繁盛店を創り出した”マスター”の教えと意思を受け継ぐ者 宝華物語#3

2021.10.31

東京・多摩地域発祥の麺料理「油そば」。その草分けと知られる東京・小金井市にある中華料理店・宝華で、伝説的油そば「宝そば」を創りだした創業者の”マスター”こと小榑務さんの教えはとにかくすべてが感覚的だった。

「なかなか言葉で説明できないんですよね」

宝華ならではの味やつくり方へのこだわりを問うたびに、4年前に永眠した”マスター”の後を受け継ぎ現在、宝華の総料理長を務めている”アキさん”こと添田晃弘さんは何度も頭を悩ませていた。それも日常の仕込みから調理のすべてを感覚にゆだねてやっている部分が大きいということなのだろう。

個人的な話で恐縮だが、かつてサッカーをしていたときに中学時代のコーチから「良いパスは音でわかる。スパイクでボールを蹴りだしたときに芝生をスーッと滑るこの音だよ」と教わったことがある。

しかし、コーチはスパイクのどこにどの角度でボールをあて、どのくらいの力で蹴り出せばその音が出るのかは教えてくれない。なぜなら、人それぞれ体型骨格や筋肉のつきかた、柔軟性も違うので、ボールに対するアプローチの仕方が全く同じになるなんてことはないはずだからだ。なので自分なりのアプローチで結果、同じ音が出れば良いと。練習中にコーチのパスを観察しながら無意識にトライ&エラーを繰り返し、ある日ようやく「これだ!」という感覚をつかんだ記憶があるが、なんだか宝華で大切にしている”感覚”に通ずるところがあるかもしれない。

「一度感覚をつかんだら楽しくなるんだよ」

アキさんのさりげない一言に納得。理論だけでは測りし得ない職人感覚ならではの凄みが宝華の屋台骨を支えている。 

“マスター”がレシピではなく、身体で覚えろと教えていたのには意味があるような気がする。中華料理はスピード勝負の世界。鍋の下で揺らめく大火力の強火の中で食材の良さを最大限に活かせる状態にできるかどうかはおそらく一瞬の判断で決まる。それを逃したらお客さんに出せるクオリティは得られない。

だが、われわれは生身の人間。ロボットやAIのようにいつも同じとはいかない。毎日のコンディションに差が出て当然だ。その中でいつも同じ味同じクオリティで提供するには、調理人それぞれに感覚的な微調整が必要になる。もしかすると、”マスター”の感覚的すぎる教えはそういった意味合いを含んだ上での”見て、食べて、覚えろ”だったのかもしれない。

アキさんも、ミカさんも、そして生前の”マスター”も言っていた。

「料理はセンスだ」

繁盛店の宿命だが、忙しすぎる、店の追求するレベルについていけないといった理由でこれまでに何人ものスタッフが入れ替わった。誤解のないように補足しておくと、彼らの言うセンスとは「努力できるセンス」「極限まで追求できるセンス」ということだ。そのセンスを持った人間だけが、宝華の厨房に立つことができる。

現在の宝華の味を決める立場にあるアキさんだが正直、”マスター”の後を継ぐことには不安や葛藤があったという。

「マスターがいるだけでね、人がくるんですよね。この店の招き猫みたいな感じで。だから、自分がやるとしたらどうやって集客していけばいいんだろうかと、そもそもマスターのやっていたことが本当に自分にできるのかなって……。でもね、みんながいたからできたんですよ」

マスターがいない今も変わらぬ味、変わらぬボリューム、変わらぬ店の雰囲気。それを体現し、”マスター”が創り出した繁盛店をそのまま継続できている理由は宝華のスタッフ全員によるチームワークにあった。 #4へ続く


宝華
東京都小金井市東町4-46-12
Tel/042-386-5355
営/ 平日11:30-15:00、17:00-21:00 土日祝11:30-21:00
月曜定休
創業50周年を記念して10月29日、30日、31日の3日間限定で定番メニューの「宝そば」「炒飯」「餃子」「ラーメン」の4品を500円で提供!
https://www.k-houka.com/


  • いま日本のいろいろなカテゴリで生まれている新しいコト・モノ・ヒトに興味津々なフリーライター。趣味はハミガキ。プライベートでは最近わが家に迎え入れたデグー(♀)に癒され中。

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