連載・広坂正美のいま、そしてこれから
第7回

RC(ラジコン)カーレースにおいて、世界タイトル獲得14回、全日本タイトル53回など、前人未到の記録を残したレジェンドドライバーの広坂正美(ひろさか まさみ)氏。世界記録保持者でもある広坂氏は、2019年に長年所属したRCカーメーカーを退職して新たな挑戦を開始している。そんな広坂氏の“いま”に注目し、今後への展望や活動について紹介する連載企画。第7回となる今回は、広坂氏のレースを支えた父・正明氏の“ものづくり”に迫る。

【第7回】廣坂正明の「匠の技」

広坂正美(写真左)

1970年2月26日生まれ。京都府で幼少~学生時代を過ごし、高校3年生の時にRCカー世界選手権において日本人初のチャンピオンに輝く。高校卒業と同時にRCカーメーカーのヨコモに入社し、以降はヨコモの社員ドライバーとして、世界戦をはじめとする数多くのレースで優勝を飾る。2019年にヨコモを退社して、現在は新たなフィールドでの挑戦を開始した。右は実父の正明氏で、広坂氏の現役レーサー時代はメカニックとして多くのレースをともに戦っている。


 RCカーレースの世界選手権14勝を筆頭に、今なお誰も並ぶことのない好成績を残した広坂正美氏(以下・正美氏)。RCカーレースでは、マシンを操縦する選手自身が自車のメンテナンスやセッティングを行うメカニック役を兼任することが多く、これはプロとして活躍するレーサーも例外ではない。だが、正美氏はキャリアの初期から父の廣坂正明氏(「廣坂」が本名だが、正美氏は「広坂」を使用している)がメカニックを担当する親子鷹コンビでアマチュア時代から知られていた。一時期は正明氏が模型店を経営し、正美氏がレースで勝つことで同店の宣伝につなげていた。

 息子がレーサーで父がメカニックという関係は、1988年に二人同時にRCカーメーカーのヨコモに就職した後も続き、正明氏が設計したマシンを正美氏がドライブしてレースに挑んだ。この関係は正明氏がヨコモを退社する2004年にいったん終わりを迎える。正美氏はヨコモに残って2008年まで世界の第一線で活躍を続け、正明氏は自身のブランド「ひろさか」を設立してRC製品の開発・販売を開始した。そして正美氏のヨコモ退社後に再びコンビを組んだのは本連載第4回で紹介したとおり。

 正美氏がキャリア中期までのレースで使用したマシンには、正明氏のハンドメイドによるパーツが多数用いられていた。現在でこそ、プロトタイプパーツも機械による加工で製作されることが多いが、以前はグラスファイバー(FRP・ガラス繊維入りプラスチック)などの材料を手切りして試作パーツを製作し、テストを行った後に機械加工の量産品を製造するのが一般的だった。だが、精密なレース用RCカーのパーツをハンドメイドするためには、高度な工作技術が要求されるのはいうまでもないだろう。

ひろさかブランドから販売された1/10スケールのRCカー。このマシンに使用されるFRP製パーツは正明氏が切り出している。

 RCカーに関わる以前は貴金属・アクセサリー作りを仕事にしていた正明氏。紆余曲折があってアクセサリー作りから離れ、模型店を始めることになるのだが、このあたりのいきさつについては「ひろさか」ウェブサイトに掲載されている「廣坂物語」で正明氏自身の手により詳しく著述されている。この廣坂物語は、正明氏の人生とRCレース史上に残る名ドライバー広坂正美の歴史を知るうえで大変興味深い内容が語られていて、読み物としても十分に楽しめる。

 アクセサリー作りで培った技術を持つ正明氏にとって、FRPを糸ノコでカットするのは比較的容易なことであり、多くのRCカー用スペシャルパーツを製作して販売を行った。70年代後期から80年代前半の国内RCカーレースでは、このような技法を用いて製作された多くの自作マシンが量産モデルに混ざってレースに出場していた。そのなかでも正明氏の製作したマシンは性能が高く、正美氏の操縦技術とあいまって、メーカーワークスチームをはじめとした強豪が集う全日本選手権でも見事優勝を飾っている。

ヨコモ入り後の1994年に行われた1/10電動オンロードカー世界選手権ドイツ大会でも正美氏は優勝を成し遂げているのだが、このレースで使用したマシンのメインシャシー(フレームの中核になるカーボンファイバー製のパーツ)は、なんと会場近くのホテルの浴室で正明氏が切り出したものだという。レース直前までに十分な数のスペアパーツを用意できず、やむなく穴開け加工とマーキングのみを行ったカーボンファイバー板をドイツに持ち込み、5時間かけて切り出しを行ったとのこと。これも正明氏の技術があってこそ可能だった。

