ジープ80周年
戦場と悪路を駆け抜けたモノ語り


 ジープといえば、本格クロカン系4WDの代名詞である。例えば、筆者のようなボンクラが自称聖童と呼ばれた(編集部注:自称ですので)幼少のみぎり、街中を走るランクルを見ても「あ、ジープだ! 」というほどクロカン系4WDの総称としてジープ「タイプ」と呼ばれるほど認知度は高い。そんなジープは今年で80周年を迎えた。歴史上最初のジープはいわゆるMB型というヤツだ。

 第二次大戦中の1940年7月、アメリカ陸軍は小型偵察車開発委員会を設立、国内の自動車メーカー135社に車重が585kg以下、ホイールベース2030mm以下、重機関銃搭載可能といった具合に基準を設けて開発を要請した。当時は第二次世界大戦の渦中にあり、ヨーロッパではミリタリーファンにはお馴染みのドイツのキューベルワーゲンの特殊部隊が神出鬼没に出現し、連合国を悩ましていた。それに対抗できる車両の製作が急務であった背景がある。135社に要請を出し、応じられたのはアメリカン・バンタム、ウィリス・オーバーランド、フォードのわずかに3社で、実際にプロトタイプモデルを提供できたのはアメリカン・バンダムのみだった。要請からわずか1ヶ月半と言う驚異的な早さだったが車重が基準をクリアすることはできなかった。これを受けて、アメリカ政府と陸軍はウィリス・オーバーランドとフォードにも同様のプロトタイプの製作を指示し、アメリカン・バンダムのそれをベースに3社の長所を集めたクルマが完成した。これがジープの始まりだ。ウィリス・オーバーランドのそれをMB型、フォードのそれをGPW型という。

 クルマの基本構造はラダーフレームに前後のリーフリジットサスペンションと今でも悪路で無敵の構造を持ち、心臓部には2.2リッター直4のサイドバルブエンジン。最高出力は54PSと控え目だが、2000回転で14.5kgmの最大トルクを発生し、扱いやすさに配慮していた。もちろん過酷な環境でも使用でき、最大31度の斜面を登れるという。31度の斜面というとどのくらいか。スキーのジャンプ台が約35度、大回転の最大傾斜が36度くらいというからそりゃあもう、大変な急坂と思って間違いない。話は戻ってジープのネーミングだが、ウィリス・オーバーランドが商標登録しており、いつしかこちらのネーミングで呼ばれるようになった。なおこの由来については諸説ある。

 さて、そのジープの産みの親ウィリス・オーバーランド社が民生用として1944年にCJ(Civilian Jeep)型の開発を始めたのが今日、道路を走っているジープの始まりになる。それまでの軍用だと一般市民は買えない。欲しくても買えない。もしもこの民生用車がなければ今頃はマニアが富士の演習場で見てレプリカを作るくらいになっていた、かもしれない。

その初のモデルがCJ-2Aだ。

ここでファンには大事なポイント。このモデルから今に受け継がれるデザインアイデンティティ、セブンスロットグリルが採用されているのだ。ちなみにウンチクだがジツは軍用モデルで歴史上最初のジープはスロットが9本だった。時代は流れ終戦後、日本政府もジープの有用性に注目していた。1950年の警察予備隊の発足に伴い「ジープ」タイプのクルマの内製が必要になりトヨタ・ランクルや日産・サファリなどが誕生したのは周知の通りだ。また三菱はライセンス生産を始めたのも同様だ。

写真は最終モデル

本家のジープはその後、出力が向上した新エンジン採用のCJ-3B型が1953年にデビュー。またこの年、製造を担っていたウィリス・オーバーランドはカイザー(1945年-1970年にあったアメリカの自動車メーカー)に買収されている(その後AMC、クライスラー(後にダイムラー・クライスラーに)、FCAとオーナーが変わる)。カイザーはジープ商品力を強化すべく多くのモデルをリリースした。

1955年のCJ-5型は30年近く販売されるロングセラーモデルになったし、ピックアップやワゴンボディで、豪華SUVの元祖ワゴニアといったボディバリーエーションも豊富に。

1976年には大きく初のAT搭載などより快適になったCJ-7型がデビュー。

これは1986年まで販売されたヒットモデルになった。その後登場するのが初代ラングラーになる。ラングラーはジープの本家本元の直系になるのだ。

その少し前の1984年には日本でも大ブームを巻き起こした第2世代にあたるチェロキーがデビューしている。

そして90年代には10年間の累計販売台数が62万9000台を記録。2006年にはブランド初のコンパクトSUV、コンパスがデビューし、ブランド力を高めている。

昨今では2015年にコンパスよりも一回り小ぶりなレネゲードを投入、翌年には過去最高の販売台数、141万台を記録。

 さて。ジープのヒストリーとしてもう一つ大事なことがある。それはテストコースだ。一つはユタ州の南東部にあるモアブ。ここは街のあちこちがコロラド川の侵食を受けており、岩と赤土が入り混じって天然のテストコースとして知られる。イメージは古くて恐縮だが西部劇のロケ地風(実際にそうだが)の荒野だ。そしてもう一つはネバダ州からシエラネバダ山脈を越えてカリフォルニア州のタホ湖にいたる険しい花崗岩の道、ルビコントレイルだ。後者は驚異的な悪路として知られ、ブランドの「本気」モデルにはこの道のネーミングが与えられる。

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  • 自動車ライター。専門誌を経て明日をも知れぬフリーランスに転身。華麗な転身のはずが気がつけば加齢な転身で絶えず背水の陣な日々を送る。国内A級ライセンスや1級小型船舶操縦士と遊び以外にほぼ使わない資格保持者。