Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 第5回

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?part.3

仕事の原理と遊びの原理。労働と遊戯の境界線の揺らぎ。余暇を浸食する労働原理のパンデミック状態。遊び本来の非合理性が時間管理の機械的合理性に簒奪される。自由時間のもつ被歴史性とは。

原克/早稲田大学教授。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。近著に『騒音の文明史 ノイズ都市論』(東洋書林刊)がある。著書多数。『モノ・マガジン』で「モノ進化論」を連載中。


テレフンケン社製「鍵の掛かるテレビ」登場。ドイツの家庭でも大問題。子供を「テレビ中毒」から守る装置。「ママの鍵」で信号をロックする。教育としつけの合理性の観点から遊びの時間を管理するアイテム。(Popular Science 1955-3)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ドイツの哲学者、社会学者、音楽評論家であり、作曲家でもあるテオドール・ルートヴィヒ・ヴィーゼングルント・アドルノ。20世紀における社会心理学研究の代表的人物だ。Photo/Shutterstock(neftali)

 『サザエさん』を観ると物哀しくなる。子供時代、だれもが襲われた感情だろう。

 国民的人気テレビ番組。もちろん物語が哀しいわけではない。

 そろそろ日が落ちかけた夕方、『サザエさん』のテーマソングが流れてくる。「ああ、もう日曜日が終わってしまう!」。「明日からまた学校だぁ」。「もっと遊んでおけばよかった。やり残したことがあるのになあ」。

 どこか満たされない未消化な思い。日曜日夕方のメランコリー。物哀しいのはこの憂鬱な感情のことである。

 誰もが身に覚えのある、この「サザエさんの憂鬱」。じつは、この素朴な感情の深層構造には、近代社会が逢着した容易ならざる問題系列が横たわっているのである。

 それは、労働と遊戯の関係性である。仕事と遊びの関係性といいかえても良い。サラリーマンの場合には、勤務時間と自由時間・余暇の関係性ともいえる。

 この問題を、哲学者テオドール・W ・アドルノは『ミニマ・モラリア』「ヴァンダル族」(1945年)で、鋭く言いあてている。

 近代が都市化するにつれ、「あわただしさ、いらいら、落ち着きのなさ」が、まるで「パンデミック的感染力で蔓延している」。

 生産過程や労働過程でも、時間を無駄にしないことが最重要事項になってきた。時間を最大限に効率よく使い、最大限の成果をあげる。

 時間利用の最大効率こそが最大限の成果を生む。これが仕事の原理とされるようになってきたのだ。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ベルリンのトレプトウ地区にある2001年に倒産したシュプレーパーク。放置され廃墟となった物寂しさを感じさせる遊園地。実は近年再び注目を集め、定期的に内部見学ツアーが行われているんだとか。Photo/Shutterstock(FabianIrwin)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ルール地域 産業遺産ルートのアンカーポイントのひとつデュイスブルク・ノルト景観公園。勇壮でありながら、物寂しさを感じさせる。Photo/Shutterstock(Alice-D)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?part.3旧東ドイツ。ロシア兵舎にあった古い劇場。破壊されたものなのに、なぜか美しさが感じられる。Photo/Shutterstock(Grischa Georgiew)

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 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 ドイツ警察特殊部隊用に開発されたダイバーズウォッチ、EZM(アインザッツ・ツァイト・メッサー)シリーズのモデルEZM3。そのコンセプトは「使うためだけの時計」。

 成功する選択肢しか許されない警察特殊部隊の使用目的や必要とされる機能を徹底的にリサーチ。ヒューマンエラーを排除したデザインと機能性、過酷な使用条件に耐えうる耐久性を追及している。

 80,000A/mという驚異の防磁性能、ドライテクノロジーによる除湿機構、Sinn特殊オイル66-228の使用による-45℃から+80℃という広範囲の温度での精度保証、逆回転防止ベゼル、そしてEZMシリーズでお馴染み逆位置のリューズを採用。計測機器の原点といえるモデルとなっている。

 防水性能については、世界的に知られている船級・認証機関DNV GL(旧ゲルマニア・ロイド)の検定により500mまでの耐圧性能、耐熱性能、機能が保証され、同社の認定書が発行されている。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

model EZM3
50気圧防水/ケースサイズ:直径41mm×厚さ12.3mm/重量:81g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格34万円+税
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EZM3がダイバーズウオッチであるのに対し、EZM3.Fは過酷な環境の中で任務を遂行するプロフェッショナルたちのために開発されたパイロットウォッチだ。防水性能以外の仕様はEZM3を踏襲しつつ、ベゼルは両方向回転を採用している。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

model EZM3.F
20気圧防水/ケースサイズ:直径41mm×厚さ11.7mm/重量:78g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格34万円+税
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Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

