Re:STYLING MONO #46 まだ人間工学という言葉がなかった頃にデイパックを生み出し、若者の間に一大ムーブメントを引き起こした「ジャンスポーツ」

#46 ジャンスポーツ


ヒッピーカルチャーに大きな影響を与えたビート・ジェネレーションの名著「路上」で描かれる“放浪”の価値観は、カウンターカルチャーの成立に欠かせない思想となった。その影響力が世界中に及んだことはいうまでもない。著者のジャック・ケルアックと友人のニール・キャシディをモデルにした二人の登場人物が1940年代~1950年代のアメリカを放浪し、まだまだ保守的な価値観が支配していた時代において、若者を中心に大きな思想的変化を呼び起こしたのである。以降の時代で、世界中を旅することは就業前の若者の特権となった。つまり、現代で言うところのバックパッカーの源流は一冊の小説から始まったわけだ。

そして、そんなバックパッカーの語源となった背中のパックにも知る人ぞ知る源流がある。アウトドアの世界では伝説的人物として知られるスキップ・ヨーウェルを中心とした『ジャンスポーツ』が生み出したアルミフレームを採用したバッグがそのひとつであり、同時にあのデイパックもこのブランドから誕生していることを、読者諸兄はご存知だったろうか?

80年代、ジャンスポーツはキャンパスで学生が教科書を持ち歩いたり、一日分のアウトドアギアを詰め込んで出かけたりするのに便利な「デイパック」と呼ばれるコンバーチブル仕様の小型バッグを開発して大ヒットさせた。これが「デイパック」の始まりである。

1980年代の半ばくらいからだろうか、アウトドア用品のハイテク化が進んだのは。アメリカは宇宙開発や軍事用品の研究で常に世界をリードしており、その技術は間を置かずに民間へとスピンオフされる。素材とデザインの急激な進化はそれで歓迎すべきものではあるのだが、一方では、アウトドアが本来持つべき精神性、たとえばコリン・フレッチャーが提言した「クワイエット・スポーツ」のような考え方が忘れられていくのは寂しい限りだ。ジャンスポーツのライトパックシリーズはそんなアメリカのアウトドアシーンがコンセプチュアルだった時代を彷彿させるクラシックなデザインが魅力。デイパックの最も基本的なスタイルがそこにある。

“人間工学”という言葉がまだ一般的ではなかった時代、ジャンスポーツは身体のラインに沿った曲線的なアルミフレームの開発に成功した。それはアジャスタブルアルミフレームと呼ばれ、以降のアウトドアバックにおいて定番のシステムとなった。

タイガーオレンジ
タローティール
エレクトリックパープル

定番のデイパック「ライトパック」シリーズ。アメリカのカレッジでは誰もが持っているほど人気のアイテム。

スウェードのボトムは創業以来のスタイル。古着とのコーディネートに最適なクラシックなカラーがいい。

ブラックナチュラルストライプ・デザインのライトパック。内側に15インチまでのPCを収納できるスリーブを搭載。時代の要求に則したデザインでありながら、アメカジ感たっぷりのヒッコリー・パターンが嬉しい。

特徴的なU字型のジッパーに独特のカラーとデザイン。初期のデイパックはこうだった

 オックスフォードのボタンダウンシャツにクルーカット、手にはブックバンドで固定した教科書を持ち、颯爽とキャンパスを歩く学生が、アメリカの大学から消えたのは1960~1970年代のことだった。代わってキャンパスの主役となったのは、ジーンズ姿で反戦を叫び、ロックミュージックに歓声を上げる長髪の学生たち。ブックバンドの代わりに、教科書はバックパックに入れて、いつでも放浪できそうなスタイルだった。50年代に萌芽し、60~70年代に花開いたカウンターカルチャーは、やがて世界的な広がりを見せるようになる。1969年のウッドストック・コンサートはその象徴的な出来事で、社会を牛耳る大人たちではなく、若者だけで数十万人の集客を実現させた事実は大きな価値観の変化を世に知らしめた。そのウッドストックの2年前となる1967年、オレゴン州の大学生であったスキップ・ヨーウェルと従兄弟のマレー・プレッツによって『ジャンスポーツ』は誕生した。

 スキップ・ヨーウェルは同社創業時の思い出として「とにかく普通の会社で働く気はまったくない学生だった」と後年語っている。学生時代の彼は、ヒッピーとしてアメリカ中西部を中心に放浪を繰り返し、何とか自分の好きな“遊び”である、アウトドアへの情熱を活かしたビジネスができないかと思っていた。そこで従兄弟と一緒に起業することを決意し、地元シアトルにある叔父の経営する変速機の店の2階で事業をスタートさせた。ただ、自分たちのビジネスにはアウトドア用のバッグを縫製できる人物が必要で、偶然にもマレーの恋人がミシンを持っており、パターンを引くのも得意としていたので、マレーは恋人のジャン・ルイスに「もし僕と結婚してくれたら君の名前を会社につけるよ」とプロポーズ。それが『ジャンスポーツ』の社名の由来となった。ドラマの脚本に使用できそうな逸話である。

