[ミリタリーウオッチ]ベトナム戦争の軍用腕時計

ベトナム戦争の軍用腕時計ベトナム戦争の軍用腕時計

腕時計が戦場に出たのは、19世紀末に戦われたボーア戦争だとされている。第1次世界大戦で空に飛行機が飛ぶようになると、時計の重要性はさらに高まった。航空ナビゲーションに時計は、欠かせないツールだったからだ。それ以降の戦争でも、時計の重要性は常に高いままだった。そもそも、時計といえば貴重品のなかの貴重品。精密機械は丁寧に扱う。これはもう固定概念であり、絶対に崩れないルールであり、世界共通だった。
だが、変化はやってきた。ベトナムで戦われた戦争で、初めて時計は、使い捨てられた。どこを探しても、捨てる発想はなかったはずの時計を捨てたのは、アメリカ軍だった。

時計を使い捨てた戦場。それがベトナム戦争だった。

ベトナム戦争時、時計は使い捨てだった。

ベトナム戦争が始めた“ディスポーザブル”時計の正体

日常生活はもとより、第2次世界大戦以降の戦争で、もっとも数多く使われてきた軍用時計はフィールドウオッチである。
特殊な機能を持たない、ごく普通の時計である。軍における呼び名も地味である。「ジェネラルパーパス」、汎用時計である。
華々しくもないし、ドラマチックでもない。
けれどここで、考えておくべき点がひとつある。
この時計の最大のユーザーは、歩兵である。
彼らがこの時計を使う場所は、フィールドである。
いうまでもなく、彼らにとってのフィールドとは戦場である。

軍が使う「ごく普通の時計」とは、非日常の極みであるバトルフィールドを日常にしている時計ということになる。
ベトナム戦争でアメリカが使った軍用時計の中核はMIL-W-46374によるフィールドウオッチである。この時計のミルスペック初版は、アメリカがベトナム戦争に本格介入する1965年の前年に発効している。まさにベトナム戦争のために規格化されたミリタリーウオッチなのだ。この時計が画期的だったのは、ミルスペックに「ノンメンテナブル」であり同時に「ディスポーザブル」であると規定されていた点にある。

アメリカ軍は時計を「修理もせず、使い捨てる!」と、宣言したのである。

厳密にはミルスペックではタイプとクラス別の規定がされており、すべてが修理ができず、使い捨てる時計だったわけではない。またインパクトが強い「使い捨て」の語が一人歩きしてしまった部分もある。「ディスポーザブル」とは「捨ててヨシ」ではあるが、文字盤と針に使われている放射性物質が環境に負荷をかけないレベルを保証されているので「捨ててヨシ」なのである。

ベトナム戦争はヘリコプターの戦いでもあった。
ベトナム戦争はヘリコプターの戦いでもあった。かつてない程投入され目覚ましい活躍をみせた。
ベトナム戦争に参戦した韓国軍の特殊部隊

写真はベトナム戦争に参戦した韓国軍の特殊部隊。ジャングルの奥深くに潜入する兵にとって時計は重要だった。

MIL-W-46374によって生産された初期のロット

MIL-W-46374によって生産された初期のロット

上の時計と同じベンラスのMIL-W-46374によって生産された腕時計でも、(NON MAINTAINABLE)に代わって、(DISPOSE-RAD-WASTE)の刻印に変わっている。タイメックスも同じ刻印だが、ウエストクロックには刻印されていない。MIL-W-46374Aのスペックによって生産されたハミルトンの金属製ケースの腕時計には刻印がない。

MIL-W-46374によって生産された初期のロット

 

MIL-W-46374は1964年に発効した版をゼロベースとして、1999年のG版まで改定を重ねてきた。同年MIL-PRF-46374になり、2016年の現在もなお現役でフィールドに出ている。時計の上ではベトナム戦争のジャングルと湾岸やアフガン、イラクの砂漠はつながっている。地つづきなのだ。MIL-W-46374につらなる時計が、現代ミリタリーウオッチの基本形と呼ばれる理由がここにある。

ではここから時計の原点を探すと同時に、第2次大戦からベトナム戦争までの米軍ミリタリーウオッチの流れを確かめておこう。そのパースペクティブがあれば、ベトナム戦争が求めた時計の本当の意義がつかめる。

時計を使い捨てる。いくら消費大国のアメリカであっても、これは衝撃的だった。

ベトナム戦争から湾岸、アフガンとつながる
ベトナム戦争から湾岸、アフガンとつながる
ベトナム戦争から湾岸、アフガンとつながる

VIETNAM CHRONOLOGY
MIL-W-46374(NV)

