Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 第7回

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?part.7

かつて文化規範は古代ギリシアだった。だが近代は規範・理想を未来に求めた。進歩史観の完成だ。爾来、現代が時代の頂点と化した。新しさの特権化。伝統との確執の時代。空疎な記号という危険性。モデルチェンジに翻弄されない真の新規性の哲理とは。

 

原克/早稲田大学教授。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。近著に『騒音の文明史 ノイズ都市論』(東洋書林刊)がある。著書多数。『モノ・マガジン』で「モノ進化論」を連載中。


フランクフルト中心部にあるマイツァイル(MyZeil)。モダンを絵に描いたようなショッピングモール。マッシミリアーノ・フクサスによる設計。Photo/Shutterstock(Diego Grandi)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?マイツァイルの内部。ショッピングモールとは思えない斬新な空間。Photo/Shutterstock(上左:LuisPinaPhotography 上右:Manuel Ascanio 下:Patrick Poendl)

 スペインの哲学者オルテガは、『大衆の反逆』(1930年)で、「近代」のあやうさを論じた。

 昨日より今日、今日より明日。ゆたかで自由な時代をめざしたい。

 19世紀はこう「願望」し、みずからを「理想」にもっとも近い時代、つまり「頂点の時代」であると自認した。

 そして、「時代の高み」にある自分自身のことを「近代的」(moderno)と呼んだ。「最終的」で「決定的」な時代だというのである。

 オルテガはこれに眉をひそめている。曰く、「この名称からしておだやかではない」。

 なぜなら、近代的という言葉は元来、「流儀」(modo)のこと、もののありようのことである。

 そして、それが過去の伝統的流儀に対する「修正」(modificación)であって、なおかつ思潮として「流行」(moda)して、時代精神となる。

 つまり、「近代」の構造とは、古い時代のもののありようを踏み越えたという図式、すなわち「新しさ」という構図をこそ中核としている。

 近代は時代の哲理を「新しさ」に求めたというのだ。

 それでいて、この新しさとは、「気まぐれで」「移ろいやすく」「周期的」(ボードリヤール)な「流行」を基盤としているに過ぎない。あやういことだ、とオルテガは論難するのである。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「ドイツで生まれた水上スキー」。「先端が浮き輪になっているスキー用ストック」を使用する。ボードの素材は不明だがおそらく合成樹脂製。試作品の披露会場か。(Mechanix Illustrated 1960-7)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?part.7プロペラ式「スキー・ポニー」でアップヒルを登る。ドイツの発明家J・ニクラス考案。1 枚のスキー板に出力5.5馬力エンジンを搭載。大型プロペラ装置で平地を時速50kmで滑走。(Mechanix Illustrated 1961-1)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?part.7スペインの哲学者。ホセ・オルテガ・イ・ガセット(José Ortega y Gasset、1883〜1955年)。主著に『ドン・キホーテをめぐる思索』。

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 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 下の写真は1970年代後半、ドイツ空軍トルネード計画のために設計されたコックピット・クロック「Nabo 17 ZM」。最大の特徴はミニッツカウンターのセンター配置。これによって経過時間を最大サイズの表示が可能。正確で確実な視認性につながるデザインだ。ここにコックピットクロックの真価がある。このタイプのコックピットクロックは、現在も軍の多機能戦闘機トルネードに採用されている。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 今回紹介するモデル「717」はミニッツカウンターを9時位値の上下センターに配置。クロノグラフ機能に関わる2本の表示針をオレンジとし、「Nabo 17 ZM」の正確で確実な視認性を継承するコックピットリストウオッチだ。オレンジ色の細い針はクロノグラフの秒針、太い針は60分積算計。

 ムーブメントはセンター4針式のクロノグラフ。かつてプロのパイロットたちから抜群の視認性を発揮するとして絶賛されたモデル156.Bが搭載していたレマニア製Cal.5100に由来するSinn社独自のCal.SZ01。

 さらに「717」がいかに優れたコックピットリストウオッチをいかに説明しよう。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

