あの情熱よ再び……
80’sのク•ル•マ その3

あの情熱よ再び…… 80’sのク•ル•マ

 昔のことを思い出すと歳というが、今やレトロがオシャレな風潮もある。そんな80年代のクルマをお送り中。オシャレなレトロといえば日本が誇るロードスターもこの年代の登場だ。
なんせロードスターはスゴい。販売台数もスゴい。それはギネスに認定されるほど。メルセデスやポルシェといったメーカーに影響を与えたところもスゴい。それはSLKやボクスターを生み出すきっかけになったほど。まとまりのあるデザインもスゴい。特にリアのコンビネーションランプはMoMA(ニューヨーク近代美術館)に展示•永久収蔵されるほど。世界中で大人気となったこのモデル、いち早くレストアサービスを開始するなどマツダは侠気をみせているのだ。
 マツダの代名詞といえば、ロータリーエンジン。残念ながら今はラインナップにその文字を発見することは出来ないけれど、この年代はブランドイメージとしてロータリー搭載モデルがあった。そう、RX-7だ。年代でいうならばFC3型だろう。

あの情熱よ再び…… 80’sのク•ル•マ

 85年にフルモデルチェンジ。新たなプラットフォームや国産初のアルミ4ポッドブレーキキャリパーを採用するなど運動性能を高めた。その乗り味は鋭く、その気になれば簡単にリアがスライドしてしまうほどのコーナリング性能を持つ。心臓部のロータリーユニットは最終型で215PSを発揮。性能やメカニズムの割にリーズナブルで47万台以上が生産された。
 またこの年代のマツダのヒット作は5代目ファミリアだ。

あの情熱よ再び…… 80’sのク•ル•マ

それまでの後輪駆動から一転、専用のプラットフォームを開発しエンジン横置きの前輪駆動方式をマツダとして初採用。当時まだ目新しいフルフラットシートやサンルーフといった装備も充実。驚異的な大ヒット車でその多くが赤いハッチバックモデルでもあった。文字通りライバルメーカーには赤い衝撃が走ったという。

 最後にいまや若人にはトラックメーカーとしてのイメージが強いいすゞの乗用車も元気だったのが80年代。例えばピアッツア。

あの情熱よ再び…… 80’sのク•ル•マ

板金手作業の117クーペの後継モデル。117クーペ同様に工業デザイン界のレジェンド、ジウジアーロがデザインを手がけた。コクピットもユニークでメーターナセル周辺にスイッチを集めたサテライトスイッチはステアリングから手を離さずにワイパーやホーンなど大抵の操作ができるようになっている。またいすゞは海外のチューナーが手がけるスペシャルモデルも多く、ピアッツアにもドイツのイルムシャーやイギリスのロータスなど特別なモデルも存在。
 ここで紹介してきたクルマは日本車といえどもやはり旧車。購入に当たってはスペシャルショップを探したり、パーツの不安もつきまとってしまう。ところが80年代のクルマを簡単に手に入れる方法がある。それはプラモデルだ。オメー、実車じゃないのか! と言われそうだがプラモデルならば交差点の中心でSOSを叫ぶことも、はい、JAFと呼ぶこともないし、レアな限定色に自分で塗ることも可能。ちなみにモノマガジン6月2日号ではそのプラモデルが登場!! コロナ禍でもあり、インドアの趣味で愛車(?)をもう一台、机上で増やすのはいかがだろうか。

海野大介(daisuke unno)
  • 自動車ライター。専門誌を経て明日をも知れぬフリーランスに転身。華麗な転身のはずが気がつけば加齢な転身で絶えず背水の陣な日々を送る。国内A級ライセンスや1級小型船舶操縦士と遊び以外にほぼ使わない資格保持者。