テレビ特撮黄金期の証言集『特撮黄金時代 円谷英二を継ぐもの 』 について、編著者の八木毅に聞く
モノマガ編集部が選ぶ今一番レアでディープな特撮のトピックをご紹介する「特撮ばんざい!」。第2回は、注目の特撮本の編著書に迫る。
映画監督・プロデューサー、八木毅。『ウルトラマンガイア』でテレビ監督デビューし、『ウルトラマンコスモス』から始まる「第2期平成ウルトラマンシリーズ」の中核スタッフとして活躍。『ウルトラマンマックス』ではプロデューサーも担当し、2008年に監督した映画『大決戦!超ウルトラ8兄弟』は、今年『シン・ウルトラマン』の公開まで、ウルトラマン映画の歴代興行収入記録一位を保ち続けた。
数多くの現場に立ち会った証言者として特撮本の著作も多く、今回の『特撮黄金時代 円谷英二を継ぐもの』が4冊目となる。
本書はテレビの特撮の黄金時代、とくに『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』の時代をメインにしたインタビュー集だ。
談話が掲載されているのは、満田かずほ(監督・かずほは禾へんに斉)、佐川和夫(特技監督)、鈴木清(監督・特技監督)、中堀正夫(撮影)、稲垣涌三(撮影)、といったレジェンドスタッフたち。初期ウルトラ作品に助監督として参加していた本多隆司、円谷粲(あきら)(奇しくも大監督の御子息が揃って『ウルトラマン』の現場を語っていることがまた貴重である)。
元円谷プロ社長の円谷一夫と、母・円谷知子(円谷英二の次男・皐(のぼる)の妻)が語る円谷家の日常も新鮮だ。
●八木毅だから集められた証言集
「ありがたいことに、僕は円谷プロ黎明期の皆さんと親しくさせていただきました。いろんな話を聞く機会も多くて、それを残さないといけないと思っていたんです。特撮研究家の書籍とは違って、客観的ではないですし偏りはあると思いますが、僕という監督が作るドキュメンタリーだと思って読んでいただけると嬉しいです」
生粋の円谷プロ育ちである八木は、1992年入社。入社試験の最終面接は円谷皐、満田かずほ、特撮監督の高野宏一だったという。円谷プロ黎明期のスタッフから直々に円谷魂を教えこまれた最後の世代といえ、入社後すぐに満田のアシスタントについた八木は、1996年にOV『ムーンスパイラル』でディレクターとなる(満田との共同名義)。
本書には、恩師である満田はもちろん、平成ウルトラマンの現場で共に仕事をした佐川和夫、円谷プロで席が隣だった鈴木清など、八木の立場でしか聞けない話が続出する。
「佐川さんは、平成の現場では『鬼の佐川』なんて言われてましたけど、優しい人です。いまは怪獣の口から直接火を吐く撮影はできないんですけど、佐川さんがその技術を残さないといけないって『ウルトラマンガイア』で一回だけやりました。黄金時代と現代を繋いでくれてるすばらしい監督です。
鈴木さんには、僕が『ウルトラマンメビウス』で「怪獣使いの遺産」を撮ったとき、その元ネタである『帰ってきたウルトラマン』の「怪獣使いと少年」の撮影についていろいろ伺いました。あの河原はロケハンに一人だけで2回行ったと聞いて、名キャメラマンの鈴木さんですら何度も足を運ぶんだから、自分もそれくらいやらなきゃいけないんだって思いましたね」
●円谷英二が愛した、愛妻カレー
本書には円谷一族の証言が多く掲載されている。円谷英二の息子は円谷一、皐、粲の3兄弟。今回は三男・粲、皐の妻・知子、その息子・一夫が語る。
日本一有名な特撮一家の知られざるエピソードに、特撮ファンは驚くこと間違いなしだ。
円谷英二夫妻と同居していた知子の話からは一家の日常が垣間見え、「円谷英二は本当にカレーが好きだったのか?」という論争にもズバリと決着をつけてくれた。
実相寺昭雄による、虚実織り交ぜた円谷プロの青春記『星の林に月の舟―怪獣に夢見た男たち』には、円谷英二がカレー好きであるという描写が出てくる。しかし円谷英二の弟子である高野宏一がそれ否定したこともあり、あれは実相寺の創作ではないかと思われていた。
