高校3年生ドライバー椿菜々美選手「エンジンレーシングカー世界選手権参戦記」


こんな日が来ようとは。エンジンレーシングカーを始めて一年半。まだまだ未熟ですが娘ドライバー父メカニックとして三重県にあるIFSサーキットで開催されるエンジンレーシングカー世界選手権に出場してきました。すばらしい経験ができとても楽しかったです。

レースレポート/椿 康弘

エンジンレーシングカー世界選手権とは?

IFMAR 1/8スケールエンジンレーシングカー世界選手権といい、IFMAR(International Federation Of Model Automobile Racing)が主催する最高峰のRCカーレースです。世界各国のトップドライバー達が集まり競い合い世界一を決定します。今年は10年ぶりに日本で10月26日から11月5日までの間開催となりました。参加21カ国、総勢117名です。

1/8スケールエンジンレーシングカーとは?

その名の通り1/8スケールでエンジンを動力としているオンロードを走るRCカーです。硬いスポンジ製のタイヤを装着し四輪駆動でブレーキも付いており最高速度は時速100㎞を超えます。車体もそこそこ大きくエンジン音もあり迫力があります。

出場にあたって準備など

昨年今年とエンジンレーシングカー全日本選手権に参加をして出場の権利を得ることができました。この世界選手権はRCカーレースとしては長期間を過ごしかなり過酷です。先輩方にアドバイスをいただき準備をはじめました。使用するエンジンやパーツなど余裕をもって準備しなくてはなりません。エンジンは4基、パーツも多めに用意しました。

シャーシはこの選手権直前にかなり良いと評判の新型が販売されましたが今回はいままで使用していた旧型を使用します。その代わりメンテナンスはこれでもかというくらいにしっかりと行いました。

現地へ行き練習をしたかったのですが娘は受験生なのでそんなこともなかなか出来ずぶっつけ本番でこの選手権に挑むことになりました。

世界の空気を感じた、選手権初日

とうとうIFSサーキットにやってきました。到着するとすでに海外からの選手が来ており各自メンテナンスなど作業をしていました。ここは日本ではないみたい! 

そんな中、地元の友人がサポートをしているブラジルの選手を紹介してもらい、言葉は通じなかったけど挨拶をすることができ楽しかったです。この日は外国にいるような不思議な気分になりました。その後受付をすませIDをもらいました。

あっという間に時間が過ぎた、選手権2日目、3日目

この両日はIPDといって主に海外選手の練習日となっており日本人選手は走行できません、ですがワークス勢の日本選手たちはそれぞれメンテナンスをしていました。自分たちも準備をします。そんな中、忙しいにもかかわらずいつもお世話になっているワークスドライバーの方が車の状態を見てくださるとのことでお願いすることにしました。

手際よく点検をしてもらいアライメントはまずまず大丈夫だったのですがリアの足回りのガタが大きくこれでは良くないとアドバイスをもらいました。

実は指摘された箇所は念入りにメンテナンスをした際に可動部分をスムーズにしたくてシャフトの通る穴をリーマーで削りすぎたのが原因でもう修正が出来ないので部品交換で対応です、もう一箇所はベアリングの保持部分にガタがありこれもガタがなくなるよう修正しました。再度組みあがったところでアライメントを取り直し万全です。大作業になりました。

会場では事前車検もやっており車重と燃料タンクの容量を測りました。車重は規定をクリアーしていたのですが120gも重く今更軽量化も出来ないのでこのまま行くことに。タンク容量は小さすぎたので中身を調整して余裕をもたせました。なんだかんだで時間がかかり忙しかったです。

久しぶりの走行で悪戦苦闘、選手権4日目、5日目

この両日は日本選手と海外選手が走行できる練習日です。人数が多いため指定された時間にしか走行できず1日に入れ替え含めて8分間を7回走行します。この練習でやることは久しぶりのため運転とコースになれることエンジンの調子をみることです。エンジンの調整はまだ自分ではできないのでワークスメカニックの方にお願いをしてみてもらうことにしました。

