#408 山の上ホテル、営業再開

文/小野正章(モノ・マガジン編集部)

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408 山の上ホテル、営業再開
一部のツインルームにはこうした書斎も完備。長年使われてきた木製のデスクとチェアがいまも現役だ。

建築家ウィリアム・メレル・ヴォ―リズの設計により、1937に建設された神田駿河台のシンボルといえば、そう、山の上ホテルに他ならない。

当初は九州の石油商・佐藤慶太郎氏が社会改善活動のために設立した佐藤新興生活館本部ビルとして建設され、その後の敗戦によってGHQに接収。54年に接収が解除され、山の上ホテルの創業者である初代社長の吉田俊男氏が建物を借り入れる形でホテルの営業を開始した。

以来、このアール・デコ様式の建物は、建築当時の姿をとどめながら、さまざまな政界関係者や文化人に愛されている。

ホテルをよく利用した作家のひとりが三島由紀夫。彼は「東京の真中にかういふ静かな宿があるとは思わなかつた。設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人つぽい処が実にいい。ねがわくは、ここが有名になりすぎたりはやりすぎたりしませんやうに」という言葉を残している。

客室がわずか35室(現在営業しているのは34室)の山の上ホテルは、静寂な時間を求める作家にとって特別な存在だったことがうかがわれる。

そんなホテルの建物もすでに80年以上が経過し、老朽化が進んでいた。そこでこの5月から耐震補強と給排水衛生設備の大規模工事のために休業していたのだが、ようやくこのたび終了し、12月より再び営業を開始することになった。

リニューアルと呼ぶほど大げさではないものの、再開後のホテルでは竣工当時のアール・デコ調の意匠や色彩計画を参考にして、館内全体に往時の雰囲気を強く打ち出し、独自の内装としてよみがえらせた。

たとえばロビーに敷かれていた赤い絨毯を外すことで、長く隠されていた美しい装飾のタイルが再び日の目を見ることに。またフレンチと中華レストランにも力を入れ、当初の図面にあった貴賓室を設けるなど、39年前のコンセプトを受け継ぐ改修が施された。ただし、多くの文人たちが籠った和洋折衷部屋や庭付きスイートなど、各部屋はそのままに残されているのが嬉しい。

さて、この改修を機に12月1日より「リニューアルオープン記念宿泊プラン」が用意された。夕食と朝食のついた1泊2日のブランで、夕食は池波正太郎のエッセイにも登場する天ぷら店「山の上」を始め、鉄板焼の「ガーデン」、フレンチレストラン「ラヴィ」、中華料理「新北京」から選ぶことができる。しかも、料理長のスペシャリテを盛り込んだ限定メニュー。ホテルオリジナルグッズのプレゼントという特典もある。

宿泊料金は1室1名5万円より、1室2名8万円より。2020年2月29日まで(12月24日、25日、31日、1月1・2・3日は対象外)。

文人たちの愛した宿でゆったりとした時の流れに身を委ねてみてはいかがだろう?

営業を開始した1954年当初の山の上ホテル。営業を開始した1954年当初の山の上ホテル。

天ぷら「山の上」中国料理「新北京」フレンチレストラン「ラヴィ」リニューアルオープン記念宿泊プラン限定の夕食。上から天ぷら「山の上」、中国料理「新北京」、フレンチレストラン「ラヴィ」。

三島由紀夫も常連だったというバー「ノンノン」三島由紀夫も常連だったというバー「ノンノン」ではオリジナルカクテルをいただこう。手前はウォッカベースにリンゴのリキュールなどを加えた「ヒルトップ」。奥はバーボンベースにザクロジュースなどを加えた「ドクターヴォーリズリバイバル」。

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