そして、EZM3.Fをベースに特別なダイヤルを備えて日本でのみ100本の限定で製作されたEZM3.F.V。スクラッチ加工を施した特別なダイヤルを採用しているヴィンテージルックな1本だ。スクラッチ加工は1点1点手作業で施しており、100本はすべて異なる表情を持っている。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

model EZM3.F.V
20気圧防水/ケースサイズ:直径41mm×厚さ11.7mm/重量:78g(ベルトを除く)/ベルト幅:20mm/価格33万円+税
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旧東ベルリン中心部だったアレクサンダー広場に1969年に建造されたウーラニアー世界時計。Photo/Shutterstock(peter jesche)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ミュンヘン中心部のマリエン広場にあるランドマークになっている時計。Photo/Shutterstock(Viacheslav Lopatin)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?ドイツのウーゼドム島では、かつてロケットの研究が行われていた。戦後は記念館として往時の建造物が遺されている。写真はその海岸沿いの村バンシンの遊歩道にある時計塔。Photo/Shutterstock(Mickis-Fotowelt)

 アドルノは指摘している。仕事の原理が職場の範囲を越え、パンデミック状態に拡散してしまったというのだ。

 曰く、時間利用の最大効率こそが最大限の成果を生む。こうした「生産過程がとる形態」は、「私生活」や「自由時間」「余暇」にも感染してゆき、いまや労働時間外の「生活」までもが、「まるで職業のような外観を呈するようになってしまった」。こう言うのである。

 そもそも、遊びというものは、労働の原理とは本来まるで違った別の原理から、成りたっているはずのものである。

 遊びには、効率性とか近代合理主義などといったものは、本来関係ない。機械的合理性が好んでもちだす「無駄の排除」という合い言葉も、遊びには無縁のもののはずである。

 なぜなら、無駄というなら、生命維持という人間にとっての至上命題にしてみれば、そもそも遊びそのものが、無駄といえば無駄なできごとであるからだ。

 ところがである。アドルノの眼には恐るべき光景が見えたのだ。

 遊びが仕事のようになってきている。自由であるはずの休日が、まるで勤務時間のように過ごされている。遊びの原理がいつしか労働の原理に感染してしまっている。こうした光景である。

 そこでアドルノは診断を下す。「余暇は無駄なく利用し尽くされることを求めている」。

 効率よく遊ぶ。遊びのために時間を無駄なく配分する。

 こうした遊びのスタイルは、大いなる論理矛盾だというわけだ。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

旧西ドイツ製「屋外用赤外線暖房キット」。ガスボンベ一体型で機動性も高い。カフェやレストランのテラス席には必需品の暖房器具。雪中の水着美女は性能を誇示する図像的演出だ。(Mechanix Illustrated 1960-6)

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Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「水に入らずに水泳を習得させる装置」。アームが「正しいストローク」をする。アームには負荷がかけてあり生徒に誤った動きを許さない。ドイツの「精密機械神話」の賜物。(Popular Science 1931-11)

 米国の科学雑誌『ポピュラーサイエンス』1931年11月号は、外信でドイツ製の奇妙な装置を伝えている。

 「水に入らずに水泳を習得させる装置」だという。

 一見すると、金属製のアームと台座が複雑に組み合わさった、近未来的なシルエットに思われる。今般、北海の港湾都市キールで開催された展示会に、出品されたものらしい。

 支柱の腹帯ベルトに懸架され、水平に身体を保持し、両手両足をアームの動きにあわせて泳ぐ動きをする。

 アームはシャフトと歯車機構の組合せにより、「正しい泳法の軌跡」を描くようになっている。もちろんアームには負荷がかけられており、筋力も養うことができる。

 装置の目的はふたつだ。

 まずは、水を恐がる児童にも陸上で泳法訓練を行わせること。そしてなにより、生徒に誤った不合理な動作を身につけさせないこと。

 たとえ水泳であっても、正しい泳法を身につけなくてはいけない。肝要なのは、なににつけまずは規範からの逸脱を許さないことだ。

 この装置で鍛えられれば、なるほど規範に則った正統なスイマーが完成しそうだ。

 ただ、見方によってはこの機械、拷問装置のようにも見えてしまう。それが単なる見間違いでありますように。決してそれが、この装置の本質でないことを祈るばかりだ。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「いち・・・に・・・機械仕掛け」。「尻込みする人にも容赦なく正確に正しいリズムを教え込む機械仕掛け『テンポ・イデアール』」。「見事な陸上泳法マシン」。「自然に水と馴染むことなくかくも機械仕掛けで泳ぎを覚えることは、果たして・・・・?」。記事の筆致は少しく懐疑的だ。(Koralle 1939-2.26)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?「学童に泳法を教える新機軸」。「公立学校の水泳教室」。胴体をベルトで吊り両足にロープをつなぐ。「正しい泳法」を身体が覚えるまで反復する。水への恐怖心を回避する方法。(Scientific American 1911-5.20)