いよいよ走行開始。

娘にインカムで調子を聞くと「慣れればうまく走れそう」との返事がありぶっつけ本番だったので一安心。エンジンの方は調整が必要なのでインカムでピットインの指示を出します。ピットに戻り手早く燃調をしてもらい再びコースイン。状態も見てもらい調子が整うまで何度かこの作業を繰り返します。

その後インターバルの間にエンジンを載せ換え先ほどと同じ作業をあと2基分やりました。3基ともエンジンは調子がよさそうで安心しました。ところが娘は思うように行かず苦戦しています。

別のセッティングを試してみようとやってみましたが上手くいかず娘のドライビングには合わなかったのですぐに元に戻しました。

娘に聞くと「ハンドリングとブレーキングに違和感がある」とのことでベテランの方に車をみてもらうことに、

するとステアリングの作動範囲の調整がうまくいっておらずゲージを当ててきっちりと修正しました。ブレーキの方はリンケージの遊びが多く再調整を実施、更にブレーキディスクローターが歪んでいるのを見つけ急遽交換しました。短いインターバルの間になんとかできて良かったです。

その後娘に車を託しインカムで様子を聞くと「走らせやすくなった、フィーリングもよくなったよ!」と良いメッセージが返ってきてほっとしました。

途中走りを見ていた方にもっと速く走れるライン取りを娘に教えてもらい、娘も難しいけどチャレンジしてみるとガッツを見せタイムも上がり着実に良くなりました。

ラップタイムは15秒台とこれまでの自己ベスト付近で久しぶりにしてはまずまずの結果で練習を終えることができました。

予選を考えリラックス、選手権6日目

菜々美選手の父にしてマシンメカニックの椿康弘さん。

この日からタイヤと燃料が管理され自由に出来ません、決められたエリアで配布され装着します。走行後は車検もありすぐに時間が過ぎていきます。だんだんと世界選手権らしくなってきました。

この日は予選の組み合わせをベストラップ3周で決めるコントロールプラクティスを4回行います。まだレースでもないので練習とわりきって自分たちのペースで走れるよう無理をしないことにしました。走ってみると昨日の練習に引き続き良い状態で気持ちよく走れ、そのかいあってトラブルもなく無難にこなせました。

走行後は明日の予選に備えエンジンの載せ換えとメンテナンスをすることに。するとよくこれで走っていたなとびっくりするくらいフロントの駆動ベルトの歯がかけているのを発見しました。この後開会式が始まるので急いで交換し間に合ってよかったです。

ばたばたしている間に開会式が始まりました。

選手は各国に分かれそれぞれの国歌と共にMCが盛り上げる中サーキットを行進します、まるでオリンピックの入場シーンのようです。

今回娘は光栄なことに日本選手代表の「JAPAN」のプラカードをもたせていただきました。そして開会式も進んでいきみんなで記念撮影。

これが世界選手権……とっても良い経験が出来ました。楽しい気分で明日もがんばろう!

本気を出す!  選手権7日目

コントロールプラクティスの結果も出て予選の組み合わせが発表になりました。走りやすそうな組み合わせでほっとしました。この日は予選が3回行われ4分間の周回レースとなります。どうやってこの予選を乗り切ろう、せっかくの大舞台を万全で望みたいのです。

皆のまねをして朝一にエンジンの暖気をします。それを見ていたエンジンメーカーの方が燃調をしてくれました。なんだか気合が入ります。あとは走行中再調整が必要になるため自分では出来ないのでどなたか教えてくれる助手を探していると、いつも娘の送信機やサーボの設定を見てくれているベテランの方が一緒に来て助手をしてくださることになりました。

そうこうしているうちに予選の順番がまわってきました。

開始のベルが鳴りコースオープン。まずは3分ほどのウォームアップラン。この間にタイヤの面出しとハンドル位置の確認とエンジンの調整をしなくてはなりません。インカムでコミュニケーションをとりつつピットインのタイミングをはかります。助手の方の指示に従い何度かエンジン調整を済ませウォームアップランは終了しました。

