Re:STYLING MONO #41 今やファッションの定番となっている海軍用の防寒コート『ピーコート』の歴史を紐解く

#41 ピーコート


海軍用の防寒コートである『ピーコート』は、いまや多くのアパレルが独自のデザインでラインナップに加えている。しかし、どれだけ大胆なデザインを施しても、ピーコートのスタイルに大きな変化は見られない。18世紀に誕生し、19世紀になって現在の形になったときから、そのデザインは完成されていたのである。水先案内人を英訳すると「PILOT」となるが、その頭文字をとってその名が付いたとか、あるいはオランダ語の「修道服」に当たる言葉の頭文字からそう呼ばれるようになったなどなど、ピーコートに名前の由来は定かではない。ヒップ丈のダブルブレストというスタイルは、海軍や船乗りだけではなく、学校指定のスクールコートやファッションの定番として、すっかり定着しているのである。オーソドックスだけどコーディネートに困らないピーコートの魅力について探っていくことにしよう。

ピーコートと言えばアメリカ、という連想がなされがちだが、実はアメリカ海軍がユニフォームとしてピーコートを採用したのは19世紀後半。ヨーロッパ各国の海軍に倣って導入されたのであった。

ピーコートを語る上で欠かせないのが「ネイバルクロージングファクトリー」の存在。これはニューヨーク・ブルックリンにあったネイバルヤード内のクロージングファクトリーのことで、アメリカ海軍が作戦を展開するために必要となる物資を補給する兵站部で、ピーコートは生産されていたのである。設立は1898年。後にカリフォルニアのネイバルヤードでも生産は行われた。したがって「ネイバルクロージング」はブランド名ではなく、「官製」という意味。ここで紹介しているピーコートはアメリカ海軍が下士官用のコートとして採用した1910年代のものの復刻版である。

1910年代のピーコートの特徴は高密度の分厚いメルトンウール素材であることと、アメリカの国章を表す13個の星が刻印されたアンカーボタンが付くこと。この13個の星は、1777年のアメリカ合衆国独立時の州の数が13であったことに由来している。

大型の襟は海上で作業する際に襟を立てて顔を覆うための防寒・強風対策のためのデザイン。
何重にもミシンが掛けられた裾の裏側。長年使っても糸がほつれたりしない、丈夫な作りがミリタリークロージングならでは。
ベントの裏側も丁寧な縫製。
裏地はレーヨン製のサテン地が採用されている。
縦にスリットが入ったポケットはハンドウォーマーとして機能する。

ピーコートの歴史。


 文献によるとヨーロッパでは1720年頃には“ピーイエッケル”という、船員や漁師が着用するウエアがあったらしい。19世紀に入ると、その機能に目をつけた海軍が多少の手直しをして『ピーコート』が生まれた。ヨーロッパ各国の海軍やアメリカ海軍が水兵用の防寒着として導入し、海軍ユニフォームとしてのイメージが定着していく。そのスタイルはヒップ丈でダブルブレスト(両前あわせ)のウールコートで、錨のマークが入った大型のボタンを使用。襟は開襟と折り襟の両方で使用できるコンバーチブル式。サイドにハンドウォーマーのポケットが付く、という基本デザインだった。いまとほとんど変わらないデザインである。

 このコートが一般に普及したのは第二次世界大戦後。放出品として大量のピーコートが出回った。何しろ、戦時中のアメリカ海軍の生産力は非常に高く、ブルックリンにあったネイバルクロージングファクトリーでは、1942年当時で1日に1万4000着以上のユニフォームを製造する能力があったという。ピーコートに限れば、生地に水を通して行う防縮加工も含めて、1日に700着を縫い上げたという数字が残っている。余剰で生産された莫大な量のピーコートが終戦と同時に放出されたわけだから、一般への普及も早かったと推察される。同時に、一部は囚人の防寒作業服としても使用されていた。映画の中でもそれは確認できる。クリント・イーストウッドの「アルカトラスからの脱出」(1979年)で、イーストウッドを始め何人かの囚人が着用している。

 ピーコートは時代と共に、細かな仕様やデザインの変更がなされている。1910年頃のボタンには13個の星が付いたものが採用されていたが、後年その星は消され、錨にかかるロープを太くしてデザインのバランスを取ったものもある。また、第一次世界大戦当時のフラップ付きのウエストポケットもその後は廃止され、着丈も徐々に短くなっている。しかし、デザインがまったく変わっていない部分もあり、それが大きな襟の部分。防寒・防風の機能を持たせた大きな襟は欠かせないものであり、コンバーチブルカラーであることもピーコートの定義になっている観がある。襟止めのボタンは決して飾りではなく、重要な意味を持つものなのである。

 伝統的なものもあるのだろうが、アメリカ海軍は非常にスタイルに敏感な軍服を作り続けている。泥まみれの陸軍とは違い、立ち姿にさえも規範がある。ピーコートにもそれはあって“胸で着る”ことが伝統になっているのだそうだ。

イギリス海軍に倣ったアメリカ海軍のピーコートには厳格な仕様書があり『コートに使うボタンはファウルアンカーにすること』となっていたそうだ。ファウルアンカーとは、鎖やロープが絡まった錨のマークのことで、ピーコートといえばこのボタンである。

ブルックリンのネイバルヤード内に置かれたクロージングファクトリーでピーコートを製造している様子を捉えた貴重な記録写真。最終点検の作業風景か。

1940年代のネームラベル
1910年代のネームラベル
1920年代のネームラベル
着用者の名前と階級が記されている。1940年代
ステンシルされた軍の管理番号
1930年代のネームラベル

NAVAL CLOTHING FACTORY
Type PEA COAT

1910年代の古き良きピーコートを再現した一着。クラシカルな13スターボタンや厚手のメルトンウールなど、徹底的にこだわった作り。定番のワードローブとして一着は持っていたいもの。

ファウルアンカー(からみ錨)ボタンはそれぞれの国によってデザインが異なる。しかし、国は違えど、ロープが絡まった錨のマークというのが同じなのは、面白い発見だ。
左から、USA、FRANCE、E.Germany


初出:ワールドフォトプレス発行『モノ・マガジン』 2012年12月16日号


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  • 1982年より㈱ワールドフォトプレス社の雑誌monoマガジン編集部へ。 1984年より同誌編集長。 2004年より同社編集局長。 2017年より同誌編集ディレクター。 その間、数々の雑誌を創刊。 FM cocolo「Today’s View 大人のトレンド情報」、執筆・講演活動、大学講師、各自治体のアドバイザー、デザインコンペティション審査委員などを現在兼任中。

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