柊サナカさんの「カメラ沼にはまってみま専科」 スペシャルコラム編【ブーム再燃中! フィルムコンパクトカメラ:02】

カメラと写真が大好きな作家として、知る人ぞ知る存在の柊サナカさん。新旧とりまぜて約50台ものカメラを所有し、充実したカメラライフを満喫する柊さんが “フィルムカメラの魅力” をしたためた書き下ろしのコラムをお届けしたい。

写真/青木健格(WPP) 文/柊サナカ

柊サナカ
Sanaka Hiiragi

第11回「このミステリーがすごい!」大賞、隠し玉でデビュー。小説家としても、カメラ系ライターとしても活動中。写真やカメラの最新情報から写真文化の楽しさとその魅力を発信するPCTで、機材紹介やカメラにまつわる映画エッセイなどを週刊連載。

薄れゆく思い出も写真を見ると鮮明に蘇る

 わたしがカメラにはまったのは20代後半、ちょうど日本語教師の仕事で韓国に行っていた頃です。慣れない海外生活で孤独のあまり、観葉植物に話しかけたりしていましたが、その植物もすぐに枯れました。語学もまだ下手、ネット回線も不安定、持ってきた本は読み尽くし、ひとりの休日に何もやることがない。そんなとき、雑誌の片隅にあったのがフィルムカメラの紹介で、それがLOMO LC-Aでした。

 ちょうど世はトイカメラブームで、カメラを買いに、高速船で釜山から博多へ渡りました。LOMO LC-Aは当時、インディーズ系の書店でも売られていて、店を出ると同時に座るところを探し、すぐにパッケージを開けたのを覚えています。それまで『写ルンです』以外のカメラを触った経験がほとんどなかったため、裏蓋を開けるのにもひと苦労でした。ひとりで苦戦していたのを見かねた通行人が、「ここ引っ張ったら開くのでは?」と開けてくれたほどです。さっそくフィルムを入れて、知らない街を撮り歩いてみました。DPE店に行ってフィルムを出し、その写真をひと目見たときから、わたしの人生は大きく変わったように思います。

 カメラがあると、何のへんてつのない路地でも、何か面白いものはないかなと、歩いてみたくなりませんか? 知らない駅で降りてみたり、違う角を曲がってみたり。カメラを買ってからのひとりの休日は、何もやることのない退屈な時間から、カメラを持ってどこまでも散歩する、楽しみな時間となりました。今でもそのときの写真を見ると、この道好きだったなあ、とか、このあと市場の犬に吠えられたな……とか、当時の記憶を懐かしく思い出します。なんでもない1日は、思い出のなかで薄れていき、やがては消えゆくものですが、写真があれば、写ってはいなくとも、これを撮ろうと思ったその日の自分は写真のなかにいます。そのときはあまり感じなくても、5年10年と時が経つにつれて、輝きを増すのです。

 わたしは小説家で、トリックのすべてにカメラが、それもクラシックカメラが関係するカメラミステリー『谷中レトロカメラ店の謎日和』シリーズの作者です。いろんな方に、「最初からカメラに詳しかったから、カメラミステリーを書いたんでしょ?」とよく言われます。じつは、クラシックカメラに関しては、まったく知らなかったのです。トイカメラとデジタルカメラ少々の経歴で、(まあカメラは好きだし、書いてみるか)という軽いノリで調べ始めたら、カメラの世界が面白くて、すっかりはまった次第です。

 それまで書いた本はまったく売れず、重版とは縁がなかったのですが、『谷中レトロカメラ店の謎日和』で、はじめての重版を経験しました。日本カメラ博物館では、作中に出てきたカメラがずらりと並ぶ企画展も開催され、わたしの作家人生の大きなターニングポイントになりました。それからは、とくにカメラを題材にした作品でなくとも、写真が作中で大きな意味をもつ物語を好んで書くようになりました。人生の写真を走馬灯に貼っていく『人生写真館の奇跡』や、クリミア戦争の従軍写真師を題材にした掌編、『三分で読める! 人を殺してしまった話』より「無名の写真家」などなど。わたしは人生における記憶のかけらが、写真だと考えています。

『谷中レトロカメラ店の謎日和』一巻の印税で買った最初のカメラが、ローライ35Tです。大阪の八百富写真機店で、5台くらい並んだもののなかから、一番しっくり来るものを選ぼうと、とっかえひっかえ触らせてもらいました。

 カメラミステリーを書くときには、記述に間違いがないように、調べに調べます。実機も日本カメラ博物館に取材をお願いして、その使い心地や操作法を学びました。カメラについてその歴史、撮れる写真、機構などを調べていると、だんだんとそのカメラのことが気になってきます。物語に書くときは、目の前で立体にカメラを出せるくらい想像します。だから、欲しくならないわけがない。『谷中レトロカメラ店の謎日和』は、作者が、カメラ欲しいな……欲しいな……と、のたうち回りながら書いた小説なので、読者に「読んだ後にカメラ買いました」と言われると、この物欲が読者の方に伝わった、と嬉しくなります。

