[第3回] 100年前の貴婦人バスのエンジン音を聞く!

文/海野大介 写真/石上彰


取材当日のクランクによるエンジン始動動画はコチラから。 例えるなら昔は銀幕の大スターで、恐れ多くて近づきがたい、あるいはギャラが高額すぎてここ一番の時にしか登場しない女優。アイドルユニット全盛時代において彼女が登場すると空気が変わる、ホンモノだけが持つオーラ。これはショービジネスの世界だけではなく、クルマの世界も同じだ。彼女の名前はスミダM型。生まれは1932年。

彼女が生まれた時代の働くクルマは、おしなべて海外製品かそのノックダウン方式によるもの。しかし前年の満州事変や、いずれ来るであろう有事に備えてクルマの国産化が必要になったという背景がある。そこで石川島自動車製作所が国産初となるバスを作った、それがスミダM型だ。

このスミダM型は警察で23年間使用された後、いすゞが引き取ったのだが、しばらく冬眠。手入れもされず惰眠を繰り返した彼女のカラダは、サビサビでガタガタでボキボキであったという。スミダのエンブレムである神代杉は長期間水や土の中に埋もれていた杉材というがまさか自分がそうなるとは思わなかっただろう。いすゞ内部でさえ、その存在を忘れられていた。

彼女が眠るコンテナを開けた時に差し込む光は21世紀のもの。まずレストアチームが挑んだのは分解と錆び落とし。部品同士が錆で一体化しどこで外れるか分からない、エンジンは、オイル漬けにして半年かけてピストンを外す、など苦難の連続。また欠損パーツはその型を作ることから始めた。6年後、彼女は舞台に蘇った。しかも走行可能な状態で。

イベント以外で一般公開されない彼女なら、外側だけのレストアは考えなかったのか、と聞いてみた。その方がはるかに低予算で済むからだ。

しかし、いすゞの石川氏は「クルマはキチンと動かなければ意味がないのです。またレストアは技術の伝承作業でもあり、社内教育の一環」と。

レストアチームが仕上げた彼女はイベントで大人気だ。エンジンがかかるだけでも拍手が起こる、走り出すと目頭が熱くなる。先月行われたイベントの体験試乗は降りてくる人みんなが笑顔になったという。さすが大女優、ホンモノである。

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最高出力40PSを誇る2720cc水冷直列4気筒のスミダA4型ガソリンエンジン。当時から一部にアルミが使われていた豪華なもの。組み合わされるミッションはノンシンクロの4MT。始動はセルで行うが取材当日はクランクで「ブルンッ!」。img002
スミダM型の曲線は着物美人がモチーフ。車名の英語は1t車シャシーの証。シートのスプリングは当時のものを修復して再使用。柱は家具の様に装飾。燃料タンクは運転席下、メーターは左から速度、油圧、電流の順。サスはリーフ式。

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1961年当時の最新バスと1932年式のスミダ。それぞれ大型バスの分類になるが、大人と子供ほどサイズが違う。