MIL-W-4637(NV)のミルスペック。図版4で現代の仕様及び刻印に関する情報が記載されている。1961年頃から検討された使い捨てウオッチのスタートだった。

MIL-W-4637のシリーズは改訂を重ねて、OからGまでミルスペックが発行されている。それぞれの時代によって表示されるべき仕様が示されている。

MIL-W-46374B

時計はそれまで一貫して、貴重品扱いされる筆頭だった。どんな時計を身に付けているかで、人となりを表現できるアイテムだった。「人は時計だ」といっても、さほど大げさではないライフスタイルアクセサリーだったのだ。そんな時計に「捨てる」という選択肢を導入するために、軍では少なくとも1961年には使い捨て時計の検討を始めている。

MIL-W-46374Bベトナム戦争に従軍した兵士が、戦後もキープしていた戦争の記念品。カメラやヘルメットとともに、個人にとり、時計は大切なメモラビリアである。

「陸軍用ノンメンテナブル腕時計のサンプル6本の開発にかかわる評価」と題された報告書が、1961年5月15日に提出されている。報告書作成担当部署は、フィラデルフィアにあったフランクフォードアーセナルである。テストのために用意された時計は以下のとおり。石なしムーブメントの時計を各10個。1石のムーブメントの時計を1個。7石のムーブメントの時計を2個。7石のムーブメントで、自動調速機能を持つ時計を1個。17石のムーブメントの時計を1個である。テストの数値データは一覧表にしてまとめられた。

MIL-W-46374Bベトナムのジャングルで戦う兵士たちにとって水は命綱だ。山岳地帯のベースには毎日水がヘリで運ばれた。

物資輸送はもとより、軍の行動は時間というグリッド上で動く。

物資輸送はもとより、軍の行動は時間というグリッド上で動く。

MIL-W-46374B, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE,

TIMEX
MIL-W-46374B, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, MAR 1982
タイメックスが、ディスポーザブル時計をつくって、軍に納入を開始したのはベトナム戦争が終結した後だった。調達された数が少なく、今となっては貴重だ。

MIL-W-46374B, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE,

MIL-W-46374A, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, SEP 1970

HAMILTON
MIL-W-46374A, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, SEP 1970
一般に「ベトナム戦争ウオッチ」と呼ばれるMIL-W-46374のなかにも、ハミルトンのようにステンレススチール製のタイプも調達されていた。

MIL-W-46374A, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, SEP 1970

この報告書自体に生データの数値や表は添付されていない。だが、個々の時計の読み取り数値の差異とそれらの中間値、気温の変化を受けたことによる変動幅、磁場と衝撃と震動、高温と低温による環境変化にさらされた時に生じる時計精度への影響が記録された。それらは平均日差、日差の標準偏差、等時性の数字となって一覧表にまとめられた。

MIL-W-46374A, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, SEP 1970

WESTCLOX
MIL-W-46374A, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, SEP 1970
故障したら修理不可の時計は、ベトナム戦争以前から存在した。ウエストクロックにはこの種の時計を量産してきた背景がある。

MIL-W-46374A, WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, SEP 1970

MIL-W-46374,WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, MAR 1970

BENRUS
MIL-W-46374,WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, MAR 1970
これがいわゆるゼロベースのMIL-W-46374にしたがって、プラスチックケースを使って製造された「ベトナム戦争ウオッチ」だ。

MIL-W-46374,WATCH, WRIST, GENERAL PURPOSE, MAR 1970

アメリカ軍では、ひとつのスペックが新しく作成されたり、もしくは更新されると、前任者にあたるスペックが存在しているなら、その番号も新スペックに併記する。ベトナム戦争で使い捨てにされた時計のミルスペックMIL-W-46374には、引き継ぐべきスペックが2つあった。ひとつはGG-W-113であり、もうひとつはMIL-W-3818である。

前者は正式にはフェデラルスペシフィケーションであり、政府のいわば事務方の人間が使う時計だった。したがって、ミルスペック的にはMIL-W-3818がMIL-W-46374の前任者ということになる。

MIL-W-3818 のスペックが発行されたのは1952年10月24日であり、第2次世界大戦以後の時計である。このスペックがカバーするのは、アメリカの陸海空軍の「ゼネラルパーパス」用の時計だった。最初のスペックでは、スモールセコンドのムーブメントが使われていた。これではハックして、部隊の人員が時間をシンクロすることはできない。修正文書1号が1953年10月26日に出て、中央3針となる。ハックできる機械になった。もっともタイプAからタイプEまであるなかで、タイプAが「スモセコ」であり、消滅したわけではない。

MIL-W-3818 のスペックが発行されたのは第2次世界大戦以後

この時計で特徴的だったのは、ブラックの文字盤で、そこにレイルロードトラックと呼ばれる分表示が採用されていた点だ。また数字表示に使われていたフォントは、この時計独自のものだった。MIL-W-46374にも、その影響は見てとれる。