 やがて、工学系の才能があったマレーはバックパッキング用のアルミフレームを考案する。そのフレームはアルコア社(海軍とエメコ社との共同研究で世界初のアルミ製チェアを開発したアルミニウムメーカー)が主催するコンペにおいて「ベスト・ユーズ・オブ・アルミニウム賞」を受賞。背骨の湾曲に沿って設計された曲線を持つフレームは“アジャスタブルアルミフレーム”と呼ばれ、それを採用した製品「アルミエクスターナルフレームバッグ」は、アウトドア業界において一躍有名になる。人間工学などという言葉がまだ一般的でなかった時代の話である。しかも、機能優先でデザインは地味になりがちだったアウトドア用品の世界で、スキップ・ヨーウェルはナイロン素材に赤や黄色のポップカラーや、フラワームーブメントを象徴するような花柄のプリントなどを大胆に採用し、その革新的な色使いも大きな注目を集めた。

カウンターカルチャーの匂いがぷんぷんと漂う、スキップの半生記は一読の価値あり

 80年代に入ると、アウトドア業界ではインターナルフレームバッグがメジャーとなっていたが、彼らはキャンパスで学生が教科書を持ち歩いたり、一日分のアウトドアギアを詰め込んで歩き回ったりするのに便利な「デイパック」を開発。このコンバーチブル仕様の小型バッグは、雨の多いシアトルの学生たちのために開発されたものだったが、やがてあちこちの大学のブックストアに置かれるようになり、大ヒット商品となる。その後、世界中の若者から圧倒的な支持を集めたモデル「Su
perBreak/スーパーブレイク」が誕生。スクールバッグの定番として、全米の若者を魅了した。1990年にはコーデュラ素材のボディにスウェードのボトムを採用したデイパック「ライトパック」を発表し、こちらも同社を代表する人気モデルのひとつとなった。また、登山家のルー・ウィテッカーは1982年、チベット側からエベレスト登山に挑むことになり、どんな荒天にも耐えうるテントが必要となった。彼がエベレストに到着しテントを張った初日、時速300マイルの強風に襲われた。しかしルーが持っていたジャンスポーツのドームテントは、彼らをシェルターのようにしっかりと守った。これが現在、登山に使われる特殊なテント・デザインの始まりとなった。

 現在、ジャンスポーツが目指すのは、若者たちのライフスタイルに寄り添ったアーバンアウトドアな製品開発。本格的なアウトドアでも、タウンユースでも使用可能なコレクションや、昨今のデジタル文化を反映したデジタルコレクションなども製品に加えて、進化を続けている。その進化が一朝一夕で終わらない理由は、同社が積み重ねてきた挑戦的な製品開発の歴史。前述の人間工学に基づいたアルミフレームや、初めてバックパックにジッパーを採用するなどの先進性に加え、いまでは当たり前であるU字型のジッパーを採用したダッフルバッグや、PUやレザーをボトムに採用したデザインなど、卓越したアイデアを積極的に製品に反映してきた歴史があるのである。現在では創業当時の秀逸な製品を忠実に復刻したモデルなども販売され、当時を懐かしむ層だけではない幅広い年代に支持されている。デイパックという便利なツールを世に送り出してくれたジャンスポーツというブランドに、あらためて敬意を表したい。

 ジャンスポーツを語る上で欠かせないのが、共同創業者であるスキップ・ヨーウェルの伝説的な活動の歴史。アウトドアへの愛に満ち溢れたヒッピーな半生記は一冊の本にもなっている。

フラワームーブメントの時代とデザイン


 ジャンスポーツが誕生した時代のアメリカは、長引くベトナム戦争への厭戦感が高まり、その不満は抗議活動だけではなく、芸術や文化にまではけ口が広がった。愛と平和をスローガンに掲げたフラワームーブメントもそのひとつで、花柄のデザインは当時、若者を中心に世界中へと広まっていった。70年代ファッションを語る上でも欠かせないムーブメントだ。そんな象徴的なデザインを最新のテクノロジーを持つ製品に採用したのは、感覚的には非常に進んだものだったはずで、ヒッピーカルチャーに傾倒、そして実践していた創業者たちの思いが伝わってくる。

SKAGIT
カラー=ニューストームグレイ・オプティマスグレイ/EVA成型のショルダーストラップや夜道での安全を確保する反射板など、最新のハイテク系デイパック。
SLACKER
カラー=ハムスターブラウン/ユーズド感にあふれたストーンウォッシュ加工キャンバスのボディは、古着とのマッチアップも最適。太糸のステッチもデザイン的に斬新
SUPER FX
カラー=ホワイト・フェイディド・スターズ/「スーパーFX」シリーズのデイパック。間口の広いコンパートメントや、クッション性に優れたバックパネルなど、使いやすい作り。ユーズド感たっぷりのデザインがいい。
LANTERN
カラー=ブラック/ジャンスポーツには珍しい機能性の高いトートバック。コードロック付きのドローコード仕様で、絞れば中身が見えない。15インチのラップトップの収納も可能。
FIFTH AVENUE
カラー=スウェーディッシュブルー・ピンクチューリップスプレイガン/旅行時や移動時に便利なウエストポーチ。
FIFTH AVENUE
カラー=ピンクプレップヒッピースキップ/60~70年代当時に流行したタイダイを連想させるデザイン。
SKI&HIKE
カラー=フラワーパワー/編集部最注目のフラワームーブメントなデザイン。アメカジ系ファッションとのコーディネートはもちろん、アウトドア系でもお洒落な組み合わせになるはず。

初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2013年3-16号


Re:STYLING MONOのイントロダクションはこちらをご覧下さい!

  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。