ところが今回、円谷英二の妻・マサノの得意料理だったという、シンプルながら丁寧に作られたカレーのことが語られたのだ。
「食堂でカレーを食べてるときに、高野さんに『円谷英二さんってカレーが好きだったんですよね?』って言ったら、『いや、オヤジはカレーは食べてなかったな。釜飯食べてたよ』っておっしゃったんです。でも今回知子さんにお話を聞いて、カレーが好きだったのは本当だったんだとわかりました。
高野さんがおっしゃったことも正しくて、奥様が作る家のカレーが好きだから、外では食べなかったってことなんですよね。実相寺さんは取材で円谷英二さんの家にも行ってるし、もしかしてご馳走になったことがあるかもしれませんね」
円谷英二は確かにカレーが好物だった。
しかもなんと、本書にはそのカレーのレシピが載っている! 特撮ファンはぜひ再現してみてほしい。
余談だが、八木によれば実相寺は一夫のことを非常に買っていたという。
「実相寺さんは一夫さんと仲が良くて、『カズちゃんはいいよね』って言ってましたね。一夫さんには円谷の心があるって、すごく評価してましたよ」
●円谷三兄弟の日常
また、同インタビューでは円谷三兄弟の何気ない日常も知ることができる。
「兄弟仲も良かったんですよね。一夫さんも昌弘(円谷一の長男)さんと遊んだ話とかたくさんしてくれて、昌弘さんが御存命だったら絶対にお話を聞きたかった。マサノさん、粲さん、一夫さん、昌弘さんの4人で大阪万博に行った話なんかも楽しくて、本当に普通の家族なんですよね。だけどそのとき円谷英二さんは亡くなってるわけで(1970年1月25日に没。万博は同年の3月15日に開幕)、マサノさんに万博の関係者がつきっきりだったそうですが」
円谷粲は、『トリプルファイター』『ファイヤーマン』などのプロデューサーとして、また『ウルトラセブン』のカプセル怪獣・アギラの名前の由来(あきらのもじり)としても知られるが、本書では初期ウルトラシリーズの現場エピソードや、兄・一についてなど縦横無尽に語っている。
「粲さんのことはすごく尊敬しています。『ウルトラQ dark fantasy』を作る時にも、『ウルトラQ』とはなにか、という話をしてくださいました。『ウルトラマンマックス』のときにも、ウルトラマンというものを掴むために、いろんなヒントをもらいましたね。粲さんの取材は2日間やったんですけど、初めて聞くお話ばかりで、まだまだ伺いたいことがたくさんあります」
八木は、自分が円谷英二を知らないからこそ、直接薫陶を受けた人たちの証言集を作ってみたいと思っていた。今回の書籍を編集することで、円谷英二像をよりはっきりと感じることができたという。
「僕は満田さんや高野さんの弟子なので、円谷英二さんにとっては孫弟子になりますが、もちろん実際にお会いしたことはありません。ただ皆さんに話を聞いていると、僕に染み付いているものは円谷流なんだと実感しました。改めて先輩たちが言語化して説明してくださったことで、感覚的に引き継いでいたことが、形になって見えてきたと思います」
本書は円谷英二が築いた黄金時代を伝えるタイムカプセル。その数々の証言もまた、黄金の輝きを放っている。
八木毅プロフィール
1967年東京生まれ。1992年に円谷プロ入社。『ウルトラマンガイア』(1998年)でTV監督デビュー。『ウルトラマンコスモス』(01年)以降の、平成第2期ウルトラシリーズ、『ウルトラQ dark fantasy』でメイン監督、『ウルトラマンマックス』ではメインプロデューサーを務めた。監督作に『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(2008年)など。著書に『ウルトラマンマックス 15年目の証言録』、『ウルトラマンティガ 25年目の証言録』、『ウルトラマンダイナ 25年目の証言録』(すべて立東舎)がある。
ライタープロフィール
小沢涼子(RYOKO OZAWA)
ライター・編集者。編書に『特撮の空 島倉二千六、背景画の世界』、画像の『丸山浩デザイン画集 光の記憶 ウルトラマンティガ・ダイナ・ガイア編』(共にホビージャパン発行)など。