戻ってきた車に燃料を満タンに入れてスタートの合図を待ちます。

カーゼッケンが呼ばれフラッグがふられ予選スタートです。今回はレース形式のため全力で走ります、どんどん周回を重ね遅い車を抜きながら良いペースで走れました。調子がよさそうです。

残り2回も同じようにうまく走れたと思います。娘も自己ベストが更新されて大喜びです。暫定順位も思ったより良くがんばりました。この日のすべての予選が終わり明日に備えます。明日のエンジンはどうしよう、一番良いエンジンを決勝まで温存するか明日の予選から使い様子を見るか悩むところです。考えた結果一番良いエンジンに載せかえることにしました。

早速作業に入ります。エンジンが振動で緩まないようしっかり固定してギヤーの調整も確認してこれで大丈夫。明日が楽しみです。

トラブルがあっても結果オーライ。予選2日目、選手権8日目

昨日のように朝一からエンジンの暖気をしてメーカーの方に調整をしてもらいました。よしがんばろう!予選2日目が始まり出番がまわってきました。今日も助手の方に来てもらえてありがたいです。

ベルが鳴りコースオープン、ウォームアップラン開始です。今回も同じく各調整作業を行います。

エンジンを載せ換え心配でしたがインカムでも娘から「大丈夫そう」と良い返事が返ってきて調子がよくうまくいきそうです。

この間に明日の決勝に備え燃料給油のピットインの練習も行いました。猛スピードで狭いピットレーンに帰ってきてピットの前で停車するのはものすごく技術のいる操作です。そして助手は車を回収して燃料を給油そして送り出す。ドライバーはタイミングを見計らいコースへ復帰この時も他車との速度差があるのでとても危険です。ここでのタイム短縮はとても大事になり確実な作業が求められます。皆のチームワークで練習もうまくいきウォームアップランも終わりました。

いよいよ予選スタートです。

カーナンバーが呼ばれてスタートの合図で元気にコースに飛び出していきました。かなり良い感じで周回しています。これなら目標の17周に入れるペースで見ているこっちも手ごたえがあります。娘はグイグイ走らせます。しかし残り30秒のところでエンジンストップ。同時にインカムで「止まった! 絶対17周いけたのに!」残念そうな娘の悲鳴がきこえました。

マーシャルの方に車を回収してもらいこの予選は完走できず終了しました。

この選手権では予選中に止まってしまう車が多く自分たちも何が起きたか心配になり急いで原因を探します。

すると燃料ホースが切れていました。このためにガス欠で止まってしまったようです。念のためエンジンを下ろしメーカーブースで点検をしてもらいました。キャブレターのパイプの向きが悪くホースに無理がかかっていたようです。すぐに修正をしてもらいその他各部の締め付けも確認してもらいました。念のためにプラグも新品に交換しました。

決勝でこうならなくて良かった、ここまでくれば不安も無くなり次の予選に備えます。残りの予選はトラブルも無く非常に良いペースで走れ、またまたベストラップも更新でき14秒中盤が出ました。そして目標の17周も達成です。

初日からラップタイムが1秒近くも短縮できとても良い仕上がりで満足です。

すべての予選が終わり明日の決勝のためのメンテナンスをします。ベルトをすべて交換しギヤーも新品にその他消耗しているものは交換です。調整部分もベテランの方に教えてもらい何とか形になりました。遅くまでがんばったので時間が来てしまい残りは決勝当日にすることにしました。

予選結果も出て決勝の組み合わせも発表され全体の82位となり、これまでの努力を考えると上出来の結果です。

ドキドキの20分。選手権9日目

決勝は20分間で出走枠は1/64B組となり出番まで時間があるので昨日のやり残したメンテナンスの続きをします。

もう一度各部を点検して増し締めを行っていつものようにゲージを当てアライメントを調整します、マシントラブルが起きないようにこれ以上は無いくらいがんばりました。あと助手の方と作戦会議をしました。

20分間は結構タイヤに負担がかかるので出来るだけ温存したい。ウォームアップランでピットインの進入角度や給油の練習をしよう。そうすることでタイヤの温存もできる。そして給油は昨日からの燃費計測で4分ごとにしようと決めました。