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「調理教室でおいしい昼食を学ぶ」。ドイツ製鉄会社最大手クルップ社の女性従業員向けのクルップ家政学校。合理的な家政学の訓練装置だ。近代栄養学と近代衛生学の新思想で合理的な栄養補給を学ぶ。(Nach der Schicht 1930 August)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?クルップ家政学校における家事の授業風景。「金属製の家具・道具を正しく磨く方法を学ぶ」。教師が暮らしの規範を訓育する。「時間と労働力を正しく配分することで」「清潔で合理的な近代的生活が実現できる」。(Nach der Schicht 1930 August)

 効率よく時間を使い、合理的に成果を生む。これが労働の機械的合理主義だとするならば、遊びの原理はまるで違う。

 非効率に見えても、ゆっくりと時間をかけて楽しむ。非合理に見えても、脇道にそれて道を失う。無駄に見えても、同じ手順をくりかえし味わう。

 こうした身振りこそが遊びの中核をなすものだ。

 なぜなら、遊びは何かを手に入れるための「手段」なのではなく、その行程を体験することそれ自体が「目的」だからだ。

 要は、労働は成果を得るための手段だが、遊びは遊ぶこと自体が目的に他ならない。

 たとえば、プロの野球選手の場合、野球をするというのは、記録であれ、名誉であれ、年俸であれ、家族のためであれ、野球の外部にある目的に到達するための「手段」であるだろう。

 他方、放課後の校庭で三角ベースに興じる小学生たちの場合、彼らの目的は野球をすることそれ自体であって、それ以外の何ものをも目指してはいない。野球が「自己目的」なのである。

 本来、仕事と遊びは、まったく別の原理で成りたっていたはずのものである。それがいつしか、遊びまでもが仕事の原理で語られるようになってしまった。

 労働原理のパンデミック状態が常態化してしまったのである。

 サザエさんの憂鬱。なるほど、子供時代の素朴な記憶にすぎない。

 しかし、仮にその未消化な思いが、次のようなものであったとしたならば、ことの次第は些細なものでなくなる。「あのとき、もうちょっと時間配分に気をつけていたらなあ」、「あの一手が無駄だったよなあ」。

 なぜなら、子供時代すでにして、近代的合理主義を初源的なかたちで学びはじめていたことになるからである。

 サザエさんの憂鬱。時を刻むというできごとにも近代は起動してくるのである。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

「ウィンナーソーセージの屋台は週末散策の風物詩だ。郊外のビヤガーデンと並んでベルリン都心の遊歩庭園は都市型労働者階級にとってはほとんど唯一の手近な娯楽。低所得階層にとって週末は数少ない余暇。(Postkarte “Berliner Typen” 1900er)

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

「回転式サナトリウム病棟」。日光浴は患者にとっては妙薬だ。幅25m奥行き6m高さ4mの「温室病棟」が回転する。特殊フィルター装着のガラス張り病棟をたっぷりの太陽光で満たす。シリンダー機構でヒマワリのように太陽を追う。(Wissen und Fortschritt 1930 Juli)

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Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 

 3秒というわずかな時間が意味するところは人によってずいぶんと違うと思います。ピンを抜いた手投げ弾が爆発するまでの3秒、マジで恋するのに2秒経過あと3秒…。しかしわたしらAPSシューターは3秒という時間に込められたスタンバイ態勢から射撃に至るまでの動作にかけられる時間に思いを馳せるのです。

 45度に振り下ろした競技銃をブザーと同時にサイティング姿勢まで持ち上げ、発砲までの一連の流れを意識し、放たれた弾丸がちっぽけなプレートターゲットを打ち倒すまでに許された3秒間。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?

 この3秒間を感覚として捉えるためにじっと秒針を見つめる射手もいますが、このとき見つめる秒針がクォーツやデジタル表示だと時の流れを把握しずらく感じるのです。1秒刻みにそっけなく刻まれては射撃までのプロセスをイメージできないのでよりもどかしく感じるのです。

 それでは、自動巻きの機械式ムーブメントをもつSinn756のなめらかに流れるように動く長針を見つめ、射撃までに行うべき3秒間の動作をイメージトレーニングして静かに射順を待つとします。

Sinnはどこから来て、どこへ行くのか?織本知之/日本写真家協会会員。第16回アニマ賞受賞。『モノ・マガジン』で「電子写眞機戀愛」を連載中。

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■Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 連載記事 アーカイブ一覧

 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 第6回
 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 第5回
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 Sinnはどこから来て、どこへ行くのか? 第1回