model 717
ケースサイズ:直径45mm×厚さ15.3mm/重量:114g(ベルトを除く)/ベルト幅:24mm/価格 88万円(税別価格 80万円)
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 マット仕上げの904Lステンレススチールケースには、Sinnテクノロジーの「テギメント+ブラック・ハード・コーティング(PVD)」が施され、セラミックと同等以上の硬度を誇る。テギメントとは、窒素を使用した浸炭加工を時計のケースに施すことにより鋼材の表面に炭素分子を拡散・浸透させ、焼入れして硬化させる技術。同時に同程度の硬度であるブラック・ハード・コーティング(PVD)を施しているため、ドライバーで引っ掻いても傷がつくことがない。また、エッグシェル現象を防止し、PVDが剥離することもない。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 外側からスムーズに操作できるインナー・パイロットベゼルを搭載。両面無反射コーティングのサファイアガラスも一緒に回る。このベゼルで放射線状にかかる圧力により時計を密閉。つまり内径、シーリングベゼルの内側で、特殊な潤滑剤が塗られたOリングが時計を密閉する仕組みだ。3・6・9・12時位置にインナーベゼルを装着する小さなネジが見える。通常、インナーベゼル搭載モデルの防水性能は10気圧(100m)だが、「717」の防水性能は20気圧(200m)となっている。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 時計を湿気から守る除湿機構の「Arドライテクノロジー」も採用。機械式時計は、それぞれのパーツが円滑に動くよう潤滑オイルが使用されている。時計ケース内部の空気に含まれている湿気によりこの潤滑オイルが劣化すると精度に悪影響をおよぼす。Arドライテクノロジーは、時計ケース内の湿気を吸収する「ドライカプセル」の搭載、時計ケース内に希ガスと呼ばれる極めて安定した「プロテクトガス」を充填、通常のパッキンより水分浸透を最大で25%削減する「EDRパッキン」の採用という「3つの技術的要素」により、時計ケース内はほぼ無水の環境となる。

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ユネスコ世界遺産に登録されるベルリンのムゼウムスインゼルはペルガモン博物館、新博物館、ボーデ博物館、旧ナショナルギャラリー、旧博物館が集まり、「博物館島」と呼ばれている。その島でのひとコマ。Photo/ Shutterstock(Radiokafka)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「ドイツでは交通警察官をライトアップする」。ミュンヘン市内交差点の新機軸。天井型蛍光灯キャノピーが白衣の交通巡査を照らし出す。夜間の市内交通事故防止対策。可視性を高める工夫。(Popular Science 1956-3)

 近代とは「新しさ」を規範とした時代である。

 新しいことは良いことだ。なぜなら、それは古いものを修正したものだからだ。

 なるほど、限定された分野では、そのとおりかも知れない。しかし時代精神となると別だ。

 哲学者ジャン・ボードリアールは、『消費社会の神話と構造』(1970年)で、新しさの虚偽性を暴いている。

 今日、文化は「社会から『脱落』しないために」、「『アクチュアリティ』の原理に支配され」、つねに「最新」であらねばならない。「更新」(recyclage:ルシクラージュ/(英)リサイクル)されるのである。

 しかし、その更新とは、もはや文化の「合理的蓄積過程」ではなく、「個人の内在的資質にはなにひとつプラスにならない」。

 いかに「修正」だ「刷新」だと言いつのろうとも、内実からくる必然性はとぼしく、空疎な記号の戯れにすぎない。

 たとえば、「自然」や「健康」と言っても、真に自然や健康の最新の内実が問題になっているのではない。

 大抵の場合、テーマパークの新企画やサプリメントの新効能など。「商品」という「手頃な形で」提供され、更新される自然イメージ、健康イメージだけが問題になっている。

 そしてわれわれは、こうした「記号」としてのイメージ世界を「消費」しているにすぎない。

 近代において、新しさは内実として生まれてくるのではない。商品開発の周期性で更新(リサイクル)されてくるのである。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

フランスの哲学者、思想家。ポストモダンの代表的な思想家とされ、現代思想に大きな影響を与えたジャン・ボードリヤール(1929〜2007年)。Photo/Shutterstock(thomas koch)

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Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「最高一時間百三十哩!陸の王者」。ベルリン・ハンブルク間を疾駆する「白銀色に輝く葉巻型の怪物」「通称ツエツペリン型列車」の車体後部。「車体全部が完全な流線状型」。(科学画報1931-9)

 流線形(Stromlinie)という言葉が登場したのは19世紀後半、流体力学の専門用語としてだった。「空力偏流」、「正面抵抗」、「表面摩擦」、「不完全真空」などと並んで、物理学の学術用語だったのである。

 ところが、1910年代米国モータリゼーションと共に、学術用語だった「流線形」は、実験室を出て社会の中へ拡散してゆく。まずは自動車のデザイン思想として。

 移動物体が流体のなかで、渦巻きを発生させずに移動する現象。こうした本来の原義を保持しつつも、流線形という単語は、たちどころにさまざまな文化的・社会的イメージをまとってゆく。

 「滑らかで淀みがなく、抵抗を排してムダがなく、モダンで先進的であり、趣味が良くて優雅である。そして、なにより美しい」。

 それは、ときに高速度や高性能を指示し、ときに未来世界や効率性を含意し、ときにムダを省く工業界の優秀さ、抵抗因子を排除する社会の優越性の記号と化していった。

 いつしか流線形は、かつての物理学用語であることを中断して、優秀な技術力、優越的な社会と文化、すばらしい未来という集合的イメージ言語に変位していったのである。

 本来、空気抵抗を制御するという物理現象に関する用語だった流線形が、イメージ言語化してゆき、いつしか狭義の空気抵抗から離れ、抵抗一般を排除する手立てを示す比喩表現となってゆく。

