジャンク品ですね。修理に出しても直るかわからない” と言われた、とガックリしている若者がいて。その話を聞いて涙が出たんですよ。おそらく、中古カメラを買うのが初めてで、思い切ってフィルムカメラに入ってきたらハードルが高かったという話で……。そんな生の声を聞いて、あらためて “メーカーとして、新品のフィルムカメラをつくるしかない!” と決意したんです」
フィルムカメラ市場を見てみると、新品では『写ルンです』やトイカメラはあるものの、その次にあるのは中古カメラ。ステップアップに最適な新品のカメラがない状況はビギナーにとってハードルが高すぎる。間を繋ぐ機種が必要だ。そこに新しいユーザーは必ずいると考えたTKOさんは、具体的に新しいフィルムカメラをつくることができるかどうかの検討を始めた。
社内には当時の工作機械も検査機械もなく、グリスも廃番。全部がないない尽くしだったが、幸いなことにかろうじて紙の図面は残っていた。それをもとに3Dデータ化&試作してパーツを組んだが、巻き上げレバーは動かない。今では考えられない、よくわからない機構もある。そこで頼ったのがOBだった。
「当時の工作機械の加工精度も今ほど高くなかったので、バッファをもたせた設計にして、細かい部分は職人の手で調整していたわけです」
要するに、現代の技術は高精度であるがゆえにガチっと組めるが、その反面、ひと手間を加えることができないというわけだ。そんな技術的背景をふまえたうえで、若手エンジニアが知恵を絞ってパーツを分割するなど工夫して精度の高いもの同士を組み上げ、形にしていった。
「若いエンジニアたちも昔のカメラ設計の知恵に感激していました。“すごいアイデアが詰まっていて、やってよかった” と言ってくれました。まさに、ものづくりの根幹に触れた想いがしましたね」
イチナナはコンパクトカメラではあるが、巻き上げ・巻き戻しの手巻き部にはペンタックスマニュアル一眼レフの往年の手巻き機構も採用している。
「手巻き部は歯車をたくさん使っていて、内部は精密時計のようになっているので、この技術は次の世代に伝えないとこの世から消えていってしまうと思いましたね」
イチナナはものづくりの観点でも温故知新なプロジェクトとなったが、そもそも企画として大事にしていたのは “復刻ではなく、今のユーザーが楽しめる現代に生まれたカメラ” であることだった。
「写真の明るさで失敗しないように露出をオートにするなど楽チンにしたいところは電子制御に、手巻きなど使って楽しい機能はマニュアルにしたハイブリッドです。今となっては新品のなめらかな巻き上げレバーの感触が味わえるのは、けっこうな贅沢。1回シャッターを切るごとに巻いて、次の被写体を探す行為もフィルムならではですから」
ハーフサイズフォーマットを採用し、36枚撮りフィルムで倍の72枚撮れるが、これも単に経済性だけを追求したわけではない。
「今はフィルムの値段が高いので、たくさん撮れるハーフサイズフォーマットのほうが経済的であることは間違いありません。ただ、それ以上に重視したのが、スマートフォンでは縦で写真を撮ることが多いということ。SNSへの展開にも相性がいいですからね。これも若いフィルムユーザーとコミュニケーションしてわかったことです。ユーザーが増えないかぎり、フィルム写真の市場はなくなってしまいますから。今、フィルム写真界隈ではベテラン世代と若者が友人のように交流している光景をよく見かけます。その点でフィルムカメラはベテランと若い世代を繋ぐ貴重な “機械” であり、“機会” でもあるんですよね」
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パッケージからして
ニヤリとするディテール

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表現に合わせて選択可能な
多彩な撮影モード




背景がいい感じにボケたテーブルフォトにクルマの光跡を表現したバルブ撮影、暗いシーンや逆光環境での撮影に最適な日中シンクロモードなど、イチナナをうまく使いこなせれば、たいていのシーンで失敗のないフィルム写真が撮影できる。 撮影/アシノショウタ(写真をクリックすると拡大表示されます)
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歴代モデルへのオマージュも込めた
ディテールへの飽くなきこだわり


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素直でシャープな描写とフィルムらしい
色味を実現した新開発のレンズ

“画角” と “光学設計” は2台の歴代モデルが参考に!
ハーフカメラの画角は1962年発売のリコーオートハーフ、レンズ設計のベースはペンタックス75周年を記念して1994年に発売されたエスピオミニを参考にしている。トップカバーのLXチタン風仕上げもあわせて、イチナナには歴史的モデルのDNAが息づいている。

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あえて残したアナログの操作感
ゾーンフォーカスを楽しめ!


問 リコーイメージングお客様相談センター ☎0570-001313