群馬県高崎市にある正明氏の自宅兼工房。この部屋から独創的なアイデアのRCカーとそのパーツたちが生み出される。
正明氏が切り出したパーツとその型。白いプラ板製パーツが型で、これを緑色のFRP板に転写して穴開けと切り出しを行う。この方式によりある程度の量産も可能になる。
愛用の糸ノコとノコ刃。長年使用していた弦が壊れてしまい、最近新しいものに変更したが、まだしっくりこないという。ノコ刃はドイツ製のNIQUA SUPER Qで、サイズは主に#0を使っている。

 ここからは実際に正明氏のカット方法について紹介していきたい。正明氏がFRPやカーボン板の切り出しに使用しているのは糸ノコで、糸のように細いノコギリ刃を使用することからそう呼ばれる。もともとはアクセサリー作りに使用していた糸ノコの“弦”に刃を装着して切り出しを行うが、硬いFRPやカーボンを切っていくとすぐに刃が摩耗してしまい、こまめに刃を交換しながら作業を進めるとこのこと。もちろん弓や刃の品質にはこだわりがあり、どちらも海外製を使用する。こればかりは国産品ではダメだとか。

 MONOマガジンWebの読者でFRP板を切り出した経験のある人はほとんどいないと思うが、この素材をマーキングどおりに切っていくのはかなり難易度が高い。しかし、実際に正明氏の作業を見ていくと、想像以上のスピードでカットを進めていくのが分かる。FRPよりはるかに硬いカーボン板であっても、アクセサリー作り時代に切っていたプラチナに比べるとずっとラクだという。また、切り出すパーツのサイズもRCカー用のほうがアクセサリー用より大きく、その点でもやりやすいと正明氏。こうしたカット作業に関しては、正明氏のYouTubeチャンネルにアップされている動画で詳しく見ることができる。RCカーに興味がある人だけでなく、工作好きな人にもぜひ見てもらいたい。

 パーツを製作する際にまずは図面を描き、それに合わせて機械で製作を行う方法は、量産性という点において手切りよりも優れているのは間違いない。だが、必要とあればすぐに形状の変更に対応でき、前述のようにホテルやレース会場でも加工が行える手作りパーツのアドバンテージを生かして好成績を残せた大会も多い。そしてレースで得られたデータを元に市販モデルが機械で製造され、一般ユーザーの手にわたった。3Dプリンターなどの技術が発達した現代においてこうしたアナログ的手法は少なくなっているが、後世に残したい匠の技であるのもまた事実だ。

糸ノコでの切り出しを行うための台木(手前)と穴開け用のボール盤(ドリル)。切り出しやヤスリがけがやりやすいよう、台木の先端が加工されている。
ノコ刃の装着を行う正明氏。刃の張り加減で切れ味が大きく変化するため、装着は慎重に進める。また、刃には個体差もあり、その見極めも重要だとか。
FPR板のカット作業。作業スピードは速く、驚くほど正確に切り進められていく。これでも若い頃に比べてスピードと精度は落ちていると正明氏は語る。直線を切る時は刃を45度くらいに傾け、曲線部分は垂直に立てて切り進める。
切り出しと染色が終了したメインシャシー。複雑な曲線も型どおりにカットされているのが分かる。
メインシャシーに施された装飾加工。こうした切り出しは機械加工で行いづらく、手切りならではの美しさを見せてくれる。
手の込んだ加工品で構成されたひろさか製RCカー。こちらはドリフト用マシンで、1台のみ製作のスペシャル品。すでに売約済み。

 現在「ひろさか」では量産RCカーの販売も行われているが、正明氏の手によるハンドメイドモデルの人気も高い。すべてが機械製造ではなく、ハンドカットパーツも多用されたひろさか製モデルは、量産品にはない工芸品的な雰囲気を味わえる至高の逸品ともいえる。工業品の最先端にあるRCカーだが、クラフトマンシップを直接感じられる製品が存在するというのもまた、この世界の奥深さを証明している。

 今回は広坂正美氏の父・正明氏の技を中心に紹介したが、次回では広坂正美氏に関するニュースをお送りする予定だ。こちらも期待して待っていてほしい。

「広坂正美のラジコン街道」:
・第1巻
・第2巻
・第3巻
・第4巻
・第5巻

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連載・広坂正美のいま、そしてこれから第1回

  • RC(ラジコン)カーの記事を中心に、模型や実車などのメディアで編集・執筆を行うフリー編集者兼ライター。余暇のほとんどを競技用RCカーの走行や整備に費やす立派な(?)ラジコン廃人。9割以上がラジコンの話題で埋め尽くされるブログ「すべては12分の1のために」は、ごく一部の読者に好評継続中。
  • http://1-12thonroad.cocolog-nifty.com/blog