【みんなの建モノ】「Bar Morita」で盛田昭夫に人生を学べ! Ginza Sony Park 前編


空間はもちろん、そこに置いてあるモノ、集う人すべてがいい感じの建物を紹介する『みんなの建モノ』。連載2回目は9月30日にフィナーレを迎える東京・銀座の旧ソニービル跡地を活用した「Ginza Sony Park」を全3話でご紹介します。

※通常営業時、Barスタッフはマスク着用。写真はあくまで撮影用のものです。

「あえてメニューは置いてないんですよ。それによって発生するコミュニケーションを大切にしているんです。きょうのドリンクはどんな感じになさいますか?」とオーダーをとるのは、ソニー創業者のひとりである盛田昭夫が、かつて“銀座の庭”と呼んだソニースクエアの真下に構える「Bar Morita」のバーテンダー・栗岩稔さん。

「Ginza Sony Park」の地下4階にひっそりと佇むそこは、盛田の生誕100周年を記念してつくられた10坪ほどの小さなバーだ。盛田が生前所持していた社員証やパスポート、時計、サングラスなどの愛用品もディスプレイされており、銀座・木挽町の裏路地で10年酒番を務めた経歴を持つ栗岩さんが盛田昭夫の世界観へと誘ってくれる。

栗岩さんの問いかけになにをオーダーしたらよいのか一瞬躊躇したが、生意気にも盛田昭夫という人物を表現した一杯をオーダー。そんな無茶振りにも「そうきましたか!」と笑顔をこぼした彼は、悩みながらも真剣な眼差しでシェイカーを手にする。目の前に出てきたのは、鮮やかなオレンジ色のノンアルコールカクテル。残念ながら緊急事態宣言下では酒類の提供を休止しているためだ。

「盛田さんって、先進的でユニークでキレ者というイメージがありましたが、その一方ですごい人間味のある方だなと思ったんですよね。シャープなんだけど、でもその中にやわらかさがある」。オレンジベースでつくられたこのドリンクは爽やかさに甘さ、苦味とさまざまな要素が織り混ざった、盛田氏の人間味を表現した味わい深い一杯。

最後の方に口を進めると味が変わっていくのが分かる。最初に垂らすシロップはあえて混ぜず、一口目と最後の味の変化を楽しむ。わずかな時間の間に楽しみが何層にも重なっている。そして彼はいう、「グラス一杯の中の時間を売りたい」のだと。

これまで盛田やソニービルとほとんど関係がなかったという栗岩さん。「Ginza Sony Park」のプロジェクトリーダーであるソニー企業代表取締役社長・チーフブランディングオフィサーの永野大輔さんに見染められ、「Bar Morita」のバーテンダーを務めることになった。永野さんとは以前の店でふつうの客とバーテンダーの関係だったというが、そういえば盛田もご縁をこの上なく大切にしていた男だった。

店を任されることが決まった当初、栗岩さんは盛田昭夫の存在を強く意識していた。部外者がやってはいけないと盛田に関する書籍を片っ端から読み漁り、お墓参りにも。傑人の世界観に触れる喜びと同時にプレッシャーも感じていた。しかし、永野さんから掛けられた言葉は意外にも「栗岩さんのスタイルでやってくれないか」。

「Bar Morita」で提供されるドリンクはどれも一杯“1000円”。これは、栗岩さんが大事にする独自のスタイルだ。もともと服飾関係の企業に勤めていた彼は20代でブランドマネージャーを務めるなど実績を残したが、この仕事はやりきった、本来あるべき自分の姿でありたい、と30代に入りバーテンダーを志した。しかし、やりたいことを実現するのはそう簡単ではない。

「手はじめに居酒屋でアルバイトをしたら、それまで培ってきたものがなにも通用しないんですよ。『元気がない、声が小さい、気配を消すな』と若い子にも怒鳴られていました。そのときの時給が1000円だったんです。会社を辞めた後、ほかの会社から充分に稼げるオファーもいただいていましたが、すべてお断りしました。同じ1000円でも汗水流して苦しんで稼いだ1000円は別物。これは綺麗事でもなんでもなく、その時の1000円を大事にしています。あの苦しんだ時期を絶対に忘れてはいけない、と」

勝手な推測だが、永野さんは栗岩さんにどこか盛田の世界観に通ずるもの感じていたのかもしれない。彼自身の生き様や考え方から自然と表現されるものが「Bar Morita」にぴったりだった。彼が口にした“ご縁”という言葉がすっと胸に入る。小生もいま、この空間に出逢い、特別な一杯に出逢い、そして栗岩さんに出逢い、その“ご縁”を感じている。

話に夢中になっていると、イスをカウンターの後ろのスペースに自ら移動させそこで話し込む者など、バーのあちこちで好き勝手に話が盛り上がる状態が生まれた。それを見た彼は嬉しそうに微笑んで「盛田さんもきっと喜んでいらっしゃると思いますよ」。

「酒場は人の拠り所であり、行われるべき語らいが生まれる社交の場だと思うんです。お酒が飲めなくたっていいんです。飲めない人をどう楽しませるかが私のいる意味だと思っていますから」

ふらっと立ち寄って、バーテンダーやそこで出逢ったほかのお客さんとの何気ない会話を愉しむ。別に大人ぶって背伸びする必要もない。固定観念にとらわれず常に新しいライフスタイルをつくることに情熱を燃やした盛田昭夫の象徴でもあるソニービルのフィナーレと、バーテンダー・栗岩さんの集大成が重なった特別な空間体験。ここにはあなただけの大切な”ご縁”が待っているかもしれない。中編に続く。


Bar Morita


東京都中央区銀座5-3-1 Ginza Sony Park B4F
営.12:00-20:00 休.9月13日、14日
※9月30日まで営業、緊急事態宣言中は酒類の提供休止 

Ginza Sony Park
https://www.ginzasonypark.jp/


下川冬樹(fuyuki shimokawa)
  • 80’sをこよなく愛するグラサン男。モノづくりやライフスタイルに強いこだわりを持つ人々の熱血応援サポーター。みなさんの熱いハートと想いを写真と文でほどよくゆるくお届けします!