 こうした言語変容は、イメージの暴走という非理性を生む危険性をつねにはらんでいる。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?上:「翼のない飛行機に似た自動車の前方ショット」。「空気抵抗を極限まで抑えた斬新なデザイン」。車体前部は「銃弾のようだ」。「究極の流線形」。時速112km。(Popular Science 1936-2)下:イタリア国際レースの優勝者ルドルフ・カラキオーラの愛車メルセデス・ベンツ。(Motor & Sport 1939-6.11)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「繭型自動車」。「帝国交通局研究所が制作した実験車」。「車体後部を切り詰めている」。車体は完全になめらかで一体の統一体。メルセデス・ベンツ1.7リットルエンジン搭載。(Allgemeine Automobilzeitung 1940-5.25)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?自動車専門誌『自動車批評』の記事。「水流盤を移動する自動車模型の流体画像」。「現行市販車を詳しく実験すると実際に効果をあげるには、空気力学的原理に沿いきわめて注意深く圧力構造を工夫しなくてはならないことが判明する」。(Mtor Kritik 1936-1M)

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「ドイツの翼のない飛行機」。ドレスデンの技術者考案。「6枚ブレード型プロペラ2基を上下に重ねた構造」。「水平方向式プロペラ」はダ・ヴィンチの例のように「飛行物体構造史上最古の発想」。(Popular Mechanics 1913-1)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「ドイツのヘリコプターが世界新記録を次々と塗り替える」。フォッケウルフ社製。垂直上昇・ホバリング可能。出力160馬力ブランデンブルク社製エンジン搭載。滞空時間80分間。高度2460m達成。(Modern Mechanix 937-11)

 かつて文化は、「批判的超越性と象徴機能」でもって、「永続性」を求めた。しかし近代、新しさが誕生し、「毎年モデル・チェンジされる自動車」のように、「一時的な記号」として生産されるようになった。

 新しさが悪いというのではない。むろん、伝統でありさえすれば良いというのでもない。

 単純な二者択一ではないのだ。

 新しさが、内実を問わない記号であることを脱し、あらたな批判性と象徴性を手に入れることが大切なのである。

 新しさと伝統のあらたな相互関係をめざす。これが肝要だ。

 新しさが伝統たらんとすれば、永続性を獲得することにゆきつく。永続性を獲得するには、じっくり吟味され、精査され、ときに批判される。

 そうした過程を経てはじめて、新しさは、ある種の普遍性を得る。つまり、目の前のTPOに縛られることなく、狭い実利や実用性を超えた、より多様な局面に対応しうる高度な文化的価値を、獲得することになる。

 空疎なモデルチェンジから身を振りほどいた、新しさへの欲望。これが枯渇しない限り、伝統は言葉の本来の意味で更新されてゆくだろう。

 そしてSinnのめざす新しさも、真の更新の系譜に連なってゆくだろう。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

「顧客の目の前で石炭を計量する」。「小型計量器」を搭載した運搬用三輪車。ベルリン市内。後部荷台に石炭箱を固定。勝手に動かせないようにして「不正を排除」。エンジンを前輪に直結した前輪駆動式。(Scientific American 1912-1.27)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「空中を浮遊する建物」。合成樹脂の「カゼイン樹脂製」なので「軽量で堅固」と謳う。飛行船に懸架して移送する。外壁は透明樹脂製なのでガラス未使用。(Wissen & Fortschritt 1929-11)

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Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

 普段からいざというときのために火打石や仕留めた獲物をさばくためにナイフの1、2本を忍ばせておく・・・なんていうロマン溢れる周到さを持ち合わせておらず、さりとて空いた時間にはマックを広げてカフェでメールの返信やらブログの更新してます、キリッ!・・・などというノマド気質もないごく普通の男子であれば、ポケットに入れるのはスマホとカード、ひとつかみの紙幣と満タンにした愛車のキーで必要かつ十分。

 そして腕にはお気に入りの相棒を巻けばいつでもどこでも出かけて行ける。

 その相棒とはいつでもどこでも正確に時を刻んでくれる質実剛健なSinn。ひとめで時刻を視認できるコクピットのメーターライクなデザイン。腕時計の防磁性能を規定したJIS規格を遙かに凌ぐ80,000A/mの「マグネチック・フィールド・プロテクション」による磁気防護力。テギメント加工を施し高硬度を実現した耐傷性能。そしてなにより『Sinn』の備えた計器としての威厳。

 さあ必要なモノは身に付けた。出かけるとしよう。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?織本知之/日本写真家協会会員。第16回アニマ賞受賞。『モノ・マガジン』で「電子写眞機戀愛」を連載中。

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■Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 連載記事 アーカイブ一覧

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