スタッフの 「言葉にできない」から考える味のキモ “感覚” とは? 宝華物語#2

2021.10.29

東京・多摩地域発祥の麺料理「油そば」。その草分けと知られる東京・小金井市にある中華料理店・宝華で、伝説的油そば「宝そば」を創りだした創業者の”マスター”こと小榑務さんがひときわ大切にしていたのはお客さんとのコミニケーションだった。

「ごちそうさまでした!」と、大きな声が常連さん家族の子どもさんから厨房に響く。スタッフは元気いっぱいに「どうもありがとうございます!」。店内にいる全員が、その光景に暖かい笑顔を向けるなんとも幸せな空間だ。“マスター”はとにかく人を喜ばせたかった人だったのだろう。栄養のあるものをたっぷり食べて元気になって帰ってほしい。そんな想いを料理と自身の人柄で精一杯伝えていたのかもしれない。

これは宝華では日常茶飯事の風景だが、そんな日々を紡いでいくうちに、宝華とお客さんひとり一人に特別な物語が生まれていく。それは”マスター”がいなくなった今でも。

“マスター”が永眠したのは4年前のこと。スタッフからもお客さんからもみんなから愛されていた大きな存在だった。だからこそ、お店の今後には不安がよぎる。でも現在の宝華の女将であり”マスター”の奥様である“ミカさん”こと小榑美加さんは、「この店を守ってくれるお客さんがいる。それに”味を守ってくれる人”がいるからね。大丈夫」。

偉大なる“マスター”の後を受け継ぎ現在、宝華の総料理長として腕をふるっているのが”アキさん”こと添田晃弘さんだ。

「マスターからなにかを教えてもらったとかはとくにないんですよね(笑)」

”マスター”の甥っ子にあたるアキさんは、もともと建築業界で働いており、飲食業はまったくの畑違いだったが、”マスター”からの熱烈オファーを受け、29歳で意を決して宝華の門を叩いた。

「もちろん、建築の仕事も好きだったけど、そのときが人生の別れ道でしたね。マスターのことがひとりの人間として大好きだったし、こんなに行列ができる人気店に成長させて、単純にこの人カッコいいなと思っていたんです。シンプルに自分もこんなお店で働いてマスターみたいな人になりたいと思ったのがきっかけですね」

以来、ずっと”マスター”の隣で鍋を振り続けた。営業前の朝早く、営業終了後の夜遅くに必死で味と技を覚え”マスター”にその腕前を認めてもらうまでには2年ほど費やした。驚くことに、”マスター”が生み出した膨大な数のメニューのすべてには、しっかりとしたレシピがあるわけではない。ならばどうやって覚えるか。すべてが感覚。”マスター”の教え方は、見て、食べて、覚えろ、というのだ。

「肉野菜炒めでも肉茄子炒めでもそうですが、この“ツヤ”を出せとか、炒飯はこの“色”だとか、ね」。料理がどのレベルまで達しているかどうかは、味見では決まらない。

「味とかではなく、”色”とか”ツヤ”でよく指摘されていたんですよね。例えば、オタマでタレをとるときにしても、さじ加減で多い少ないっていうのがマスターにはわかってしまう。そうすると、味見をするまでもなくやり直しとなるわけです」

この職人的な”感覚”は、宝華の看板メニューである「宝そば」をつくるときの麺上げでも同じこと。最近では鍋のなかで麺を茹でる際に、あらかじめ1人前量ごとに小分けしたカップ状の網”テボ”を使用する店が多いが、宝華ではあえてテボを使わず、たっぷりとお湯の入った大きな鍋全体を使って麺を自由に泳がせ、麺上げの際には昔ながらの平らな麺網を使っている。麺のまわりに付いている粉が洗い落とされ、均一に火が通った麺本来の味に茹であげることができるからだ。

一度に複数人前の麺を茹でる際には、目分量で麺ひと玉ずつを麺上げしていくが、ひと玉ずつ正確な量をすくいあげるのも熟練職人ならではの感覚が必要。宝華にはアキさんのほかにも麺上げ職人と称されるスタッフがいるが、きっと彼らに言わせれば、なぜ、平網を使うのかと問われれば、麺がいい色艶に茹であがるからね、となるのだろう。

この理屈抜きの感覚的な所作こそが宝華、ひいては”マスター”がつくりだした味のキモなのかもしれない。もちろん、開発した”マスター”自体には理想の味に仕上げるための方法論とその根拠、理由などはあったに違いないが、それを後輩たちへはあえて感覚的に伝えていたということになる。なんとも深い話ではないか。 #3へ続く


宝華
東京都小金井市東町4-46-12
Tel/042-386-5355
営/ 平日11:30-15:00、17:00-21:00 土日祝11:30-21:00
月曜定休
創業50周年を記念して10月29日、30日、31日の3日間限定で定番メニューの「宝そば」「炒飯」「餃子」「ラーメン」の4品を500円で提供!
https://www.k-houka.com/


  • いま日本のいろいろなカテゴリで生まれている新しいコト・モノ・ヒトに興味津々なフリーライター。趣味はハミガキ。プライベートでは最近わが家に迎え入れたデグー(♀)に癒され中。