人を喜ばせる天才 “マスター” が創りだした伝説の油そば 宝華物語#1

2021.10.28

東京・多摩地域発祥の麺料理「油そば」。その誕生や由来には諸説あり、定かではないが、その由緒正しい「油そば」のひとつとして知られているのが、小金井市にある中華料理店・宝華の「宝そば」だ。ここでは、伝説的な逸品を生み出した宝華の創業者である”マスター”こと小榑務さんと、その味や想いを確かに受け継ぎ、日々元気いっぱいに来店客たちをもてなすスタッフたちの物語を全4話でご紹介します。

吸い寄せられるように多くの客たちがその赤い看板をめがけて歩いていく。休日はもちろんのこと、平日ですらもランチタイムや夕方になると店頭に人が並びだし列をなす……。東京郊外のややローカルエリアにしては珍しい光景だが、訪れる多くの客のお目当てが「宝そば」(価格750円)だ。

JR中央線・東小金井駅南口至近に店を構える中華料理店「宝華」は1971年の創業。今年でちょうど50周年を迎えた。お客さんは宝物であり、華やかに繁盛していくようにと想いを込めて宝華を創業したのは、“マスター”の愛称で親しまれた小榑務さん。4年前に永眠したが、いまでも店内や提供される料理のすべてに”マスター”のこだわりが凝縮されている。

そのひとつが、店構えに対して明らかに広い厨房スペース。席数を減らしてでもスタッフが動きやすいようにと店内の約半分を占めるほど広く設計された厨房の中身は、カウンター席やテーブル席から全部が見える。ドアもガラス張りで統一され、外からも店内が丸見え。オープンスペースへのこだわりは、「お店はパフォーマンスを見せる場だ」という”マスター”の強い信念が如実に表れたものだ。

「料理人は足し算と掛け算だけ覚えておけばいい。引くことを覚えるなよって。そう、マスターはよく言っていたよ」と回想するのは、現在の宝華の女将であり”マスター”の奥様である“ミカさん”こと小榑美加さん。中学時代にラーメンにハマり、夢をラーメン屋と掲げた料理大好きの務少年は、中学卒業と同時に料理の修行の道へ。そこから、若干19歳にして独立し、「宝華」をオープンした。

看板メニューの「宝そば」は、”マスター”が開発した完全オリジナル。多摩地域発祥のスープのないラーメンの一種、油そばの元祖的な存在だが、店の創業から約15年の月日を費やして完成させた”マスター”の渾身作だ。

自分が納得するまでは……と途中で誰にも試食をさせず、ひとりで独自に開発した醤油ベースの秘伝のタレが丼の底で待ち構え、そこに絡む中太麺。上にはチャーシューのほかネギやカイワレ、ナルト、メンマといったトッピングがたっぷりと盛りつけられ、なかでもピリッとしたカイワレが全体の味わいのなかでいいアクセントになっている。

油を多用しているにもかかわらず胃もたれせず、濃厚だけどさっぱり。この矛盾が見事に表現された絶妙な味の衝撃に、長年培ってきた語彙力は脳内から無数にこぼれ落ちる。この感動を表現し得る残された手札はただ一枚。素直に『うめぇ』。この至福の体験を求め常連客たちは日々、店頭に列を連ねるというわけだ。

だが、「宝そば」だけで驚いていたら「ウチはそんなもんじゃないぞ!」と”マスター”の威勢のいい声が天から降ってくるだろう。レバニラ炒め、肉野菜炒め、肉茄子炒め、炒飯、タンメン……。この店には、マスターが独自の味付けで開発した膨大な数のとっておきのメニューが存在している。

定番メニューの”レバニラ”はご飯がすすむパンチのある旨味タレで、野菜本来の味が生かされいつまででも食べていられるようなあっさりとしたシンプルさも兼ね備えた絶妙な味わい。男性はもちろん女性でもいつの間にかペロリと平らげてしまう。

“マスター”が表現した料理は、まさに”マスター”という人間そのもの。味濃い! 量多い! どうだ! と言わんばかりのイケイケ料理からは”マスター”の自信が溢れ出している。シンプルだけどパンチがあり、一人前とは思えないほどのボリューム。不思議と一度食べたら必ずまた食べたくなる。ミカさんも、他のスタッフも口を揃えて言う。あの人が人を呼んでいたんだよ、と。

「友だちみたいにお客さんに勝手にあだ名つけて呼んだりしていたよ。かと思えば、周りに迷惑をかけるお客さんには『帰れ!』って怒鳴ったりね(笑)。お金がない学生には『皿出しな』って言って、オタマから直接チャーハンをのっけてあげたり。お客さん想いの本当に優しい人だったよ」。  #2へ続く


宝華
東京都小金井市東町4-46-12
Tel/042-386-5355
営/ 平日11:30-15:00、17:00-21:00 土日祝11:30-21:00
月曜定休
創業50周年を記念して10月29日、30日、31日の3日間限定で定番メニューの「宝そば」「炒飯」「餃子」「ラーメン」の4品を500円で提供!
https://www.k-houka.com/


  • いま日本のいろいろなカテゴリで生まれている新しいコト・モノ・ヒトに興味津々なフリーライター。趣味はハミガキ。プライベートでは最近わが家に迎え入れたデグー(♀)に癒され中。

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