アルファロメオ創立111周年
ジャの道は蛇?


アルファロメオ。それは熱血の証。なんて小っ恥ずかしいことを平気で書けてしまうオーラがこのブランドにはあるのだ。ブランド名に「ファ」の摩擦音(諸説あり)が入り、「オ」の母音で終わる。無駄にアルファロメオと何度も叫びたくなる言葉の音じゃないか。

 そんなアルファロメオの歴史は1910年に始まったというのが公式見解。前史として1906年にフランスの自動車会社、ダラックが自社のイタリア法人としてイタリアーナ・ダラックを立ち上げ、それに応じるカタチでミラノの企業家集団がその関連会社であるロンバルダ自動車製造株式会社(A.L.F.A)を設立したのがきっかけだ。しかしダラックの作るクルマは堕落っく(ダジャレで失礼)だったらしく、4年後の1910年にダラックはイタリア法人をA.L.F.Aに売却する。A.L.F.A社がここに自動車製造株式会社としてスタートするのだ。舞台なら拍手が起こるところだ。さて。ブランド最初のモデルは24HP。

エンジンは42PSを発揮する4リッターの直4。最高速は100km/h。クルマ自体は自転車のようなチェーンドライブが当たり前だった時代にプロペラシャフトを採用するなど時代を先取りしていた。ボディスタイルはオープンやリムジンなど顧客の注文次第。この24HPには今でいうGTAのようなモデル、コルサも作られた。このコルサを擁して1911年にはモータースポーツの世界へ。レースでは勝つことがそのクルマの性能、信頼性などをPRする絶好の機会。1913年には初のクラス優勝を果たす。

 1915年には実業家ニコラ・ロメオ率いる有限会社がA.L.F.Aの経営権を取得。A.L.F.Aの前オーナーと名称を巡っての争いがあり、1918年ニコラ・ロメオ自身の名前とA.L.F.Aを組み合わせた車両を販売、アルファロメオのブランドが誕生した。その最初のモデルは1921年に発表されたRLシリーズ。3リッター直6を搭載したエンジンは56PSを絞り出し、100km/h以上の最高速を誇った。このモデルにも高性能版たるコルサが作られている。これらのマシンを駆ってレースに参戦、1923年のタルガ・フローリオ(シチリア島での公道レース)では上位を独占。忘れてはイケナイ逸話として四つ葉のクローバーがある。この四つ葉のクローバーは幸運のお守りとして世界共通の認識らしく、優勝したマシンのボンネット先端にはそれが描かれていた。

このクローバーリーフはその後もクアドリフォリオとしてアルファロメオの車名に登場するようになる。ちなみにこの頃イタリアGPでの優勝を記念してエンブレムを月桂樹で囲ったり、フェラーリの創始者として有名なエンツォ・フェラーリもアルファロメオのワークスドライバーとして活躍した1人だったりと逸話は多い。

 さて1930年代のアルファロメオで試験に出そうなマシンが2つある。一つは8C。文字通り8cylinders、8気筒エンジン搭載車両。なおこの8C、ロングとショートの2種類のホイールベースのシャーシをセット販売していた! ワタクシ、長距離をこなすのでショート版はいらないよ、とか言えないのだ。さすが王侯貴族御用達。シャーシを買ったユーザーはボディや内装をアルファロメオ以外にも複数の架装会社から選択でき、レーシングモデルをロードモデルにしたクルマもあった。ちなみにこの架装会社、コーチビルダーとして名が通っていたのにピニンファリーナやザガートなど名門の名前もあった。ほぼ同じクルマはない世界なのだ。

写真は8C 2300ル・マン
写真は8C 2900B ル・マン

 参考書赤丸印のもう一台は6C。発表自体は1925年だが第二次世界大戦後まで作られる大ヒットモデル。その車両価格は一説によると当時のイタリア国内の平均年収の7、8倍という価格にもかかわらずこのモデルは売れに売れた。イタリアの自動車販売台数が数千台規模の時代というバックボーンで聞いていただきたいのだが、この6C、発表からわずか4年の間に2579台が販売された。その爆売れぶりがお分りいただけるかと。もちろん当時の顧客は貴族など限られた層だったが。この6Cも8C同様ベースはあっても一台一台ハンドメードの完全オーダー製。

写真は1929年製 6C Sport
写真は1931年イタリアのコモ湖畔で披露された6C 1750 GSTouring「フライングスター」
写真は1939年製 6C 2500コルサ
写真は1949年に世界一優美なクルマとされた6C 2500 ヴィラデステ

 第二次世界大戦後は少量生産の自動車メーカーから方針転換、量産車の開発・販売に力を入れ、1900シリーズをデビューさせた。この1900シリーズは量産車とはいえ「レースに勝てるファミリーカー」というアルファロメオらしいコンセプトで、事実タルガフローリオでも速かった。

写真は1900スーパースプリント

なお通好みなウンチクだが1900シリーズには1952年から54年にかけて造られた軍用車、1900Mもあった。

そして1954年には往年の名車、ジュリエッタがデビュー。
この辺りまで来ると車名がグッと身近に感じられる。そして1962年にはジュリエッタの「姉」でもあるジュリアがデビュー。

このジュリエッタ、ジュリアの話はここでは触れないが、それはもう好きモノに語らせたら、メカの話、モデル遍歴の話、登場する映画の話などなどたっぷり1晩はいけるウンチク盛りだくさんなのだ。ぜひコロナ禍が収束の暁にはワインを楽しみながら仲間と語っていただきたい分野でもある。

 さてページの都合時代は流れ1990年代に。なんだよ33とか75とかないのかよ! とのツッコミは何卒ご容赦くださいませ。閑話休題。日本での知名度をグン! と高めたのは1992年デビューの155だろう。

155はDTMやBTCといったツーリングカーレースでも強かったのだ。
1997年には155の後継、156がデビュー。このモデルの人気っぷりは日本市場だけでなく世界でも大ヒットした。
そして2021年。アルファロメオは創立111周年を迎えた。

111周年というと何か中途半端な雰囲気かと思われがちだが、ジツは違う。111は「未来」などを意味するラッキーナンバー。そこでアルファロメオは新しい歴史の始まりをコンセプトにオンラインイベントを開催。同ブランド公式アンバサダーとして俳優の西島秀俊さんが自身の体験を含めたアルファロメオライフを筆頭にトップモデルの冨永愛さんのトークがあったり、Kinki Kidsや嵐など数々のヒット曲を送り出してきたソングライター/プロデューサーのShusuiさんのパフォーマンスがあったりとクルマにどっぷりと浸かっていないのが特長。つまりクルマ好きでなくても楽しめるということ。これらは公式YouTubeで誰でも閲覧可能。

アルファロメオ
https://www.alfaromeo-jp.com/
アルファロメオ公式YouTube
https://www.youtube.com/user/AlfaRomeoJP
問 Alfa Contact 0120-779-159

  • 自動車ライター。専門誌を経て明日をも知れぬフリーランスに転身。華麗な転身のはずが気がつけば加齢な転身で絶えず背水の陣な日々を送る。国内A級ライセンスや1級小型船舶操縦士と遊び以外にほぼ使わない資格保持者。

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