この時計は、MIL-W-46374で使い捨てになる直前にいた時計である。用途は「ゼネラルパーパス」ながら、時計をハックできた。部隊のクルー間で、シンクロした時間を共有する機能が重要視されていた。実態は、第2次世界大戦時代のA-17やA-11と同じナビゲーションウオッチであり、精度に優れたパイロットウオッチだったのである。ムーブメントは17石で、グレード1の場合、日差許容範囲はわずか10秒であった。

東南アジアのジャングルで戦う時計は、オリーブドラブ色に徹底してどこまでも現実と向き合った時計である必要があった。

繰り返しになるが、MIL-W-46374にある時計の適用範囲をもう一度示したい。「このスペシフィケーションが扱う時計は、プラスチックケース入りの腕時計であり、高い時計精度が求められてはいない場面での使用を想定したものである。当該の時計は、軍のサプライシステム内におけるメンテナンスサポートを受けることを、想定されてはいない」

この時以後、時計は軍隊というシステムによるケアを受けられなくなった。軍がそうした理由は、費用の削減につきる。ベトナム戦争で必要とされる時計の数は、それまでにアメリカが戦ってきたどの戦争でも経験したことがない数量に達することが分かっていたからだ。軍ではそのために、どこまでダウングレードできるかを見きわめるために、テストをして確認したのである。フィールドという戦場で、時計修理をする選択肢を捨てた。代わりにムーブメントを15石にダウングレードしても使える時計をつくり、大量な時計の調達を目指した。

東南アジアのジャングルで戦う時計は、オリーブドラブ色に徹底してどこまでも現実と向き合った時計である必要があった。時計ケースと同じ色に濁ったデルタのなかを這いずり回る兵士たちは、パイロットや限られたエリートが使う精度の高い時計よりも、いつでもどこでも必要な時にすぐに調達できる時計が必要だった。しかもいざとなれば、兵士たちはベトナムで、1gでも身軽になるために装備品を捨てていった。兵士が受け取った時計は、時計ケースがプラスチック製で、裏ぶたがシールドされて一体化していた。ムーブメントにアクセスできるのは、ダイアル側だけだ。時計のかたちからして修理不可の「ディスポーザブル」になっていたのである。

ベトナム戦争が終結してから、40年を超す時間が経過した。その間、軍の時計調達の方法は変わった部分もあれば、変わらないできている部分もある。MIL-W-46374は1964年のゼロベースから改訂を重ねてきている。1999年からは現在のMIL-PRF-46374G版になった。このスペックで示めされているのは、軍が求めるパフォーマンスの中身である。その要件到達の方法は、時計メーカーに任されているのである。

自分の時計をユニフォームのボタンフックから下げている
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

パイロットたちの時計は、緊急脱出した場合などジャングルや山岳等で、自分のいる場所を知るために役立ってくれる
パイロットたちの時計は、緊急脱出した場合などジャングルや山岳等で、自分のいる場所を知るために役立ってくれる。南半球にいる場合は時計を水平に保ち、12時を太陽に向ける。12時と短針との中間が南北の線になる。矢印の方向が北、北半球の場合は、短針を太陽に向け、短針と12時の間を2等分すれば南北の線が得られ、矢印の方向が南となる。

パイロットたちの時計は、緊急脱出した場合などジャングルや山岳等で、自分のいる場所を知るために役立ってくれる
パイロットたちの時計は、緊急脱出した場合などジャングルや山岳等で、自分のいる場所を知るために役立ってくれる

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
1970年、ベトナムのトンキン湾上の空母エンタープライズのパイロットたちのブリーフィングルーム。北爆に向かうパイロットたちがMIL-W-46374によって生産されたベンラスのプラスチックケースの時計をしている。この時は戦闘地帯におりて同艦の部隊群の指揮の命令で支給される。

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

この時計の手順書には、竜頭を1回巻くと約36時間動く。時計は毎日1回は巻くようにする。また、文字盤には放射性物質を使用しているので、破損した場合など絶対に文字盤に触れないようにすることの指示がある。

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

パイロットたちはブリーフィング中に再度時計をマスターウオッチに合わせて確認する。もちろんコックピットウオッチも常に見ているが、腕時計も重要なツールである。なお、パイロットたちの時計のナイロンベルトはオリーブドラブではなく、ブラックを使用するように指示されている。

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
MIL-W-4837Bのハミルトン・ウオッチ・リスト・ゼネラルパーパスが入っているボール紙製の時計ボックス。時計のケースは金属製。

戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)
戦場での腕時計の使用方法(サバイバルマニュアルより)

時計はクッションペーパーに包まれて収納されている。ボックスを開けるとすぐ目に入るように、小さな紙片に「壊れて

いる時計を修理してはダメ」と書かれ、目に付きやすいようになっている。文字盤に放射性物質が含まれて危険なため。

モノ・マガジン ライブラリー一覧はコチラ

mono magazine Library
  • 弊社刊行のコンバットマガジンやモノ・マガジンなどで過去に特集したアーカイブ記事をまとめたモノです。貴重な資料とともにWEBで紹介していきます。