 今はローライ35Tから増えて、新旧とりまぜて50台あまり。わたしのカメラ熱はまだまだ収まりそうにありません。デジタルカメラ、フィルムカメラ、どちらも好きですが、とくに好きなのはフィルムカメラの操作感です。巻き上げレバーを操作すると、フィルムが巻き取られ、手のなかで、中の歯車や機構がすべて正しく動く感触がします。賢くて、忠実な機械の手触りです。たまにギシギシいうカメラや、裏蓋がパカッと外れてしまうような立て付けの悪いカメラもありますが、それはそれでまた楽しい。

 よく、フィルムカメラの写真というと、“ピントがぼうっとして、全体がぼやけていてエモい” みたいに言われがちですが、わたしのお勧めするフィルムカメラで、きちんと整備されたものは、どれもびっくりするほどよく写ります。カメラによって扱い方にすこしコツがあったり、作法があったりしますが、それもカメラと少しずつ仲良くなっていく感じがあって好きです。

 シャッターを切ると、一瞬の光がフィルムに当たる。それはなんというか、この世の光の美味しいところを集めて回っているような感じがします。自分だけの宝物です。

 この世の光の美味しいところは、不意に現れます。それは雨が急に上がった空の雲の色かもしれませんし、木の下にいるふわふわの子猫かもしれません。大きなカメラもいいですが、鞄に入れて毎日持ち運べるくらいのコンパクトカメラがあれば、いいな、と思ったときにすぐに取り出して撮ることができます。カメラを何も持っていない日に限って、白い鳩がパッと空に飛び上がったり、根元までくっきり見えるような虹が出たりするのです。なので、いつもカメラを持っているのに越したことはありません。イベントのときだけじゃなくて、日記のように1日に1枚撮るのも、あとで見返すと楽しい。フィルムは昔よりも高価になりましたが、1日1枚の撮影だと、さほどお金はかかりません。

 スマホのカメラやデジタルカメラとは違い、フィルムカメラでは撮った写真をすぐに見られません。DPE店で現像してもらわなければならないというのは、一見不便に思えますが、現像を待つ時間もまた、味わい深いものです。自分が出した、過去からの手紙みたいですよね。

 わたしはフィルムをなじみのDPE店、赤羽カメラのマリア堂に出して、現像からスキャニングまでお願いしています。モノクロフィルムは自宅でも現像ができるので、暗室をレンタルして、自分で写真を手焼きすることもあります。奥深くて面白いですよ。また、フィルムカメラで面白いな、と思うのは、失敗もしっかり残るところです。デジタルの写真だと消してしまうような失敗作でも、フィルムではネガに残ります。あとで見返すと、失敗のほうが、(これを撮っているとき、猫が逃げないか焦りまくったんだった……)と思い出したりもできます。

 人生のとっておきの日も、何でもない日も。みんなとワイワイしている日も、ひとりの日にも、カメラは人生にそっと寄り添ってくれます。カメラで、人生のとっておきの光を集めてみるのはいかがでしょうか。

お気に入りのフィルムコンパクトカメラ8選はコチラ

①ペンタックスauto110。手のひらに握り込めるほど小さいカメラですが、レンズ交換式で一眼レフの本格仕様。110フィルムはロモグラフィーで買えます。 ②コンタックスT。T2も人気ですが、レンズがボディに収まるTもおすすめです。 ③ローライ35T。ピント合わせは、距離を自分で測って合わせる目測式です。 ④GR1。わたしはGRシリーズがとにかく大好きで、GRⅢxなどのデジタルカメラも3台持っています。 ⑤ステレオロッカ。逆さにすると、鼻をたらしたロボットみたいな、可愛いフォルムのステレオカメラ。立体写真が撮れます。 ⑥ペンタックス17。わたしはブラックミストというフィルターをつけて使うのが好みです。 ⑦初心者におすすめするなら、わたしはこのアグファ オプティマ1035を推したいです。間違って裏蓋を開けても、フィルムが守られる機能もあります。 ⑧スメナ8M。1000円で買いましたが、思いのほかいい写真が撮れるので驚きました。

カメラの話が出てきて興味津々な柊さんの2作品にも注目を!

左/双葉社刊『天国からの宅配便』 価格759円(文庫判) 右/宝島社刊『谷中レトロカメラ店の謎日和』価格660円(文庫判)

最新刊『天国からの宅配便 あの人からの贈り物』の第1話では、転売人のもとに、突然送られてきた1台のカメラから話が始まります。転売人は、そのカメラの持ち主の息子を捜して大もうけを企むのですが、話は思わぬ方向へ。谷中の中古カメラ店を舞台にした『谷中レトロカメラ店の謎日和』は、ニコン、キヤノン、リコー、ライカなどなど、カメラの名機がたくさん登場します。カメラマニアの方はもちろんですが、カメラに詳しくない方にも楽しめると評判です。

次回は柊さんが「とくにお気に入りです」と語った4台で撮影した作品を、各カメラの特徴はもとより、購入時の注意点やエピソードもあわせて紹介します。お楽しみに!

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