

犬の鋭い臭覚、鋭敏な聴覚、視力、そして俊敏な身体能力と持久力。犬には優れた能力が備わる。そうした資質を生かすべくさらに訓練を重ねたうえで、人は犬を戦場に連れ出してきた。それと同時に、軍での仕事を任された軍用犬ばかりが、戦場にいたのではない。戦争という非日常の場で、意外な感もあるが、マスコットとして兵士と行動を一緒にする犬がいた。
写真/US Army, IWM 文と構成/ワールド・ムック編集部


犬には、いくつかの優れた能力がある。臭覚は人間の約100万倍といわれる。そこを見込まれて、麻薬捜査にあたっている。スーツケースの山を嗅ぎ回って、問題があるバッグの脇にステイする。ニュース映像でおなじみの姿だ。
耳もいい。聴力は人間の約4~10倍ある。人には聞こえない高い周波数の音が聞こえる。低い音と小さな音も、聞きつける。音が発せられている方向を、判断する能力も人間の倍だ。人が16方向程度を聞き分けるとしたら、犬には32方向の音の発生源が分かる。
暗い場所での視力と瞬発力、持久力などの運動能力の面でも優れた資質をもつ。訓練次第でそれらの能力はより高められる。その点に注目して、軍隊が犬を使った。それが軍の犬、軍犬だ。
第1次世界大戦時に、犬を利用したのはドイツ軍とフランス軍が早かった。一度に大量の弾をはき出す機関銃と戦車が投入された戦争では、兵士はたこつぼを掘って身を守った。その戦場で、犬は身体にくくりつけたバッグに弾薬を入れて運び、通信手段を失って孤立した部隊に伝令役として走った。傷つき倒れた兵士を、味方の陣地まで引きずって戻る仕事をこなした。
第2次世界大戦になると、アメリカ軍も犬を本格的に使い始めた。当初は、訓練施設が未整備だっただけでなく、軍犬にする犬を集める段階からして民間頼りだった。ドッグ・フォー・ディフェンスの呼びかけで集まった犬種は、30種を越した。牧羊犬、番犬、猟犬、羊を守る犬、作業犬など種類によって、犬には際だった性格がある。そこに30種の犬が集まっては、訓練もままならない。のちにジャーマンシェパード、ベルジャンシープドッグ、ドーベルマンピンシェル、コリー、ジャイアントシュナウザーの5種に落ち着いた。
民間主導の軍犬リクルートから、軍がイニシアチブをとる体制へと移行したのが1942年である。クオーターマスターに属すK-9部隊が発足した。軍に入った犬は、「座れ」「待て」「来い」の基礎訓練を受ける。そののち専科コースに分かれた訓練を経て、歩哨犬、斥候と偵察犬、伝令犬、地雷犬として働いた。たとえば地雷犬は、金属と非金属製の性質の異なる2種類の地雷発見訓練ばかりでなく、地雷につながるワイヤーも探す訓練をした。今では地雷探査は機械で行なうが、犬たちは戦闘中に地雷を探せという難しい命令をあたえられた。どれほど厳しい訓練だったのかは、容易に想像がつく。
訓練が必要だったのは、彼らを担当するハンドラーも同様である。現在は、軍犬の訓練は、通常生まれてから18か月後からスタートする。ハンドラーとの絆は、昔も今も大切な学習の一部だ。それがあるからこそ、犬の能力を最大限に引き出すことができる。また自分だけの命令に応えるように、ペアとしての訓練は重要だ。





米陸軍降下部隊のスクリーミングイーグルは、ベトナム戦争当時、軍用犬を伴った作戦を実施。

















































兵士には除隊や退役の選択肢がある。
それが、軍用犬にはあたえられていなかった。
戦争で必要がなくなったものは、
軍は余剰品として処分する。廃棄されるのだ。
軍犬は殺処分された。軍犬は物品扱いだったのだ。
犬はモノではない。命あるいきものである。
かといって、軍隊で訓練に訓練を重ねて
身につけた行動スタイルのまま、普通の生活には戻れない。
訓練を解除する訓練が必要だった。
「安全な犬」に戻るためである。
こんなややこしい手順を踏んでまで、
軍が犬の余生を慮るとは、とうてい考えられない。
それが2000年までの実情だった。
今は、資格を持つハンドラーが、軍用犬を
引きとる選択肢が認められている。