決勝の組み合わせは厳しいものとなり、同組の選手は娘よりかなりラップタイムが速い人たちばかりでレース中追いつかれてしまうのでペナルティーを避けるためコースを譲りながら走らなくてはならず気を使います。何とか自分のペースで走ってほしいと願います。

決勝の出番がやってきました。ベルが鳴りコースインです。だんだんみんなも慣れてきてウォームアップランも作戦通りにできました。

いよいよ決勝レースがはじまります。娘は5番手スタート。決勝のスターティンググリッドに並び合図を待ちます、このときは本当に緊張します。各車エンジン音も最高潮に達します。カウントダウンが始まりグリッドへ車を置きます。一瞬沈黙してからスタートの合図がでると全車一斉に爆音と共に全力でスタート!

ドキドキのオープニングラップ。

いい感じで1コーナーを抜け2コーナーに進入したところで前を走っていた車が突然スピンをして直後を走っていた娘の車は追突してしまいました。
これは避けられない、悔しい!

その影響でなんだか娘の車の挙動がおかしくなりすぐにピットイン。急いで点検をしてボディの変形を直し応急修理をしついでに給油もしてレースへ復帰。必死で走っている娘がインカムで「まっすぐ走らない! けど何とかする!」とガッツを見せてくれました。あとは娘を信じるしかありません。これで給油のタイミングがずれたのでタイムスケジュールも変更しなくてはなりません。タイムキーパーの自分もモニターとストップウォッチをみくらべて娘にピットインのタイミングを知らせます。

娘はそんな車をがんばってコントロールしていましたが「あーっ!」とインカムから聞こえたとたんバックストレートでコースアウトしてしまい勢いがあったため何回転もしてかなりのダメージ。自力でコースへ復帰しましたがボディが外れてしまいこのままだとうまく走れないので修理のため何とかピットに戻って来ました。急いでボディを付け直しピットアウト、全開で戦線復帰です。

その後は運転の難しくなった車を一生懸命走らせ他車もうまくかわしつつ給油も練習どおり完璧にこなしこのレース6位でフィニッシュできました。「良くがんばった!」とインカムで娘に伝え、感動して泣きそうになりました。

これだけトラブルがあったけどきちんとレースができ、トップと6周差は立派な結果だと思います。自分たちのレースはここで終わりました。なんとこの日は夕方からバーベキューが始まりました。もちろん選手のみんなが参加して大賑わい。お肉もおいしく最高の締めくくりとなりました。

自分たちの世界選手権を終えて

海外の選手と話をしたり仲良くなったりとこれぞ世界選手権という体験もできました。レースのほうは総合順位が117人中83位で我ながら立派な成績だと思います。

世界選手権9回優勝の伝説的イタリアンドライバー、ランベルト・コラーリ選手との2ショット。とても気さくな方でした。

事前に練習はそんなにできなかったけどしっかりと準備をして挑むことが出来ました。なんといっても娘のガッツが大きく、日に日に調子が上がっていき良いモチベーションのまま決勝も迎えられあきらめることなく完走できました。とても良いレースが出来たと思います。本当に良くがんばりました。そして何よりこの期間たくさんの方にサポートをしてもらい、これが無ければまともに走れなかったと思います。運営もすばらしく、良い環境で過ごせ快適でした。

今回は人の温かみをとても感じた選手権だったと思います、手伝ってくださった皆様、応援してくださった皆様、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。こんなすばらしい経験はもう二度とないでしょう、いつの日かまた皆様と会えることを信じてがんばります!

菜々美選手の走りとインタビュー動画は、こちら と、こちら でCheck!
大会成績は、 こちら でCheck!

  • モノ・マガジン&モノ・マガジンWEB編集長。 1970年生まれ。日本おもちゃ大賞審査員。バイク遍歴とかオーディオ遍歴とか書いてくと大変なことになるので割愛。昭和の団地好き。好きなバンドはイエローマジックオーケストラとグラスバレー。好きな映画は『1999年の夏休み』。WEB同様、モノ・マガジン編集部が日々更新しているFacebook記事も、シェア、いいね!をお願いします。@monomagazine1982 でみつけてね!

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